107 魔術1
「何を考えてるんだ、あんなことして」
「ただ前線に行きたかっただけよ。魔術を見せるほうが手っ取り早いと思ったの」
私はタイラーの横を通り過ぎそのまま自分の部屋へ向かって歩き続けた。彼も付いて来るがまだ怒っているようだ。
「ロージーに戦争は無理だ。人を殺すんだぞ、魔物とは違う」
「わかってる」
「わかってない。命乞いされたり、騙し討ちされたり、こっちが一瞬でも気を抜けば殺られる。泣いて助けてくれと言ってたやつが次の瞬間に殺しに来るんだぞ」
彼の話にゾッとし首筋に寒気が走る。
「でも……私は魔術で戦える」
「向いてないって言ってるんだ。無理に戦って後の人生ボロボロになってもいいのか?屋敷に閉じ込められて生きてきたロージーが人を殺して平気で笑っていられるとは思えない」
部屋の前に到着しドアが開けられる。私はタイラーに向き直ると睨みつけた。
「平気じゃないけど私だって守りたいものがある。その為に戦いたいの」
そう言うといつの間にか追いついてきたシーラスが私達の間に滑り込むとタイラーを部屋に入れずドアを閉める。
「失礼しますよ、ローズマリー様を少し休ませないと」
シーラスを睨むタイラーの顔がドアの向こうへ消えていった。中ではルーがお茶の準備をしようとしていたので私は首を横に振る。シーラスが何か言いたそうだったが今はもう駆け引きのような話はしたくない。
「少し休むから独りにして」
パフだけを連れて寝室へ入るとベッドに倒れこんだ。
「ポッポ」(大丈夫か?)
「疲れた」
使った魔力は大した事なかったが貴族達の対面を気にしたやり取りやくだらない決め事にうんざりする。
「ポッポ」(だから止せと言ったのだ。あのような会議など)
そうは言っても会議に出なければ正確な話が私まで伝わるかわからない。イングバルは新しく派閥を作りたがってるから私が少しでも揺らぎそうな話は揉み消しそうだし、シーラスはゾルガーを排除する事に重きを置いて情報を歪めてそうだ。
パフはパタパタ飛び上がり窓辺に止まった。
「ポッポ」(二体ほど出せ、オスロワスの動きが確かに気になる)
言われるままにもうふたりのパフを呼び出すとベッドから起き上がりその子達を窓から外へ出した。空高く飛び立つパフ達をそのまま見送りぼうっと外を眺めていた。
部屋の窓は騎士団棟の訓練場に面していて訓練する様子見ることが出来る。ここからは遠いが広い訓練場の端で若い騎士が体を鍛えたり剣の指導を受けているのが見える。その片隅で小さく火がポッとついた。それは的のような物に当たるとすぐに消える。その後キャッキャッと騒ぐ声が聞こえてきて、どうやら新人魔術師が訓練中でどうも女性魔術師のようだ。その様子は馬車で街を通る時に見かけた学生達のようで楽しそうに見える。
「いいなぁ……」
私も普通に魔術を使えると最初からわかっていればあそこで訓練していたのかな?
