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番外編 神子姫と剣聖 後編




 召喚の儀から一年経った。


 教会が神子姫の降臨を発表して、近隣諸国は対応を改めた。諸国は戦時下にもかかわらず、神子姫の『お告げ』を賜るために、競うように多額の寄付金や大量の食料を教会に献上した。


 それからの教会上層部は、そこいらの王族たちよりも豊かな生活をしているかもしれない。逆に近隣諸国の国民たちは困窮していったが。

 だが事前に危機を知り、困難に備え回避することは、どの国にとってもこの上なく有益なことだった。


 サクラは『視た』ものを大司教に伝え、彼が各国の使者に伝える……大司教が自己解釈したり、さらには自分に有利になるよう捻じ曲げて伝えたり、伝えなかったりするが、それはサクラの関与することではない。


 サクラは今も塔に住んでいる。

 身の回りで変わったことはは、食事がよくなりおやつも出るようになったこと。最上級の絹で作られた真っ白なローブを纏うようになったことと。神秘性が増すとかいって金とルビーで作られた髪飾りや首飾りなどをつけさせられていること。調度品も高級なものになったこと……そして護衛の男が部屋の外で待機することから、部屋の中にいるようになったこと。


 その日は快晴だった。いつものように外を眺めていたサクラは、ふと男に視線を向ける。


「あんた、名前なんていうの?」

「……」


 サクラの言葉に男は無言で答える。世間では神子姫の存在を神聖視しているが、実際は(元)女子高校生。面倒な敬語なんて早々に捨てたサクラである。


「しゃべれないの?」

「……」


 さらに問うが男が無言を貫きとおした。


「じゃあ教えてくれるまで勝手に呼ぶね」


 サクラは肩をすくめ、考えること数分。


タケル


 ぽつりとつぶやく。


「なんか武士っぽいから。よろしくタケル」


 そういった彼女に、護衛の男……タケルはまたもや無言だった。






 さらに一年が経過した。護衛の男――タケルは、いつものように外を眺めるサクラを見ていた。召喚されて二年たったというのに、彼女はその時のままの姿だった。まるで時が止まったように。変わったところといえば、漆黒の美しい髪が伸びたくらいだろう。


 そんなサクラの瞳が一瞬金色に輝く。そして彼女はゆっくりと瞳を閉じ、上等な綿が詰められ、華美な刺繍と精巧な彫りが施されたソファの背もたれに背中を預けて、天を仰いだ。


「あー今度は回避できないっぽいな……ま、私を呼んだ人の命分は、働いたからいいでしょ」

 そう一人ごちると、両手をあげて伸びをする。そして自分の護衛を手招きした。


 長身の彼を屈ませ、額に人差し指と中指を充てる。

 一瞬だけ瞳が金色に光ったと思うと、彼の中で何かが砕け散った。

 タケルはそれが、自分を縛っていた隷属の紋だと遅れて理解する。


 サクラが教会に知らせていない能力の一つ『破眼』

 この瞳の前では、いかなる魔法も打ち破られ、無効化される。もとより多くの命を犠牲によって召喚されたサクラの魔力は、その糧により天井知らず。普通の人間がかけた隷属の魔法など、言葉通り瞬き一つで破壊できる。


「タケル、あんたは逃げたほうがいいよ。次はやりすごせない……この教会は、やりすぎちゃったから」


 鳥籠の小鳥のように、必要なこと以外は塔で世俗から隔離されてきたサクラ。大司教たちは都合が悪いことは隠しているが『神眼』の様々な力を使えば、外の様子を探るなど簡単なことだ。


 そして今、神子姫の名のもと、好き勝手してきた教会の終焉が近づいてきていることが『視えた』


 今、もっとも勢いのある勢力が、特権と強欲に塗れ堕ちた教会へと向かってきている。


 教会はやりすぎたのだ。神子姫を利用し諸外国から多額の寄付をせしめるだけでは飽き足らず、神の名のもと権力を振りかざし、人々を虐げ、異教徒を殺戮し、反意持つ者を貶めた。


 せめて神子姫を利用してでも、平和を唱え、聖職者として大陸の調停に尽力すれば、違っていたかもしれないが……起こるべくして起こり、辿り着いた終焉である。


「……姫は、逃げないのか?」


 タケルの初めて発せられた声に、サクラは瞳を見開いて驚く。


「あんた喋れたの?」


 思っていたより低く好みのいい声だな、とサクラはまじまじタケルを見るが、彼は彼女の問いには答えなかった。

 そんな彼に、サクラは苦笑を漏らして答える。


「うーん……逃げない、というか逃げられないかな。そう視えたから」


 ゲームで出てくる騎士のような金髪碧眼の男に、剣を向けられる自分を視た。


 『未来視』は視たいものを視ることもあれば、突発的に視せることもある。またいつ・・起こるかわかるときもあれば、曖昧なこともある。そして回避できる事象と、回避できない事象がある。今回のは突発的な未来。そしていつかはわからないが、回避できない事象だとサクラはなぜか確信していた。


