33 凱旋1
いよいよ王都へ入る。
今は近くの町の宿屋で待機し今日の準備が整うのを待っている。
私、ローズマリー・ゾルガーは勇者タイラーの婚約者として横に並び、王都で勇者の凱旋と貴族の娘との婚約を街の人に知らしめる為、見世物になる。
窓の外を見ながら抱えたパフを撫でていた。
ほとんど眠れぬ夜が明け、早朝から女中が部屋へ入って来る。
「まぁまぁ、ローズマリー様、また鳩を連れ込んでいらしたのですか?」
なんだか懐かしい声がした。
「ルー……来てくれたの?」
「もちろんです。お嬢様のご婚約の晴れの日に私が来ないわけにはいかないでしょう」
ルーはいそいそとドレスの準備を始めた。
「タイラー様から贈られてきたものです。ネックレスが良く映えるドレスだそうです」
ルーが手にした深い翠のドレスは大きく首元が開き彼から贈られた借り物のネックレスが目立つ形だ。
「こんなの着たこと無いんだけど」
首元が開いている上に胸元も少々開いている。
「ですからいつももっとお食事をお召し上がり下さいと申し上げていたでしょう」
ルーは私の胸に小細工をするとドレスを着せ何とか美しい曲線を描いたその上に例の宝石をそっと乗せた。
「ちょ、ちょっと恥ずかしいんだけど」
「いいえ、大変お美しいです。自信をもって、もっと胸を張ってください。それ以上具は入れられませんから」
これじゃ宝石を見る人はみんな私の胸を見る事になる。これも何かの作戦の為なの?
揃いのイヤリングも着けるとルーが仕上がりを確認する。
「やっとローズマリー様を思う存分着飾ることができましたわ。お嬢様は肌が白くきめ細やかでお美しいので赤い宝石にも負けていませんわ」
化粧も施されきっと前から知っている人は私だとはほとんど気づかないだろう。変装してるのだと思えばいいか。
鏡を覗くと豪華な貴族女性の姿が映る、そのあまりの変わりように返って開き直った。
王都へ入る前の近くの町での準備だったが小さな町が今日はかなりの賑わっているとルーが教えてくれた。
ウエストが細くくびれたドレスを着るために朝から食事は抜かれ着飾ったあと汚れないようにとクッキーを口に入れられた。
椅子に座りながらポリポリと噛み締め空腹に堪える。
ふと思いつきパフを呼んだ。パフはどこに隠れていたのかすぐに飛んでくると私の膝に乗る。
「どうせお父様の怒りを買っているのだからこれからはいつでも一緒にいてもいいんじゃないかしら」
パフと話しているとルーがそれを見つけてパフを両手で掴んで取り上げた。
「お嬢様、せっかくのドレスが汚れてしまいます。今日は鳩は我慢してください」
「鳩じゃなくて、パフよ。嫌よ、パフとは離れない」
私が取り返そうと立ち上がるとルーは一歩下がった。パフはルーが嫌な奴ではないとわかっているので大人しくしている。
パフを挟んで睨みあっているとタイラーがレーンを連れてやって来た。
「準備は出来ていますか?そろそろ……何をしているのです?」
パフを奪い合っているのだとわかるとレーンがルーに離すように言った。
「パフの事は自由にさせて下さい。今までローズマリー様は我慢してきたけれどこれからは別に構わない。むしろその方が安心だから」
レーンに言われ渋々ながらルーが手を離すとパフはヒラリと私の肩に止まった。
「イヤリング突いちゃ駄目よ」
パフに注意しながらタイラーの前に立つ。
「えぇーっと、『今日は一段と綺麗だ……な……』凄いな」
タイラーが婚約者としてキチンとした褒め言葉をかけろとでも言われて来たのか、棒読みのセリフを吐きつつ私の顔を見ていたがその視線が下に向かい胸で止まった。
レッドダイアモンドの下の控え目な胸の谷間が恥ずかしくて手で押さえた。
「どこ見て言ってるの」
「出してりゃ見るだろ。その為に出してんだろ」
