六.真夜中の城門─寂─
東の空に、太陽が顔をのぞかせる。その光と微細な空気中の水滴の織りなす靄で、その小高い丘はまるで大海にぽつりと頼りなげに浮かぶ孤島のような体を成していた。孤島の上には要塞のような城が厳然と腰を据えている。その様はどこか異様で、見る者を不安にさせた。
「……生臭い」
城を見上げる二つの影の内片方──弥栄葉は呟いた。
「あぁ」
ともう一つの影──朔乃は静かに応じる。
「血生臭い」
弥栄葉は顔をしかめてその臭いを辿るように、城に向かって足を踏み出した。
「行こう、朔乃──」
※※※
門前には、二人の門守と思しき男が憔悴しきったように門に背を預けて座り込んでいた。
「何があった」
弥栄葉は若い兵の顔を覗き込んだ。
「緋色……」
「緋色──」
朔乃は、はっと小さく息を飲む。弥栄葉は堅い顔でそんな朔乃の顔を見る。
「女か」
弥栄葉がそう問いかけると、隣に座り込んでいた中年の兵が大きく頷いた。
「姫だ。紅の……姫」
「椿――」
朔乃が悲痛な顔で女の、己の幼なじみの名を呟いた。
「弥栄葉…椿は、椿は――」
弥栄葉は大きく頷いた。
「──ここに、居た」
二人は一度、目の前にそびえる城門を見上げてから、その中へと足を踏み入れた。
※※※
酷い臭気がした。朝靄とともに辺りに立ち上るそれは、単純に血の臭いとは形容できないような……
──死臭
そう言った方が適当だろう。それは正に紛う事なき“死”の臭い。
辺りには足下を埋め尽くすかのような、かつて“ヒトであった物たち”の山。そして、染め上げられた地面の紅──
中に入って数歩歩いた所で、朔乃は耐えきれず吐瀉した。
「朔乃、無理をするな。外で待っていろ」
朔乃は肩で息をしながら苦痛に歪む顔で弥栄葉に笑みを返す。
「大丈夫、俺は」
そうか、とだけ呟いて弥栄葉は小さく息をつく。
風に乗って、どこからかすすり泣きが聞こえる。
「誰か居るのか」
呟いて、弥栄葉は朔乃を支えながら、声のする方へと歩を進める。
泣き声は、城門を入ってすぐ左脇にある物置小屋から漏れているようだった。
がらりと戸を開け放つと、中で無数の影が蠢くのと共に、異様な熱気が溢れてきた。
「誰だ」
弥栄葉がそう問うと、中で影たちが小さく息をのむのがわかった。よく目を凝らしてみると、影は女子供、老人であることが見て取れた。大して大きくもない小屋に、一部の隙間もないほどに人間が押し込まれている。
「――助けて、殺さないで。お願い――」
そんな声がポツリ、ポツリと中から聞こえ始め、それも最後には啜り泣きにかわった。
「大丈夫だ。僕たちは敵ではない。落ち着いて。ここで、何があったのです」
朔乃が赤子をなだめるように声を掛ける。弥栄葉は隣で口をつぐむ。こういう役は、性格もそうだが、見た目にも優男な朔乃の方が適当なのを、弥栄葉は知っている。
ややあって、老人の一人が一語一語、紡ぎ出すように細々と語り出した。
「我が城が主、高宮龍巳様は、長い間隣国の河野と、己が領土を飲むか飲まれるかの争いを続けておいでであった。しかし最近では、我が軍は長年の戦いに疲弊し、兵の数も、数年前に比べれば激減してしまった。
元々、国力など有ってないような小国。龍巳様御自身も、戦いに疲れておられたようだった。しかし龍巳様は戦いをやめるわけにはいかなんだ。領土を簡単に空け渡してしまえば己の矜持がなくなる。そして龍巳様は何より、我々のことを心配しておいでだった。河野は重税で悪名高い悪党、隣国の民は疲弊していると言う。だからだ。奴が抜け目のない悪党であることは長年の戦いで嫌と言うほど分かっているからこそ、龍巳様は和解などという都合の良すぎる話を警戒なさったのだ。そしてその話を携えて来たのは、あの紅の姫であった――」
二人は小さく息をのんだ。
「紅のは、龍巳様が和解に応じないと知るやいなや、城内に飛び込み――儂らは、龍巳様の命で早々にここに避難していたので無事であったが。龍巳様は、我が殿は無事であるのか。我が君主はいずこや」
「朔乃、行こう」
狂ったように君主の名を呼び続ける老人を背にして、二人は城の更に奥へと歩を進めた。




