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13-2:Litght Night


《海岸の戦場》


 明里が死んだ。

 ルイが殺された。

 マロードが潰えた。

 それでも戦いは終わらない。

 そこに生てきた者がいる限り、戦いは続いていく。


 風が光に迫る。

 この世界でもっとも大切な者を殺されたマリオネット、いや、カザミスは心

を復讐の一色に染め上げていく。

 ティア・ライトがルイを殺した銀糸を引き抜くよりも早く、忌まわしき銀糸

を風で切り裂き、ティア・ウィンドは冷たい人形と化したルイを抱きしめる。

 だが、あの日、彼女がこの世に生を受けたときの温かさはもう、無い。


「キミが、神野鳴恵なんだね」


 ルイを抱きしめたまま、敵に背中を向けたまま、その瞳に涙を溜めたまま、

ティア・ウィンドは呟く。


「ああ、オレが神野鳴恵だ。こうやって話すのは初めてだな、カザミス」


 ティア・ウィンドは見るからに無防備だった。

 このまま彼女の背中にホワイト・ファイ・ウェーブを放てば、彼女を殺すこ

ともまた可能なのかもしれない。

 しかし、鳴恵は動けなかった。

 一つは、彼女の強さを知っているから、そして、もう一つは鳴恵が彼女の大

切な人を殺してしまったから。


「ルイ……、守れなくて…ごめん」


 震えるカザミスの背中をだまって見守りながら、鳴恵は覚悟を決める。

 ルイを殺してしまった自分が背負う業と、ルイを殺されてしまったカザミス

が背負う悲しみ。

 その二つが消えることはない。

 だが、それでも、鳴恵とカザミスは生きていく。

 それはまだ戦いが終わっていないことを表している。


「神野鳴恵。輝き一撃、ティア・ライト」


 ゆっくりと立ち上がる。

 たったそれだけの行為なのに、強き一陣の内なる心から放たれる殺気に輝き

一撃の心が飛ばされそうになる。


「私は、キミを許さないよ」


 その腕にある風のティア・ブレスが激しく鳴動している。

 吹き荒れる暴風のごときその鳴動が表すのは、絶望なのか、憎悪なのか。


「ルイの仇は、私が必ず取るから」


 鳴恵に対する死刑宣告を残し、ティア・ウィンドは死した人形遣いを優しく

寝かしつけた。

 砂を、海を、巻き上げながら吹き荒れる固く塩辛い風は誰の心を代弁したも

のだろうか。 光と風、二つの譲れない思いが今、ぶつかり合う。


___________________________________

《絶望に突き落とされて》


 悪夢から覚めてからこそが本当の悪夢の始まりだった。

 自らが犯した過ちをすべて覚えている。

 いっそマリオネットであった時の記憶など全て忘れてしまって入ればどれだ

け楽だったのだろうか。

 時は常に未来へと進む物。

 過去を変える術は誰も持っていないから、過ちを修正することなんて誰にも

出来ない。

 友を何度も傷つけた。

 友の苦痛の表情を見て、歓喜した自分がいた。


「うそ」


 頭を抱え、否定するが、これが現実であることは彼女がよく知っている。

 友は白銀の衣を纏い戦っている。

 友の仲間も水色の衣を纏い戦地に立っている。


 自分はどうだろうか?


 美咲は視線を下げてみる。

 そこには桜色の衣を身に纏った自分がいた。

 儚き一輪、ティア・フラワー。

 マリオネットではなくなったが、彼女は今だ戦士ではあった。


「戦わなくちゃ。私も、鳴恵さんと一緒に」


 犯した罪は消せない。

 ならば、せめてその償いだけは………。


「いや」


 でも、体は動かなかった。

 痙攣したかのように小刻みに震えるだけで、指先一つ動かせない。

 マリオネットであるときは、戦いに恐怖など感じなかった。

 だが、人形を操る糸が切れた時、彼女に蓄積していた恐怖はあふれ出したの

だ。 

 今までとは比べものにならない程、強く風が吹き荒れる。

 砂と波が舞い、白銀の衣を着た親友が風に飲み込まれ、海上へと投げ飛ばさ

れる。


「っひ」


 ティア・フラワーは引きつった悲鳴を上げる。

 怖く、怖く、怖い。

 一歩でも動けば、それだけで命を落としてしまうのではないかと心が怯えて

いる。

 体が言うことを聞かない。

 普段、無意識のうちに出来ていることさえもままならない。

 