「タケル」


 そう言って膝をついたまま動かないタケルの腕に触れる。


「隷属の紋は破壊したから、あんたは自由だよ。復讐なんて考えなくても、あいつらは報いを受ける。だから早く逃げてね」


 その言葉に、タケルはハッとする。


 タケルは黒髪黒瞳の少数民族の出だ。教会に悪魔や異教徒というレッテルを張られ、征伐された。タケルは偶然集落から離れていたため、難を回避した。


 なぜそんなことが起きたのか。原因は近隣の信徒の町で疫病が流行ったとき、偶然行商にきていた民族の者が疫病を運んできた、と教会の者に告発されたからだ。

 黒という色が悪魔の使者の証拠だと言われ、教会の騎士団が悪魔狩りと称し集落を襲ったのだ。もちろん冤罪であるから、一族が死んでも疫病が終息することはなかった。


 疫病が時間をかけて終息したあと、タケルは一族の復讐をするために教会に忍びこんだが、逆に捕らえられる。ひどい拷問にかけられたが死なず、戦闘能力の高さから奴隷にされ、名を捨てられ、怨敵にいいように使われ、今日の日を迎えた。


 サクラは初めて未来を視たときに、彼の過去も『視た』


「……今まで、ありがとうね」


 そう言ってサクラは、促すようにタケルの肩を押す。タケルはふらりと立ち上がると、おぼつかない足取りのまま、部屋を出ていった。


 サクラは満足そうに微笑むと、再度窓の外に視線を動かし、二年間変わらぬ景色を眺めた。






 その日の夜、サクラは耳障りな風を切る音で身を覚ました。目の前には、タケルの顔だった。


「……え? タケル?」


 彼は逃げたはずだ。彼が出ていったあと、彼について問い詰める司祭を宥めすかし、夕飯を食べたあと、急激に眠気が襲ってきたため、早々に寝台へ潜り込んだ……はずだ。


「今は静かに。捕まっていろ」


 問おうとするサクラに、タケルは短くいう。サクラはとりあえず両腕を彼の首に回すと、タケルは駆ける速さを上げた。

 タケルは休まず走り続け、教会からだいぶ離れた場所の森の中に身を潜めた。夜明けより少し早い時間帯だ。


「……どうして?」


 地面に直に腰を下ろしたサクラは、小さな、少しだけ震えた声で問うた。


「あなたは犠牲者だ」


 タケルが言葉を紡ぐ。


「勝手な都合で勝手に故郷から連れてこられ、隷属の紋がなくとも酷使され、搾取された」


 一呼吸おいて、タケルがはっきりと言う。


「これ以上、あなたが犠牲になる必要はない」

「……だけど!」


 サクラは両手拳を握りしめる。そんな彼女を遮るように、タケルは言葉を続ける。


「あいつらは、あなたを解放軍に差し出して助命の嘆願をするだろう『すべて神子姫と名乗る者にそそのかされた』と」


「……わかってる」


 知っている。『神眼』で視たのだから。


「そんなのわかってるってば、そんなことくらい……私は、視えてるんだからさ!」


 サクラは、自分を散々利用してきた奴らが何をするか。

 今まで閉じ込めていた感情が噴出したかのように、サクラは叫ぶ。


「だけどもう疲れたの! もうたくないの!!」


 現実はたくない。神眼でもたくない。自分の世界はここじゃない。


「ここには、お父さんもお母さんも、友達も誰もいない! 家も学校もファミレスもカラオケもなにもない! でも帰れないじゃん!!」


 帰りたくても帰れない。だっていくら望んでも、そんな未来は『視えない』

 タケルのせいじゃないとサクラはわかっている。これはただの八つ当たりだ。


「もう、嫌なの……毎日不安で、怖くて、疲れたの……」


 この世界に『日向桜』の居場所はない。そして『神子姫』の居場所もなくなる。

 なら、もう消えてもいいのではないか


 サクラはこの世界に呼ばれた日から、ずっと不安で、ずっと絶望していたのだ。

 それが『神眼』の『未来視』を発動させる条件だとも知っていた。不安で先を知りたい気持ちがスイッチなのだと。


 沈黙が二人を支配する。辺りが徐々に明るくなってきたとき、口を開いたのはタケルだった。


「…………だけど、俺は」


 そのとき、がさりと茂みが音を鳴らした。タケルがサクラを背後に庇い、剣を構える。


 そんな二人の前に現れたのは、同じく二人組の男だった。

 年はタケルと同じくらい。一人は月の光を集めたような銀髪。そしてもう一人は、薄暗いなか陽光のように輝いて見せる金髪。二人とも碧眼でハリウッド俳優顔負けの美形だった。


