62 依頼3
タイラーはまだ濡れている私の髪に触れそっと手を滑らせた。
なんだかぼうっとしてしまう。
「……もう、しないって言ったわ」
何とか言葉をしぼりだした。
「冗談ではしないって言ったんだ。どうする、一緒に来るか?」
私は熱い頬を両手で押えて首を横に振る。
「そうだな、今帰ってきても前と変わらないか。パフがいるから大丈夫だと思うが無茶するな。だけどまさかロージーが自分でも魔術が使えるとはな」
私が土壁を自分で消して湯浴みを終えて出てきた事でタイラーには全部わかってしまったらしい。
「回復も出来るのか?」
黙って頷いた。
「パフがいなくても使えるのか?」
また頷いた。今は聞かれた事を何もかも話してしまう気がする。
「ジルドって奴とは何も無いんだな?」
こっくり頷く。
もう駄目……考えられない。
「あまり遅くなると誰か探しに来るからオレはもう行くけど時々居場所を知らせろよ、心配だから」
そう言って頭に優しくキスをされ自分で焼いた串肉を一本持って去って行った。味が気に入ったんだろう。彼のあとをパフがついて行く。
何故なの?
しばらく呆然とし動けなかった。
どうしてキスから逃げなかったんだろう、ジルドの時は逃げたのに。
うつむくと可愛いネックレスがキラリと揺れた。それに指で触れるとなんとも言えない気持ちになる。
パフがパタパタと羽をバタつかせ膝に乗って見上げてきた。
「何故またついていったの?」
「ポッポ」(居場所を知らせるのであろ?であればついている方が早い)
「何故知らせなきゃいけないの?」
「ポッポ」(だったら止めておくか?引き返せばいいだけだ)
「待って!」
今パフが引き上げればすぐに戻って来る気がする。
「もう少し後でいい。はぁ~~もう、なんなの」
やっと落ち着いてきたが戸惑ってしまう。
二回もキスをするなんて。何故こんな事に……でも、心配してくれたんだ……いや違う!そこじゃない!冗談ではしないって言ってた、と言う事は……??
「パフ、冗談じゃ無いってどういう事?」
「ポッポ」(フッ……本気だという事、であるな、普通は)
パフが鼻で笑った気がした。
本気のキスってなんだ?
ジルドにどんな顔して会えばいいんだろ。
よく眠れなかったが夜が明けた。
何をどう考えるかわからなくなり、考えるのをやめた。とにかく魔物を倒さなくてはいけない。
支度を整え再び出発するとパフがまた魔物の巣を探したり、集団でいる奴らを追い込んできたりし、次々と倒して行った。
魔術を使って魔物を倒しているとちょっと気が晴れてきた。
タイラー達、騎士団が小隊とはいえ来ているならここから北上して会わないようにしよう。この辺りから南は彼らが魔物を倒してくれるだろう。
私の足ではさほど速く進む事は出来ないだろうがそれでも騎士団と遭遇する事は無かった。きっとタイラーが上手くやってくれたのだろう。
森に入ってから三日ほどたった時パフが近くに町を発見した。
「ポッポ」(そろそろジルドと合流したほうが良さそうだ。待ちかねて今にも探しに来そうだぞ)
パフがジルドの様子を教えてくれた。彼は毎日いつでもすぐに私を迎えにこれる様に準備万端で待機してくれているらしい。
ちょっと会いづらいな。彼とのキスは逃げちゃったのにタイラーとしちゃうなんて……本当にどうかしてる。
「じゃあ、その町に向かうから明日の朝ジルドに知らせて」
まだ森の中だが私の方が先に着くだろう。今からじゃジルドは夜通し走り明け方着くことになるだろう。そんな危険な事はさせられない。リュリュなら朝から出れば夕方遅くには着く、その方が安全だ。
森を抜けしばらく行くと町が見えてきた。
小さな町で全体を囲う防護壁も無く無防備な感じだが何人かの男たちがこちらを警戒し見張っているようだった。魔物が来るなら森から襲って来ることが多いのだろう。
私が森の方から歩いて行くと町へ入る前に声をかけられた。
