表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/24

十七.廻る、廻る─始─

 久々の仕事だ。腕は鈍っていないと思うし、体調も悪くはない。気が進まなくて、滅入るのもいつものこと。かつて、怯えた子供に言われたことのある“バケモノ”の称号が、仕事の前には必ず頭をよぎる。すべて、いつも通り。

 ならば、この胸につっかえる不快感は何だと言うのか。言いようのない、この不快な感覚。

 今日の獲物である小さな武家屋敷を、夕方の薄闇に紛れて遠目に見ながら、漠然と考える。まるで、この感覚は──

「──ッ」

 椿は思わず顔をしかめて舌打ちをした。この感覚、神夜を失ったあの日と同じ感覚──

「くそっ」

 短く吐き捨てるように言うと、何だか無性に腹が立って、懐の小太刀を引き抜いて地面に突き立てた。

 軽い苛立ちを静めるために、深く呼吸をする。

 仕事に感情は命取りだ。面をかぶるように己の感情を隠せ、敵に隙を気取られるな、俺達は戦場の神の傀儡だ、己の直感だけを信じろ、決して視覚に惑わされるな──

 神夜の教えを反芻すると、かつての己の甘さが招いた最愛の人の死が脳裏に浮かんだ。忘れてはいけない。戦場での感情は命取りだ。心に刻む。

 今回の仕事は、あの屋敷内の男を全て消すこと。全て、と言うところに身の危険を感じないわけではない。男相手の仕事では、やはり体格的にも不利になりやすいのだ。いつも以上に神経を研ぎ澄ましていなければならない分、体力の消耗も激しい。如何に短い時間で確実に終わらせるか、これが今回の仕事の鍵だった。

 ふと自らの衣を見下ろすと、鮮やかな朱色が見えた。その毒々しいほどに美しい色を見て、彼女は失笑した。

 元々、こんな色の衣など着ていなかった。そもそも、こんなにも派手な色は命取りだ。しかし、戦場で場数を踏むにつれて、かつて着ていた麻の衣はより紅に染まっていった。気がつけば、いつからか“紅の姫”と呼ばれるようになっていた。真っ赤な鮮血で己の衣を染め上げてゆくことから付いた異名。それからだ、神夜に無理を言って紅色の着物を買ってもらったのは。

 嗚呼、今日はやけに神夜のことを思い出すなァと独りごちる。これが終わったら、また彼に会いに行こうと自分に言い聞かせるように、軽く頷いた。

 日が、暮れる、暮れる。

 辺りはもう闇に浸食され始めていた。門前の篝火がちろちろとはぜる音だけが、静寂なその空間を満たしている。

 ──そろそろ、動くか

 不快な感覚を払拭しきれないまま、椿は静かに立ち上がった。

 瞬間、辺りを風が駆ける。ざわりと草木の擦れ合う音がして、雲の隙間から月影が覗く。

 月が、妖しく微笑んでいるような気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