9 考えろ、俺
エリカは俺に「現実世界にちゃんと帰れ」と言っている。
でも、エリカが『ユキ』なら、俺が『タカフミ』になればずっと一緒にいられるんじゃないのか?
それに、どうしてもっと早く、自分がエリカだと言わなかったんだ?
……言えなかったのか。
そう言えば、テーヘンが言っていたな。マニュアルモードでその場にそぐわない言動をすると、強制終了になる、と。
俺の知らない、何か大きなカラクリがそこにはある。
何がどうなっているのかさっぱりわからないが……今わかっているのは、コレだけだ。
――エリカは、俺が『タカフミ』になることを望んでいない。
* * *
どうにか考えをまとめると……俺は大きく息を吸い込んだ。
……テーヘン、聞きたいことがある。
――何です?
さっき、「タカフミになること」は『SP』の特典の1つだと言ったな。
――ええ、言いましたが……。
1つ、ということは他にもあるということだろう。
それを全部話すのがスジじゃないか?
――…………そうですねぇ。
長い沈黙のあと、テーヘンが残念そうに言った。
この野郎……やっぱり腹に一物もってやがったな。
――もう1つは、ゲーム世界の様々なキャラクターを演じて頂く『エクス』に挑戦する権利、です。
『エクス』?
――我々ウンチャカ人も、かなり地球人のことは調査しましたが、やはり環境の違いからか細かい感情の機微まではわかりません。ゲーム内の大半のキャラはプログラミングされているキャラですが、それでは「地球人を体感する」ゲームとは言えません。我々が想像する地球人、ということになってしまいます。
まぁな。ウンチャカ人って……そんなに違うのか?(まぁ、テーヘンからしてピンクのウ●チだしなあ……)
――とても呑気な種族でして、羨望や嫉妬、憎悪、野望などとは無縁です。……ですので、本物の地球人の方に我々が作ったキャラクターを演じて頂く。地球人のテストプレイの際に同行して頂き、会話などのフォローをして頂く。終了後、違和感がなかったかなどの意見を頂き、キャラクターのプログラミングの調整をしていく。
ふうん……。つまり、ゲーム世界の俳優ってことか。
――そうです。ですので、通常の「テストプレイ」は1回きりですが、この『エクス』の方は何回もこのゲーム世界に入り、いろいろなキャラクターを演じて頂くことになります。『SP』はその『エクス』になる見込みのある方に付けられるものです。
……ということは……。
エリカはその『エクス』とやらで、今回はたまたま『ユキ』を演じていた。
俺が『タカフミ』になったところで、次に会う『ユキ』はもう、エリカじゃないのか。
逆に『エクス』になれば……仕事仲間として、再びエリカに会えるかもしれない……?
――…………。
俺の心の声は聞こえているはずなのに、テーヘンは何も言わなかった。否定も肯定もしない。
『エクス』となっているエリカについて話すことは、何らかの違反になるのかもしれないな。
よし、わかった。テーヘン、俺は『エクス』になるぞ。
――残念ですが、タクヤさんは『エクス』に挑戦する権利があるだけで、まだ『エクス』ではありません。言うなれば、候補生です。
あん?
――今回、マニュアルモードを一切使わなかったでしょう。マニュアルモードでの言動が『エクス』昇格への審査となります。
最初に言えよ、そういうことは!
――言えないんです、規約で。……ですから、これから何回かこちらに来て演じていただき、審査されることになりますね。かなり厳しい道となりますが……よろしいですか?
ああ。やってやるよ。
――それでは、これが契約の証です。
テーヘンの声と共に、右の奥歯が急に熱くなる。ハッとして手を当てるが、何もない。
それならば……と舌で右の奥歯を探ると、小さい丸い珠みたいなのが奥歯の奥に付いていた。
……ピアス? こんなところに?
――これで、タクヤさんは我々ウンチャカ人の管理下に置かれました。地球での生活の情報収集、およびゲーム世界に呼ぶ際の通信機器にもなっております。
管理下? 俺の身体を勝手に動かしたりする訳じゃないよな。
――ゲーム世界でトラブルが起こればあり得ますが、現実世界では何も干渉いたしません。緊急事態なら、話は別ですが。
……わかった。じゃ、これからよろしくな。
* * *
「……ユキはお前だったんだな、エリカ」
そう独り言を呟くと、俺は花立に1輪の赤い薔薇を差し――冷たい灰色の四角い石を見上げた。
――エリカが眠っている……と、思っていた場所。
退院したら、受験シーズン真っただ中だった。
俺はとりあえず公立の通信制の高校を受験した。
やりたいことは決まっていない。だからバイトしながら高校に行く。
……そのうち、何か見つかるだろうから。
親父はいない。ここからはかなり離れた刑務所に入れられた、と聞いた。
そのうち出てくるだろうけど、もう俺には怖いものはない。
両手を合わせて拝むと、俺は再び墓石を見上げた。
エリカは、ここにはいない。だから俺も、もうここには来ない。
いつも俺を励ましてくれた。
まだ出来ることはあるよ、と、道を示してくれたエリカ。
……その決断は、何だかお前らしい。
右手で自分の右頬の下に触れる。この中に……この奥に、確かなつながりがある。
俺はちょっと微笑むと、くるりと踵を返した。
早足で歩き……墓地を後にする。
――ピリッ……。
歯の奥のピアスから、僅かに電気が走ったような感覚。
「……ん?」
――タクヤさん。ゲームの依頼があります。お受けになりますか?
あの日以来、久しぶりの――テーヘンの声。
「ああ、いいよ。春休みで暇なんだ。何だったら毎日でもいいぞ」
――そんな訳にはいきません。脳や身体への負担も大きいんですから。
「なーんだ。さっさと『エクス』になりたいのにな」
――……焦らず、一つ一つの任務をしっかりこなしてください。まずはそれからです。
「りょーかい」
ちょっと笑うと、俺はもう一度墓地を振り返った。
なぁ、エリカ。
いつか……お前に追いつくからな。
≪ Fin ≫




