115 派閥の長3
シーラスがアイダにハンカチを差出しフェルナンドがアイダを慰めている。その姿を見て少し淋しく感じてしまうが仕方がない。私は二人にとっては姉弟ではないから慰めに行かないほうがいいだろう。
「シーラス様はけっこう肝が座ってるな。エドワード・ゾルガーに冷静に立ち向かうとはな」
自分だって堂々としていたくせにタイラーが意外そうにいう。
「そうね、あの方は見かけとは少しイメージが違うと思う。剣の腕もあると思うし度胸もあるわ」
たった一人で後ろ盾もないのにここまでたどり着いている。復讐の為とはいえ大したものだ。
少しすると父を連れて出ていったイングバルが戻りシーラスとアイダ、フェルナンドを連れて行った。もうすぐ披露目が始まるのかもと思っていたらレーンが顔を出した。城に戻って以来久しぶりに会ったが軽く会釈しただけでタイラーを呼ぶ。彼が立ち上がるとそこへ向かい短い言葉を真剣な顔でかわす。
「ロージー、ちょっと外すぞ」
その表情から緊急の案件が起きたのか私の返事も待たずに出ていった。時間まで少しあるだろうが一人きりになり少しホッとした。肩にいたパフが膝に降りると私を可愛く見上げる。
「ポッポ」(大丈夫か?始まる前から気力が削られるの)
「ホントにね。でもさっきはタイラーとシーラス様が助けてくれて良かったわ」
二人のお陰で父と披露目の直前にそこまで争わず済んだ。後はイングバルが上手く言い含めてくれたのだろう。そう思っているとノックもなくドアが開きスルリと男が入ってきた。
「ルーベン……」
元同僚で会いたくない男が気持ちの悪い笑顔で私に近寄ってくる。
「ローズマリー、美しくなったじゃないか。これなら文句は無い」
正装で整えられた姿だが中身の間抜けさは隠しきれていない。
「ノックぐらいはすべきではないですか?」
ルーベンは私の言葉が聞こえていないかのように笑顔のままさっきまでタイラーが座っていた隣へ座ると私の方へ体を向けた。
「まぁまぁ、知らぬ仲でも無いのだから気にするな。今日はお前にいい話を持ってきてやったのだ」
「けっこうですわ」
どうせろくな話じゃない。立ち上がろうとすると手を掴まれた。
「離して!人を呼ぶわよ」
パフがその手を突こうとした時ルーベンがニヤリとした。
「いいのか?タイラーのことだぞ」
その言葉にパフを止めた。ルーベンは嬉しそうに私を掴んでいる手に力を込めて引っ張るとまた隣へ座らせた。腕を掴まれながらも出来るだけ離れた。
「イングバル様がいなところで話は出来ないわ」
「二人で話せないならこれまでだ。鳩もどこかへやれ」
自信ありげに私を見ている。
「……何の話なの?」
「やはり気になるか。そうであろうなぁ……お前のせいで奴はいまだに命が狙われているからな」
その言葉にドキッとした。
「パフ、外へ行って」
「ポッポ」(何を言う!こんな奴と二人で話すなど止めておけ)
「いいから出て……命令よ」
その言葉にパフは黙った。私が立ち上り窓を開けるとサッと飛び出していった。
「ここへ戻ってこい」
窓を閉じて再びルーベンの隣へ座ると彼が馴れ馴れしく私の肩を抱いてきた。
気持ち悪い……
「別に悪い話じゃない。私と婚姻するとこの後の披露目で言ってくれればいいだけだ」
そう言って私の顔に触れ自分の方へ向ける。まだそんな馬鹿な事を言ってるのか。
「タイラーの事って何?」
とにかく要点を聞きたい。
「奴に惚れたのか?平民だぞ」
顔を近づけて来たので手で押し返した。
「話が無いならもういい」
気持ち悪くてゾっとする。
「せっかちなやつだな。まぁいい、私と婚姻すると約束すれば話してやる」
「わたくしの婚姻は派閥の重要事項だわ。それと引き換えなんて相応の内容でないと承知出来ない」
「フム、そうだな。では少しだけ話してやろう」
ルーベンはそう言うと私の首元に手を添えゆっくりと下へ滑らし始めた。
「何をするのです!」
その手を掴み止めると顔を近づけて来た。
「お互い触りだけあかそうではないか」
つまり彼が触れている間は話すということか。
