七.真夜中の城門─醜─
今回はいつもより流血表現が多量に含まれていますので、苦手な方はご注意を…
その光景は、異様だった。
金箔をいたるところにあしらった、小さいながらも荘厳な部屋。普段は輝きを放っているであろうそれがやけにくすんで感じられるのは、天井や壁にへばりつく赤黒く変色した血糊のせい。
その畳の真ん中に、それはあった。
重々しい甲冑を身に纏い、うつ伏せの状態で倒れていた。生死を確認するまでもなく、それは誰が見ても明らかな死体であった。そう、“誰が見ても明らかな”。何故ならその死体には、
「──首が、無い」
「どうして──」
二人はそれぞれ顔をしかめた。
「どうして──」
もう一度、朔乃は泣きそうな顔をして苦く呟いた。
「椿、僕たちの椿が──本当に」
己の幼なじみが、男の首を片手に血まみれで歩いて行く姿を想像して、朔乃は頭を抱えてその場に座り込んだ。
「弥栄葉ぁ、椿は──違うよな、椿は──」
「──あァァァァァァァァァァッ」
朔乃の言葉に耐えきれず、弥栄葉は絶叫した。ひとしきり叫び終えると、彼はその場にへたりと座り込んだ。
「帰ろう、弥栄葉」
朔乃の弱々しい呼びかけに、弥栄葉は力無く頷いた。
※※※
──何だこの様は
娘──椿は胸中でそう独白して、失笑した。
首を持ってこいと言うから、持ってきた。それなのにこの扱い。自分に対する冒涜のつもりなのだろうか、と。
昨夜、城を一つ落とした。
斬って、
斬って、
斬って。
殺して、
殺して、
殺して。
彼女はあの時確かに、人を刈る修羅であった。血に飢えた、戦場に狂う修羅。
血にまみれたその姿、人を刈ったその足で、約束の首を持ち、己の束の間の主の待つ城へ戻った。
主、忠友の前に首を放り投げてやった。ごとりと転がる首を見て、忠友は下品な薄笑いを浮かべた。
『報酬は』
椿が言うと同時に、武装した男たちが現れ、私の首に、喉元に、刀の切っ先を向けた。そうして今に至る。
「もう一度言う。報酬は」
椿は嘆息しながら問うた。
「この仕打ちが報酬とでも言うつもりか」
「左様。永遠の休息、これに勝る物はなかろうて」
「下らん」
椿は嘲笑した。
「どうせならもう少し気の利いた物を用意しろ。下らなすぎて、吐き気がする」
忠友の顔が、一瞬ひきつる。
「紅の姫ともあろう者が喉元に切っ先を突きつけられて何を言う」
冷静に状況を分析する。敵は五人。内二人は椿の喉元に切っ先を向けている。後方には歩幅一歩程の距離に襖。残り三人は後方を除いて、三方を囲っている。今見えるのは五人だが、おそらく襖の裏にも少なくとも一人は控えていると考えて良いだろう。
──行ける
「甘く、見られたものだな」
椿は、左腰の刀と、懐の小太刀を同時に引き抜いた。
素早く後方に体を引きながら抜いた右手の刀で二つの切っ先を上に払い、逆手に持った左の小太刀を背後の襖へ突き立てる。襖の裏、何かに刺さった感触。切っ先を向けていた二人の男が更に一歩踏み込み、上に払われた刀をそのまま振り下ろしてくる。
──遅い
引き抜いた左手の小太刀を染めるは、鮮やかな朱。素早く右へ体を捌き右側の男の首筋に右手の刀を滑らせる。右側の男がその場に力なく崩れ落ちる。そうして小太刀でもう一人の男の刀を受けつつ、周りを囲んでいた三人の内一人が切りつけてくるのを、先ほど男を斬った刀を振り下ろした下段の状態から刃の向きを変えてそのまま斜め上へと振り上げ、男の胴体へと滑らせる。
次に小太刀で受けていた刀を払い、先ほどと同じように右に体を捌き、刃を振り下ろす。
一瞬だった。瞬きをする間さえ有っただろうか。
後の二人を、椿は鮮血を浴びた修羅の顔で見据えた。二人は動くことを躊躇しているようだった。
「何もしなければ、殺しはしない」
子供に言い聞かせるようにゆっくり、力強く言うと、二人の男はひどく緩慢な動作で刀を下ろした。
刀を下ろすのを確認すると、椿は顔の強ばった忠友をひたと見据えた。
粘着質な鉄の匂いが、つんと鼻を突く。
「報酬を、よこせ」
──己が、酷く惨めに感じた。