一. 紅い影
「誰も──」
宵闇の中、小高い丘に立ち尽くしている若い男が二人、その内の片方、色黒の男が呟く。それにもう片方、肌の白い男は頷いて応じる。
そこには誰も居なかった。静寂という名の闇が“村であった場所”を包んでいた。ほんの半刻前まで確かに“村”であった、その場所を。
そこは紅の舞台。吹き抜ける風は強かな鉄の香り。この場所で起こった惨劇を知る物言わぬ証人達は、折り重なるようにしてその舞台の上に伏していた。
「あいつが、あいつが殺ったのか──」
固い声で色黒の男が呟くと、色白の男は、あぁとだけ呟く。
「椿が──本当にあいつなのか。朔乃」
朔乃と呼ばれた色白の男は、苦悶の表情で頷いた。
「殺られた村人の傷は全て刀傷だった。しかもどれも一太刀で致命傷を負わせている。そして全ては宵の口から月が昇るまでの短時間で行われている。こんな芸当、あいつにしか無理だ。そうだろう、弥栄葉」
確かに、と口の中で呟いて色黒の男、弥栄葉は苦く笑った。
「通り名のとおりだな」
「通り名」
朔乃が怪訝な顔をして聞き返す。
「お前知らねぇのか。紅の姫、あいつの通り名だ」
「紅の、姫」
「朔乃、村の地面をよく見てみな」
朔乃は月明かりの中、目を凝らして村の地面を観察する。
「――ッ」
朔乃は言葉を失った。その土は、月明かりの中遠目で見ても赤黒い色をしていることがわかる。赤が土に染み着いている、そのようにしか見えない。
「長い黒髪、膝丈までの紅い艶やかな着物に足軽のような鎧姿。それに加え、あいつが殺った場所は必ずこうなるそうだ。紅い色はその後一年は消えない、とも言われている──そう言うことだ」
絶句する朔乃を見て、弥栄葉は乾いた笑いを漏らした。
「信じられねぇよな、椿がやったことだなんて。虫も殺せなかったような女なんだぜ」
「帰ろう」
朔乃はくるりと村に背を向けた。
「どうした、朔乃」
「見てられない。もう、苦しい」
朔乃の背中が微かに震える。
「でも朔乃、椿への手がかりはまだ何も――ッ」
弥栄葉は朔乃の震える肩を掴み、その手に少し力を込める。
「朔──」
「ちらつくんだ」
「え」
弥栄葉の、朔乃の肩を掴む力が緩んだ。
「あいつの、椿の顔が。あの日の、椿の顔が──目の前にちらついて、しょうがないんだ」
言った声はかすれていた。朔乃の華奢な身体が、更に小さくなったように見えた。
朔乃の様子に、弥栄葉は苦い顔をして一言、帰ると呟いた。
二人の男は、廃村に背を向け、闇の中へと消えていった。
──あの日、まだ幼かったあの日、三人の幼なじみの運命は先の見えない濃い闇の中に吸い込まれていった
戦国の世、荒れる世風の中での出来事だった。