ゲームのお時間です
それはある夏休みの日に起こった。
週に1度の生徒会活動も無く、宿題は既に終わらせているので俺が結衣の膝枕でダラダラとポータブルゲーム機でギャルゲを攻略中のことだ。
インターホンの音がリビングにいる俺たちの耳に届くと、ソファーに腰掛けファッション誌を読んでいたあや姉が立ち上がり玄関へと向かう。
少しして戻ってくると、後ろには――
「やっほー☆ 奏お兄ちゃん! るみかさんですよ~!」
あや姉の背後からひょこっと顔を出して挨拶してきたるみかちゃんの姿があった。
「えっ!? なんで!? どうして!?」
事前連絡も無く突然やって来たるみかちゃんの登場に、俺は慌てて半身を起こした。そのことに膝枕をしてくれていた結衣が少し残念そうな表情を見せていた。
俺はそんな結衣へのフォローと膝枕の礼を兼ねて頭を撫でながらるみかちゃんへ視線を戻す。
「あははっ、奏お兄ちゃん驚きすぎだよ。遊びに来たんだけど迷惑だったかな?」
「いや、それは全然いいんだけど、いきなりだったからそりゃ驚くよるみかちゃん」
「いつまでも立ち話してないで座ってよ、るみかちゃん」
「あっ、はい。ありがとうございます、あやめさん」
るみかちゃんはあや姉に促されソファーへと腰を下ろした。リビングにあるソファーは2つ。それをテーブル周りにL字型で置いているわけなんだけど、1つを俺と結衣が、もう1つをあや姉とるみかちゃんが座っている図だ。
ちなみに凛はまだ自室で寝ている。
午前10時ではあるけど、さすがに寝過ぎじゃないか? 俺も一緒に寝に行こうかな? ……でゅへへっ。
「で、遊びにって言ってたけど何かしたいことでもある?」
俺は気の抜けた声を出しながら撫でられている結衣の頭を撫で続けながらるみかちゃんに質問した。
そういえば結衣シャンプー変えたのか? なんか甘い良い匂いがする。
俺は鼻腔をくすぐる結衣の香りを秘かに感じつつ返答を訊く。
「とりあえず来てみただけで、そこまで考えてなかったや。えへへっ」
るみかちゃんは照れ笑いしながら自身の頭を軽く掻いていた。
うん、可愛いです。まる。
と、そこへ、俺が鼻の下を伸ばしかけているとまたインターホンが鳴り響いた。
「また? 今度は誰だ?」
俺は「誰か呼んだ?」という風にみんなに視線を向けると、結衣もあや姉も、もちろんるみかちゃんも首を振りこれを否定した。
んー? 誰なんだ? うちは新聞とってないし、セールスや何かか?
俺は立ち上がり、腰にしがみつくように抱きついてきた結衣を引きずるような形で玄関へと向かった。
そして扉を開けると、
「…………」
俺は眼にしたことをまるでなかったかの様に無言で扉を閉める。
「待ちなさいよ」
けれどガシッと扉を掴まれそれを阻止されてしまった。
「……なんでお前がここにいるんだよ、西園寺」
「なんでとは何よ。せっかくこの私自ら来てあげているというのに、その態度と反応は無いんじゃないかしら?」
なんと2人目の来訪者はクラスメイトの西園寺愛莉であった。
西園寺は髪と同じ真っ黒なワンピース姿である。ちなみにるみかちゃんはTシャツとショートパンツという活動的な服装だ。るみかちゃんは結衣と服装の系統が似てるんだよなー。
「なんで西園寺が俺の家を知ってるんだよ。教えた覚えがないんだが?」
「それは……っ!? ……あなたの家を探していたら偶然朝比奈さんの姿を見つけたのよ……」
「え? なんだって? 声が小さくて聞こえないんだが」
「なんでもないわ」
「え?」
「なんでもないと言っているの、藤森くん」
「はい」
眼が怖ぇよ西園寺。
「それより、いつまで私をここにいさせるつもりかしら?」