「女、ひとりでどこから来た?」
何か怪しまれているのか言葉遣いが悪い。私はジルドが待機している村の名を言った。
「あんな所から一人で来たのか?しかも森を通って?」
私への依頼は最近の魔物の多さに困った人達からだ。ここの町も含まれているのかもしれない。
「騎士団が来ていたから少しはマシになっている気がするわ」
依頼されて魔物を倒しているとは言わず、森の魔物が少しは減っていると知らせておいた。私が一人で魔物を倒していると言っても信じないだろう。
「騎士団が?いつもなら無視されて終わりだったのにな」
「勇者タイラーが来てたみたいよ」
「タイラーが!そうか、やっぱり平民は平民の事をわかってくれるんだな」
男達はパッと表情を明るくし私を通してくれた。
小さい町だが割と活気があり若い男も多く人手は足りてそうに見える。まだ魔王の事や戦争の影響で人手不足の所も多いと聞く辺境にしては珍しい。
町中へどんどん入って行き色々な店が並ぶ通りにある宿を見つけて入った。カウンターにいる女性に声をかけカギを受け取ると二階にある部屋へ向かう。
宿は満室で、部屋へ向かう間にも何人かとすれ違い混み合っているのがわかる。
すぐに中に入ると鍵を締めホッとした。部屋はよくある造りでベッドと小机に椅子、物入れがありそこへ荷物を置くとベッドに座った。
「あぁ~~疲れた。ギリギリだったわね。明日、ジルドが泊まる所があればいいけど」
「ポッポ」(見張りを増やした方がいい感じがする)
やっと宿へ入り気を抜いていたのに急にパフが警戒しだす。
「どうして?」
私は魔力を使いほんのり光る玉を作り出すともうひとりパフを呼び出した。最近ではそこまで集中しなくても上手く魔力を使える。
「ポッポ」(ここと宿の上、それから森の方へも目を光らせたい。何となく気になる。)
パフがそう言うなら何かあるのかもしれないが、さっきまでいた森には何も変な感じはしなかった。私が倒した魔物だけでも結構な数だと思うがまだどこかに潜んでいるのだろうか。
夕食は部屋で済ませ早々にシャワーを浴びるとベッドに潜り込んだ。やっぱり野営よりベッドの方が寝心地が良い。
真夜中、パフに髪をツンと引っ張られ目が覚めた。
「ん……なに?……まだ暗いよ」
カーテンを閉めているとはいえまだ夜明けではない事はわかる。
「ポッポ」(魔物の集団がここに向かって来ている)
私は飛び起きるとカーテンを開け窓を開いた。
「ポッポ」(まだ見えんぞ。おそらく一時間ほどでここまで来るであろ)
慌てて靴を履き寝間着の上からマントを着て髪を雑に結い上げた。
「どうしてそんな急に?」
「ポッポ」(わからぬ、警戒はしておったが突然現れた感じがする。北の方からだ)
ここから北は近くに深い森は無いはずだ。
「どれ位いるの?」
「ポッポ」(数え切れん)
部屋から飛び出し宿の主人を探した。一階のカウンターの奥へ向かうと立入禁止のドアがあり、ドンドンと叩くと主人を起こす。
「なんですか?」
ノロノロとした感じで寝たばかりだと言わんばかりの主人が出て来た。
「いま情報が入って、魔物の集団がここに来るって」
「何だって!?本当ですか?」
「はい、一時間ほどで着くそうです。町のどこかに避難する場所はありますか?」
宿の主人は首を横に振る。
「個人で馬や馬車で遠くへ行く事ができる人以外はどこにも行けない。防護壁がある街まで一時間じゃとても行けない!」
私は主人を残し走り出すと宿を出た。町の北へ行くと焚き火が見え、男が二人見張りをしているのか座っているのが見えた。
私に気づくと立ち上がり不審な顔をする。
「魔物の集団が来ます!」
一瞬驚いた顔をしたがフッと笑う。
「悪い冗談か?」
「私、冗談が嫌いで」
そう言って火の魔術で側にある草むらを燃え上がらせた。
「魔術師!?」
男達が怯み後ろへ下がった。
ここからでもまだ魔物が来るのは見えていない。