睨みつけると掴んだ手をゆっくりと離した。
「そんなに奴に惚れたのか?」
じわりと湿った気持ちの悪い手をまた少し下へ滑らしながらルーベンが言う。
「いいから早く話して」
ニヤリとしながら私の胸元を見ている。
「父上達が我々に邪魔な奴らを消しているのはもう知ってるだろ?」
「えぇ、それで?」
ルーベンの手が肩へ滑っていく。背筋がゾッとする。
「その殺し屋へは私が直接依頼を出してるのだ」
私はまたルーベンの手を掴んだ。
「それくらい知ってる。もういいわ」
「ここからが本番だぞ、あいつがこの前も死にかけたのを知らんのか?」
「死にかけた?いつ?」
手を緩めるとルーベンはそのままドレスの肩をずらして外した。
「お前が戻ってくる直前だ。毒をもられかけた」
そんな……
ルーベンの手が胸元へ降りてくる。
「レーンが巻き添えで斬られて危なかったと聞いたぞ、実に惜しかった」
そんな事が……私のせい?このまま抵抗しなければ止めさせる方法を聞き出せるの?イングバル達も探ってくれてるけど間に合わないかも知れない。
「どうすればいいの?」
ルーベンがドレスの胸元から服の下へ手を差し入れて首筋にくちびるを添わせてきた。生臭い息がかかりゾワゾワと全身寒気立ち涙が込み上げる。
嫌だ……
「このまま言うことを聞けば直ぐに指令を止めてやるぞ、私が『黒窓』へ行って奴らに会って合図すればいい」
コレを我慢すればタイラーは助かる。
ぎゅっと目を閉じた瞬間、激しくドアが開く音がするとタイラーとシーラスが飛び込んできた。ルーベンが驚いて何か言おうとしたが私達を見たタイラーが物凄い勢いでルーベンを私から引き剥がすと殴り飛ばし奴は部屋の端まで吹き飛ぶと意識を失った。振り返ったタイラーの怒りと悲しみが入り混じったような顔を見て胸が締め付けられる。
この人を死なせたくない……
「ロージー、もう大丈夫だ」
私は震える手でずらされたドレスの胸元を隠した。
タイラーが私の隣に座りドレスの肩をそっとなおしてくれる。シーラスがルーベンの足を乱暴に掴み引きずりながら部屋を出て行く。
「ローズマリー様を頼みます。こいつは任せてもらう」
ドアを閉めるシーラスの顔が見たこともない黒い笑みを浮べていた。
「何故こんな事を許した。パフが来なけりゃ大変な事になってたんだぞ」
部屋から飛び出すなりパフはタイラーを呼びに行ったようだ。
「タイラーの……命を狙うのを止めさせたくて。あなたが毒殺されかけてレーンが斬られて死にかけたって聞いた」
「そんな事の為にアイツに触れさせたのか!」
「そんな事って言わないで!私のせいであなたを……誰も死なせたくない!!」
タイラーを見上げ溢れる涙を必死で堪えた。今ここで泣いてはいけない。この後大事な役目が待っているのにこれ以上取り乱す訳にはいかない。
立ち上り彼に背を向けるとハンカチで溢れそうな涙をおさえた。手も足もまだ震えているが何度も深呼吸して自分を落ち着けようとした。ルーベンに触れられたところ全てが気持ち悪い。
必死に取り繕おうと堪えているとふわりと背中に温かさを感じハンカチを握る手も掴まれぎゅっと抱きしめられた。
「ロージー……オレの為にあんな奴に触れさせるな」
タイラーの優しい声が耳元で聞こえた。
「でも……」
「頼む」
私を抱きしめる手にさらに力を込められじんわりと胸が温かくなり、ドキドキとして何も言えず黙って頷いた。それを確認するとタイラーは手をほどき私を振り向かせるとハンカチを取り上げこぼれそうな涙を拭いてくれる。
「癒やしをかけれるか?目が赤い」
頷くと自分に癒やしをかけ目元がスッキリするのを感じた。
「よし、良い子だ」
優しく笑いかけられ恥ずかしくなる。
「子供扱いしないで」
「そんなこと思ってない」
タイラーが顎に手を添えて来た。私は彼の目をじっと見つめた。彼も私を見つめ返しゆっくりと近づいてくる。くちびるが触れる寸前で彼が顔をそらし、深くため息をつくと離れていった。
ドアへ向かい廊下へ出ると誰かと話し始めた。
もう、キスはしてくれない……