 息が詰まる。

 血液が上手く流れない。

 体の至る所から力が抜けていく。


「っは、っあぁぁぁ、っは、っはぁ、っあ」


 体が酸素を求めているのに、空気を吸う事さえ、今の美咲には出来なかっ

た。

 人が恐怖で死ぬとは、こういう事なのだろう。

 朦朧とした意識の中、浮かび上がってくる思い出は、鳴恵との楽しい思い出

ではなく、何故か、水代晴菜の勝ち誇った笑みだった。


 そして、右の頬に走る激痛。


 暗転した視界に再び光が宿ってくると、そこに見えたのはまたしても勝ち誇

った笑みを浮かべる水代晴菜―ティア・アクア―だった。

 彼女の右手はきつく握りしめられていて、アレがきっとこの激痛の原因だろ

う。


「三菱美咲、借りは返したわよ」


 再び暗転する世界。

 しかし、今の一撃で美咲の心から恐怖が消えていた。

 意識を失い、かつ、死への追いやるほどの恐怖を痛みで忘れさせる拳。

 その一撃に、込めた晴菜の想いは果たして、どれだけ重かったのだろうか?


___________________________________

《憧れを胸に抱いた海岸》


 早々と意識を失い砂浜に倒れ込んだ美咲を見て、ティア・アクアは小さくた

め息を吐いた。

 後、一発腹にボディーブローぐらいは喰らえてやろうかと思っていたのに、

この星の住民は本当にヤワだと再確認した。


「その人、鳴恵ちゃんの友達だから、殴り殺したりとかはしないでください

よ」


 その声が誰のものか、晴菜は一瞬分からなかった。

 無理もない。

 彼女と話をしたのは僅か一日だけなのだ。

 その後、カザミスに負け、反逆者に囚われ、マリオネットになり、解放さ

れ、今に至る。

 彼女と共に過ごした時間は短い。

 その絆の薄さが今の晴菜にはほろ苦く感じられた。

 雷のティア・ブレスを失ってもなお、戦い続けた鳴恵。

 力を無くしても戦えた理由の一つ、それは彼女の『憧れ』もまた力無き者だ

ったからだろう。


「大丈夫。彼女はティア・ブレスの力を使っていたから、心おきなく、全身全

霊をかけて、全ての恨みを込めて、殴りつけることが出来る」

「いや、ですから、手加減を………って、もう過ぎた事だから深くは言いませ

んわ」


 そう言って小夜子はティア・アクアの横を通り抜け、美咲の前でかがみ込ん

だ。


「美咲さんは、私に任せて。あなたは鳴恵ちゃんと、カザミスさんの所に行っ

て下さい」


 鳴恵は小夜子には小夜子の強さがあると言っていた。

 それを知りたいと晴菜は切に思う。

 それはきっと、力を失ってもなお鳴恵がここに戻ってきた理由だから。

 彼女の強さを知っていたら、もしかしたら、晴菜も絶望しなかったのかもし

れない。


「神野小夜子。あなたは誰かに憧れた事はあるのか?」


 気がついたときには、疑問が口から飛び出していた。


「もちろん、ありますよ。彼女に憧れたからこそ、今の私はあると思ってま

す」


 小夜子は晴菜の方を振り向くことなく、ただただ、優しく答える。


「それは、どんな人だったんだ?」


 鳴恵の憧れが、憧れた存在。その人は一体、どんな強さを持っていたのだろ

うか。


「月島 紅。私の親友であり、戦友であり、憧れでもある人です。彼女は、剣

術の達人で晴菜ちゃんでも勝てないぐらい強くて、格好良くて、それでいてど

んな逆境でも朗らかな笑顔を絶やすことのない人。欠点も沢山ありますが、で

も、私は紅の強さに、嫉妬にも似た憧れを抱いていた時がありますよ」


 どんな運命なのか、小夜子は人よりも数多くの事件に巻き込まれてきた。

 その度に力無き彼女はいつも守られる側にしか立てなかった。

 剣術の達人で、魔法の素質にも恵まれていた紅にいつも守られっぱなしの自

分が嫌で嫌で、もう守らないでと思った日もある。


「あなたも、純粋な強さに憧れたの………?」


 晴菜がカザミスの力に憧れたように、小夜子は紅の力に憧れていた。その事

実は晴菜にとってあまりにも衝撃過ぎた。

 小夜子は力という概念からもっとも遠い存在であると思っていたのに。