「は? いつまでって、何しに来たか知らないのにとりあえず入れよなんて俺から言うわけないだろ」
「何しにって、あなたをいじめに来たに決まっているじゃない。当たり前なことを訊かないでくれるかしら」
「俺をいじめることを当たり前という西園寺の思考に驚きを隠せないのだが、はぁ~、わかったよ、入ってくれ」
「最初から素直にそう言えばいいのよ」
俺が半身を引きスペースを空けると、擦れ違うようにして中へと入る西園寺はそんなことを言ってきた。
素直にって……素直に俺と遊びたかったって言えばいいのはそっちだろうに。
俺は温かい目で西園寺を見つめた。
「……あの、悪いのだけれど、その気持ち悪い視線を私に向けるのを止めてくれないかしら。潰すわよ?」
座りながら靴を脱いでいる西園寺が脱ぎ終えたその手で目潰しの手つきを見せてきた。
「…………」
俺は無言で真顔に戻すと、背中に頬ずりしてずっと甘えてくる結衣を引きずりながら西園寺をリビングへと案内する。
「あれっ!? 西園寺さん!? 西園寺さんも遊びに来たの?」
「……わかってはいたけれど、こうしてあなたの顔を見るとイライラするのは何故かしら」
「ねえ! 今すっごく失礼なことを言われた気がするんですけど!? 気がするんですけど!?」
るみかちゃんはソファーから腰を浮かしかけながら叫んだ。
「失礼なこと? それはきっと気のせいよ。いいからあなたは黙ってそこで静かにしていなさい」
「それも失礼なことだよね!? ――ねぇ!? そうだよねっ、奏お兄ちゃんもそう思うよね!?」
「るみかちゃん、これは西園寺の照れ隠しというやつだ。気にしない方がいいぞ?」
「あっれー!? まさか奏お兄ちゃんが味方してくれないとは思わなかったよ」
「いやいや、西園寺の味方というわけでもないぞるみかちゃん。ただここで西園寺を敵にまわすと俺の命の危機なだけだ」
「ごめん、なんかるみかより辛い状況だったんだね……」
俺の一言で瞬時に状況を理解してくれたるみかちゃんは、自身に掛けられていた言葉が無かったかのように怒気が消え失せていた。
俺の状況。それは手を伸ばせば西園寺の構えている手刀が首に炸裂する距離という立ち位置のため、下手に片側の援護につくことが出来ないのだ。
胸を支える様に腕組みをしている西園寺だが、手先が俺へと向いている手が手刀の形をなぜかしているのだ。先程の目潰しのこともあり、俺はリビングに戻ってからずっと危機感を抱いていたのだ。抱きつく結衣という重りもあり回避行動は難しいしな。
とりあえずるみかちゃんが引いたことにより、西園寺との言い争いも終わりソファーへと座りなおす一同。
俺は元居た位置に座り、当然結衣も隣に座るわけなんだけど、
「なんで西園寺までここに座るんだよ。狭いんだけど」
そして胸が当たってて気持ちいいんですけどありがとうございますご褒美タイムですねそうですね。
「二人掛け用のソファーなのだから、3人で座れば狭くなるのは当たり前じゃない」
「それはそうなんだけど、だったらあっちのソファーに座ればいいだろ? 男の俺が座ってるこっちより、あや姉とるみかちゃんの女子2人の方が幅がなくていくらかマシだと思うんだけど」
「嫌よ。無理言わないで頂戴。それとも藤森くんは私に死ねと言っているのかしら?」
「なんでるみかちゃんの隣に座ることが死ねと同義語になってるんだよ!?」
「それは触れ合うなら死んだ方がマシだからよ」
「俺ならいいのかよ?」
「それは……っ!?」
俺が何気なく訊いた一言に、西園寺は驚いたあと少々頬を赤くしながら俺を睨んできた。
「くッ……意外と鬼畜なのね藤森くんは」
「なぜにそうなる!?」
はぁ~……なんか今日は嫌な予感がびんびんにするなー。
俺は内心で深いため息を吐いた。