29 貧困街
並んだ店先に品数は無いがそれでも人が多く行き交う通りを進むと細い路地に数人の子供が座り込んでいるのを見つけた。
その子達は汚れ表情の無い顔をして私をじっと見ている。
「タイラー、あの子達何だか元気がなさそう。病気じゃないの?」
「孤児だよ。貧困街じゃ珍しくも無い」
よく見れば年齢もバラバラの子供が通りをうろついている。
「孤児って……親がいないってことでしょ?どうやって暮らしてるの?」
「そりゃどこかの店を手伝って金をもらったり、森で食べ物を見つけたり。デカくなれば狩りに行ったり、兵士になって勇者と呼ばれたり。生きてく方法は色々ある」
「あなた孤児だったの?」
「あぁ」
タイラーはうろつく小さな男の子を手招きするとポケットからいくつかコインを取り出し渡した。
「やったー!ありがとよ!」
男の子は嬉しそうに走り出し消えて行った。
「施しが嫌いなんじゃないの?」
前に宿屋の子に鏡を買ってあげると文句を言われた事を思い出した。
「偽善が嫌いなだけだ。だけどアイツらにとっては偽善であろうと無かろうと金は金だ。キレイでも汚くてもその金があれば一日生きて行ける」
「あなたもそうやって生きてきたって事?」
タイラーはまた歩き始めた。角を曲がり進むと大きな通りに出た。さっきの貧困街とは違い清潔でキレイな服を着た女性が目の前を通り過ぎる。一筋違うだけでこんなにも街の様子が違う。
大通りの歩道を歩きながらすれ違う人を眺めた。
楽しそうに笑う学生達や、馬車から美しい女性をエスコートする男性、母親と手を繋いで歩くカワイイ女の子。どれも私には縁のない事だ。
「オレはまだ運が良かったんだ」
タイラーが話を続けた。
「孤児を集めて鍛えあげるオッサンに連れて行かれた」
「良い人と知り合えたって事?」
「違うな、戦士にして後で費用を払わせるんだ、鍛えるのは先行投資。だけど飯はちゃんと食えるし礼儀や生活の仕方も叩き込まれる。レーンもそこにいたんだ」
魔王を倒したのが平民である事も驚きだったのに孤児だと聞いてさらに驚いた。
「平民が魔王を倒したって初めて聞いた時すごく驚いていたの。私とは住む世界が違うんだなって」
「自分は戦わなくても生きていける貴族だからか?」
タイラーは笑いながら言った。
「違うわ。あなたはみんなに必要とされていて、私は父にさえ必要とされていないって事よ」
彼は気まずそうに黙ったまま歩き続けた。
パウトロウの屋敷の前に付くとタイラーは私に向きなおった。
「少なくとも今、オレにはロージーが必要だ。よろしく頼むよ」
そう言って門番に声をかけた。何だかドキッとした。
門番の男に声をかけ門を開かせた。屋敷の中に入るとパウトロウが慌てた様子でやって来た。
そうだ、黙って抜け出したんだった。
「どこに行ってらしたのですか?また誘拐でもされたのかと気が気ではありませんでした」
「申しわけありません」
私はすまなさそうな顔をしてパウトロウに謝罪した。
「ローズマリー様が街をご覧になりたいと仰ってお連れしたのです。護衛の準備などを考えると無理だと申し上げたのですがどうしてもとせがまれまして」
我儘な婚約者に困ってます、って感じのタイラーはムカつくがほとんど間違いでないので言い返すことができない。
「わたくし街を出歩く事が今までなかったもので……」
「それは、ゾルガーのお嬢様なら当然の事でしょうが何かあってはお父上になんと言えばいいのか」
結局父への言い訳が困るって事よね。
「大丈夫ですわ。勇者タイラー様と一緒でしたから」
そう言って微笑むとパウトロウはムッとし少し怒ったような顔をした。
部屋に戻ると早速エラ達がやって来てタイラーは自分の部屋に戻され、湯浴みの準備を始めた。
「ローズマリー様、なぜこの服を?」