「はぁ……」
「ポッポ」(辛気臭いのぉ)
パフが側に来て可愛く見上げる。
「ここじゃすることがないわ。身の回りの事はルーがしてくれるし、魔物を狩りにいけないし、畑を見に行くことも子供達と話すことも出来ない……そうだ」
パフを抱きあげるとベッドの横に置いてある椅子を窓辺に引き寄せた。
「ちょっと出てもいいわよね」
「ポッポ」(仕方のない娘だ)
私は椅子の座面に足を乗せ次に窓枠に足をかけ身を乗り出した。辺りを見渡し人気が無いのを確かめると足を踏み出し土の魔術で窓の外に階段を作るとトントンと駆け下りた。二階にある私の部屋の真下は植え込みがあるためそこを避けて階段を作り訓練場の脇の道へ着地した。すぐに後ろを振り返り階段を消すとどちらへ行けば城から出れるかキョロキョロしていて会ってはいけない人にみつかってしまった。
「ロージー!何やってる!」
訓練場の端からすごい勢いで馬を走らせタイラーがやって来る。まさかあれからすぐに訓練に向かっていたの?私は驚いて無駄と知りながら反対方向へ駆け出した。
「ポッポ」(疲れるだけだぞ、あきらめろ)
手の中のパフが冷静に言う。だから分かってるって、でもなんだかタイラーが怖い。
すぐに前を塞がれ馬から滑り降りると腕を掴まれた。
「どこに行くんだ?」
凄まれパフをギュッと抱きしめる。
「ちょっと、街へ……すぐ戻るわ」
「一人では行かせられない」
「皆忙しいし、独りがいいの」
タイラーは手を離しため息をつく。
「気持ちはわかるが時期が悪い。城の中なら自由にしていいから外は止めてくれ」
私の方を見ずに俯きがちだ。
「まだ怒ってるの?」
私が前線へ行きたいと言った時からずっと機嫌が悪い。いや、もっと前からか。
「怒ってるし、心配してる。思うように動けない自分に腹が立つし、平民を蔑ろにする貴族にうんざりしてる。それにお前が……」
何か言いかけて急に黙った。
「私が、なに?」
「いや、今はいい。それより暇なら訓練に付き合え、ほらアレ」
タイラーが指差す方を見るとさっきの女性騎士達がこちらを見ていた。
「魔術部特別顧問なんだろ、あいつら魔術師だからロージーが魔術を使うところを見せてやってくれ」
馬を部下に任せると私を訓練場の反対側まで連れて行く。外に出たかったが見つかったのなら仕方ない。それに騎士団の魔術部にも少し興味があった。
私達が近ついて来ると分かったのか、彼女達はキャッキャッした雰囲気を急に改め整列する。
「大隊長、ご用ですか?」
四人いる女性魔術師のうちの一人がタイラーに尋ねてきた。
「ミランダ、ローズマリー様のことは知っているな」
彼がそう言うとミランダはニヤリとして頷く。
「勿論です。大隊長がべた惚れの婚約者ですから」
彼女の言葉に他の四人が一斉にクスクス笑う。
「馬鹿、そういう意味じゃない。この方が魔術師だと知ってるかと言っているんだ!」
タイラーが慌てて少し頬を染めながら言い返す。それを見て私までなんだか恥ずかしく顔が熱くなった。正式でないにも関わらず結構広まっているようだ。
「失礼致しました。てっきり大隊長が婚約者の自慢しにいらしたのかと」
女性魔術師達は彼と親しく接しているらしくどうやらからかわれているようだ。彼女達は下位貴族のようだが平民のタイラーに忌避感は無い。旅の途中でも感じたことだが下位貴族は上位貴族ほど平民に忌避感は強い。下位貴族の殆どは平民の近所に住んでいるし関わりも多くそれほど違和感なく接している。
「勿論存じております。今回城へお連れする際に厚かましくもお世話になったので」
そう言って私を見た顔に見覚えがあった。
「あぁ、湯浴みのお湯!」
ミランダは私向かって頭を下げた。
「その説はありがとうございました。おかげで道中自分の臭いに悩まされずに済みました」
それに続いて他の女性魔術師達も私にお礼を言ってくれる。
「いつも頭のかゆみに堪えられなくて」
「何故男性騎士達が数日に一回の水風呂に耐えれるか意味がわからなくて」
み、水風呂って。暑い時期ならともかく寒くても水風呂なのかしら。
「そんなに臭いかな」
タイラーが首を傾げると一斉に抗議の声があがった。
「大隊長は一番先頭で戦っているから相当臭いですよ」
「だけど大隊長だからいつもお湯を使い放題じゃないですか!」
集中攻撃を受けタイラーが防戦する。
「それは頑張って結果を出した成果だから別に良いだろう。だけどオレってそんなに臭かった?」
ミランダはこっくり頷く。
「それはそうです。大隊長なのにいつも先陣切ろうとするからレーン副長が大変そうです。ホコリまみれで血まみれで汗だくで傷だらけじゃないですか」
「えぇ!!傷だらけ!?」
はじめは面白く話を聞いていたがタイラーが傷だらけで戦っていると聞いて驚いた。隣にいる彼を上から下まで確認する。
「大丈夫なの?」
急に心配になり彼の腕に手を添えた。