「不思議でしょう。今の私は、こんなにも無力なのに。力が欲しいと憧れてい

たなんて」


 小夜子に見られている訳でもないのに、晴菜は思わず首を縦に振ってしま

う。


「私はずっと紅を見てきました。だから、彼女があの力を手に入れるまでにど

れほどの苦労を重ねてきたのかも知ってますし、どれだけがんばっても彼女に

は追いつけないって分かってました。

 私って、見ての通り、運動神経鈍いですし、紅と違って魔法の才能は微塵も

ありませんでしたからね」

「じゃあ、何もせずに、ただ憧れていただけなの?」


 小夜子は首を横に振る。


「私は紅に憧れた。彼女の力になりたいと思った。そして、私は決めたの。私

は、けして力を持たないと。力を持ったところで私は紅に追い付くことは出来

ない。それどころか、逆に足を引っ張ってしまうかもしれない。

 だから、私は力を持たないことにした。

 力を持たず、力無き者として、紅が見えない世界を見て、紅が感じない世界

を感じて、力があるが故に彼女が出来ないことを、私がする。

 力を持って、紅に追いつけないのなら、私は、力を持たず、紅に追い付く道

を選んだ。そう言うことです」


 鳴恵が憧れる訳が何となく分かった。

 彼女は強い。

 今なら、晴菜もそう断言できる。

 戦ったら晴菜は小夜子負けることはないだろう。

 だが、彼女を追い越せは出来ないと確信できる。


 カザミスの強さに憧れていた晴菜。

 彼女は強き一陣。

 力だけではない心も、技もすべてにおいて頂点に立つから風のティア・ブレ

スに選ばれている。

 単純に力だけを追い求めていた晴菜には絶対に乗り越えることは出来ない。

 晴菜に必要なのは、力だけではない。

 それ以外にも必要な物はある。

 小夜子はちゃんとそれが見えている。

 晴菜にはまだ漠然としか見えていない。

 でも、例え蜃気楼のごとき儚さでも、そこある事は分かった。


「小夜子。ありがとう」


 晴菜は頭を垂れ、進み出した。

 晴菜を救い出してくれ、晴菜を気安く呼び、晴菜を必要としてくれている彼

女の元へ。

 彼女が出来ず、自分が出来ることをするために、気高き一滴は前に進む。


___________________________________

《もう二度と喋ることのない戦友と》

 

 気高き一滴が戦場へと戻っていく。

 小夜子は空を見た。

 夕日が落ち、世界は闇色に染まっている。

 しかし、世界が『闇』に喰われることはもうない。


「綺麗な夜空ですよ」


 今、ここでこうして美しい夜空を見ていることが出来るのは彼女が、その二

つ名、輝き一閃にけっして恥じることのない心を持っていたからだ。

 九曜明里の死して諦めない心が、この世界を闇から救ってくれた。

 世界中の人々は今宵も何も知らず眠りにつき、明日がやってくることに何の

疑いも抱かないだろう。

 その明日は、一人の戦士が命を落とすことによって守られた世界であるとも

知らずに。


「本当に、綺麗です」


 自分の成果を誰かに知って欲しいなど明里は思っていないだろう。

 闇のティア・ブレスの誕生を阻止できた。それだけで彼女は本望だろうか

ら。

 それに、小夜子は知っている。

 この世界を守っているのはティア・ブレスの戦士だけではないのだ。

 彼女の知っている者や、知らない者。

 この世界に戦いは一つではない。何処かで誰かが、人知れずに戦っているの

だ。

 だから、平和な明後日は、小夜子の知らない誰かの犠牲の上に成り立つのか

もしれない。


「明里さん」


 明里は悲劇の英雄ではない。

 そんな奴ら、この世界に万と存在しているのだ。

 生きる者は皆死ぬ。

 その日が、今日だっただけの事だ。

 だから、この言葉には特別な意味はない。


「安らかに」


 込められているのは、小夜子の純粋な願いだけ。ただ、それだけだ。



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