「街に出るのに用意して頂いたキレイなドレスじゃ目立つでしょ?ゆっくりと歩きたかったの」
女中達に貴族のお嬢様は我儘で仕方が無いわねぇ、という顔をされた。
「タイラー様とご一緒でいらしたのでしょう?何か買って頂いたのですか?」
若い女中が湯浴みを終えた私に興味深げに聞いてきた。エラはちょっとその子を睨みつけたが答えは気になるようでみんなが私を見た。
「え……っと、ココアを買って頂きましたわ。甘くて美味しかったのよ」
一瞬皆の動きが止まって静かになった。
「それだけですか?」
エラが困惑した様子で聞いてくる。
「駄目なのですか?」
私は何か間違えたのかと思いちょっと焦った。
「せっかく婚約者とお出かけになられたのですからもっと何か買って頂いた方がよろしいですよ。私はこの前恋人にネックレスを買ってもらいましたわ」
さっきの若い女中はそう言って服の下にしまい込んでいたネックレスを取り出すと見せてくれた。
「まぁ、とってもカワイイわね。あなたによく似合ってると思うわ」
ハキハキと話すはっきりしたタイプの彼女にお似合いの、濃い目のエメラルドの小さな石がついたシンプルなデザインの物だった。
「ありがとうございます。でもローズマリー様ならもっとキレイな凄い宝石がついた物が頂けますよ」
「口が過ぎますよ」
今度はエラがハッキリとその子を叱った。若い女中はすぐに謝罪し下を向いたがチラっと私を見たので大丈夫だよという感じで笑いかけるとホッとしていた。
でも困った。
湯浴みを終え夕食まではしばらく時間があったのでタイラーを部屋に呼ぶとレーンも交えて三人だけにしてもらった。
「タイラー、さっき女中達に言われたのだけれど婚約者と出かけたら何か買ってもらわなければイケナイみたい。わたくし婚約なんて初めてで、困りましたわ。
これは嘘の婚約だから本当に買ってもらうわけには参りませんし、でもわたくしではあの子のネックレスより『もっとキレイな凄い宝石がついた物』なんて用意できませんし……」
私が悩んで相談しているのにそれを聞いていたタイラーとレーンは驚いた顔をしたあと笑い出した。
「なんですの?何故笑うの?」
なんだか恥ずかしくて顔が熱くなるのを両手で隠しながら尋ねた。
「いや……失礼しました」
なんとか笑いを堪えながらレーンが涙目で話す。タイラーはまだ我慢しきれず笑っている。
「流石の女性目線ですね。我々では気が付きませんでした。おいタイラーいい加減にしろ」
レーンに咎められやっと笑うのを止めたタイラーがグッタリとソファに持たれる。
「その女中達も凄いがロージーが世間知らず過ぎて笑えた」
「だがそうだな、何か用意したほうが信憑性があるだろう」
やっと冷静になったレーンが眉間にシワをよせる。
「でもわたくし買えませんわ。凄い宝石なんて……」
「こっちで用意するからロージーは心配するな。こっちの手落ちだな」
レーンも頷いた。
「婚約ってお金がかかるのですね」
結婚の約束をするだけが婚約だと認識していた私は驚いた。貴族の場合は政略結婚が多いのでその際に契約を交わす事は知っていたが贈り物が必要だなんて。
「まだまだ知らない事ばかりね……」
そう言うとまたタイラーが笑い始めた。なんだか腹が立つ。
「もう笑わないで!あなただって知らなかったんでしょ!」
文句を言うとタイラーの隣でレーンが面白そうにうなずいてる。
「結果、一緒に出かけて良かった。随分仲良くなったんだな」
そう言われタイラーがピタリと笑うのを止めた。
「……とにかく、明日急いで用意する。何が良い?」
「わたくしに聞かれても困ります。今まで宝石の贈り物なんてもらったことないし」
二人は顔を見合わせてため息をついた。
「ではこちらで探します。とにかく急がないと。もうすぐ迎えが到着する頃だ」
レーンは下調べして来ると言って出かけた。