 金髪の男が、嘗め回すようにサクラとタケルを見たあと、銀髪の男に言った。


「どうしようかグレイシス! 偵察のつもりが男女の修羅場に突撃しちゃった!」

「フェリスよ。私はいつも忠告しているが、お前は剣の腕を磨く前に、気遣いや配慮を学べ」


 金髪の男に、銀髪の男は呆れ果てたように言葉を返した。


 これが歴史でいうところの『聖女』サクラ、のちの『剣聖』タケル、そして『英雄』フェリスと『王国初代国王』グレイシスの出会いだった。






 時は流れ、『英雄』の名のもと大陸は統一された。


 なおサクラが視た、フェリスに剣を向けられた未来は、確かにあった。


 怪我をしたのに無理して出陣しようとするフェリスを、サクラが身体を張って止める出来事だった。剣を向けて脅しつけるフェリスと、一歩もひかないサクラに、周りの仲間たちは冷や汗を垂らす。

 一触即発のなか、駆け付けたタケルとグレイシスたち腹心たちによって、フェリスは怪我人だというのに拘束され、療養という名の監禁をされた。

 戦はグレイシスの指揮のもと、危なげなく勝利し、フェリスは寝台の上でいじけたのは語り草である。


 そして大陸は統一され、平和が訪れたのは束の間、新たな問題が起こった。

 

 『聖女』と同じ色を持つ者を狩る『黒狩り』が横行したのである。


「すまないな、サクラ、タケル」


 俺の力不足だった


 出航前の船を前に、そうフェリスは謝罪する。こちらに呼ばれた時と変わらぬ、老いぬ容姿のサクラは首を横に振った。すぐ隣には、年相応に成長したタケルがいる。


「解っていたことだから」

 

 こうなることはあらかじめ視えていた。それにいくら統一しからといっても、大陸の隅々まで統治するのは、時間が必要だった。未来がわかっていても防げないこともあると、サクラは知っていたし、身にも染みていた。


 潮風が三人の間を通り抜ける。


「ねえ、フェリス」

「なんだ?」


 サクラの言葉にフェリスは答える。


「無理、しないでね?」

「何を言っているのだ? これから無理して苦労するのは、おまえたちのほうだろう」


 これから航海にでて、新しい居場所を探しに行くのは二人だ。希望した黒を持つ者たちを連れて。


「……そういうことじゃなくて」


 サクラは苦笑する。サクラは知っている。彼がこれからどんな道を歩むことになるのかを

 だがそんな彼女にフェリスは笑った。


「俺は大丈夫だ」


 サクラはそれ以上何も言わなかった。

 ただ三人、船と海を眺め、出航の準備が整ったといいにきたグレイスに頷く。


「さようなら、英雄殿」

「さようなら、聖女……いや、異世界からの神子姫殿」


 そこで走馬灯は途切れた。






(私は、やっと終われる……)


 あの時とは違う。


 私は精一杯生きたのだと、自分の居場所を作ったのだと、胸張れることをサクラは嬉しかった。


 航海も大変だったが、群島を見つけてからも大変だった。

 でもタケルと結ばれ、子を成し、孫にも恵まれた。ともに来た人々も、この地に根を生やすことができた。

 自分が今できることは、全て成し遂げた。


 あとは、未来の子どもたちと、彼に……否、彼女に託すだけだ。


 自分と同じ世界からきた、自分よりも過酷な運命を背負うことになる彼女。

 

 ふと重かった身体が軽くなった。目を開けると、先ほどまで寝ていたはずなのに、立っていて周りは真っ白だった。


 呼ばれた気がして振り返ると、そこには最愛の人がいた。


「タケル、お待たせ」


 彼がほほ笑み、手を差し出す。

 サクラは手をとり、二人歩き出した。


(涼子さん、あとはお願いします……どうか、彼を救ってください……)


 日本では『女子高生』で、こちらでは『神子姫』や『聖女』と呼ばれた『桜』は、遠い未来にいる同郷の者に望みを託し、愛する者と肩を並べ光の中へと消えていった。





  神子姫と剣聖  終




ということで以上で番外編含めて陽国の神子姫は簡潔です。

だいぶお待たせしました。

書籍版にいれようと思ってたのですが、あーなっちゃったので、こんなかんじで投稿です。


さて神子姫ことサクラさん。いわゆる異世界転移(強制拉致)の被害者でした。

クロさんの背景ふくめ初期から考えていた伏線だったので、やっと出せた感じです。

途中いろいろありましたしね!ね!!

楽しめていただけたら幸いです。


では今後については8/5の活動報告をご覧ください。



2022.8.6 楠 のびる



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― 新着の感想 ―
[一言] ふと目に止まり、読み始めたら、一気に読み終えてしまいました。 シリアスとコメディのバランスがよかったです。 続きを期待しています。頑張ってください。
[良い点] 外伝、楽しかったです。 [一言] いつまでも待ってますので〜 気が向いたときにで 続編、よろしくお願いします。
[良い点] 更新ありがとうございます。
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