真剣な顔で悪びれもせずに言う。
「あなたが用意したドレスでしょ、私には選択の余地はなかったの!」
今度はタイラーと睨み合っているとルーがホッと息を吐いた。
「本当に、仲が良さそうで安心しました」
ちょっと涙ぐみながらルーが鼻をすする。彼女にしてみれば幼い頃から面倒を見てきた私が結婚するなんて思っていなかっただろうし、それも自分で見つけた婚約者なんて信じられなかったのだろう。こんなに親身になってくれるルーも騙す事が申し訳ない。
「今のを見て仲がいいとかルーは変なこと言うのね」
恥ずかしさと申し訳無さで彼女から離れた。
「今までお嬢様がエルロイ様と私以外に言い合うなんて見た事がございませんでしたから」
そうだ、伯母が亡くなって以来誰とも親しくなることなど無かった。
「随分お寂しい交友関係ですね、お嬢様」
後ろから付いてきたタイラーがからかいながら言う。
「うるさいわね。仕方ないじゃない」
窓の方へ向かい外を見ながら気持ちを落ち着ける。胸元に揺れる宝石をそっと手で確認していた。
「気に入ったのか?」
「あるか確認しないと落ち着かない。この鎖切れないよね」
「大丈夫だろ。……言っとくがドレスはオレの趣味じゃないぞ。いい眺めだが」
また胸元を上から覗き込まれ恥ずかしくて押さえた。
「例の調達屋が用意したの?今度から私の事ちゃんと見てから用意するように言ってよ。こんな派手なの着たこと無い」
「そうかぁ?……似合ってるぞ」
小さく耳元でそう言ってタイラーはレーンの所へ行き何やらコソコソ話し出した。ルーにも声をかけなにか指示を出している。私はひとりで頬が熱くなるのを感じていた。
「お時間です」
部屋の外から騎士がドアを開け私達を呼び出した。
タイラーは手を差し出すと私を呼んだ。腕に掴まるように導くと小声で囁く。
「今日はパフを側から離すな。他でも見張らせて何かあったら直ぐに知らせろ」
驚いて彼を見ると黒く笑った。
「敵はエドワード・ゾルガーだからな。用心しとけ」
そうだ、私は父から離れるんだ。父を裏切ったなら何をされてもおかしくない。
一瞬背筋を冷たいものが走った気がした。
「行くぞ」
騎士に案内される中、廊下を進み小さな宿を出るとすぐに馬車へ入れられる。
馬車の中はタイラーとレーン、ルーの四人だ。
「ルーはローズマリー様の最も信頼される側仕えですか?」
レーンがさっきの私達のやり取りを見てそう感じたのか真剣に聞いてきた。
「勿論です!」
ルーが胸を張って答える。そこ私が答えるところじゃない?
「ローズマリー様はこれから大変な事になると思われますがあなたはどうするつもりなのですか?それによっては馬車から降りて頂きたいのですが」
突然のレーンの言葉にルーが一瞬下を向いた。
「ルー、無理しなくていいわ。私は自分の事だけどあなたはゾルガーに雇われている身でしょう?私に付いてくることで不利益を被る可能性があるから離れた方がいいわ」
ルーは顔をあげると首を横に振った。
「お嬢様、なめてもらっては困ります。今日ここに来たのは自分の意志でございます。エドワード様に言われて来たわけではありません。
ただこれからの事を考えるとお嬢様が心配で。私が少しでもお助けできればと思っております」
「これからも一緒にいてくれるの?」
「私がいなければお嬢様はすぐに鳩をベッドに持って入るではありませんか。これからご結婚なさるのに旦那様に失礼だと私以外に誰が注意するのです!」
「旦那様……」
思わず隣のタイラーを見た。ベッドの上にタイラーと一緒に座って間にパフがちょこんといるところを想像し吹き出しそうになった。
「そんな事にはならないわよ」
ルーには言えないがこれは嘘の婚約だ。
結婚はありえない。
タイラーはただニヤニヤと笑っていた。




