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11-2:The Third Marionette Part2



《死者の転がる南極》


 氷の世界に横たていたのは、二つの死体だった。

 かつて反逆者と呼ばれたその亡骸を見て、明里は深くため息をついた。

 もう、時間は殆ど残されていない。

 この星が『闇』に飲み込まれるその時は刻一刻と近づいてきていた。


「マロードがついに、動き出した」


 氷の大地に膝をつく、銀色の戦士。

 この星の人間は死者の瞳が開いていたら、生者がそっと瞳を閉じてあげる風

習があるらしいが、残念な事にこの横たわる死体からは、瞳がえぐり取られて

いる。


「止めないと。何としても、今度こそ、マロードを止めないと」


 過去、自分が生まれ育った星が消滅した瞬間を思い出す。

 あの時に感じた思いは、虚無や絶望なんて生やさしい言葉では表現できな

い。

 心の奥にブラックホールを飼い続けていたら、いつかはあんな思いになるの

かもしれない。


 ティア・ライトは拳を握りしめ、立ち上がる。

 これが彼女にとって最後の戦いになる。

 いや、最後の戦いにしてみせる。ここで全てを終わらせる。

 マロードを殺して。


「相変わらず、甘いわね。何故、あなたは消えゆく物に感傷的になれるのかし

ら? 私には理解できないわ。 命、思い出、幸福、そんな儚くそれ故に尊い

物を、この手で握りつぶした瞬間が至福だというのに」


 氷の世界にもう一人、銀髪の女性が現れた。

 かつては皺一つ無く彼女の凛とした性格を現しているようだったスーツは、

ラフな格好に着崩されていた。


「相変わらず、貴様は狂っているな」

「私だけ狂っているのではない。皆が狂っているのよ」

「そうだね。一番長くあなたの近くにいたのに、あなたを見抜けなかった、私

は狂っていた」


 ティア・ライトは立ち上がり、自嘲的に笑った。


「その通り。皆、狂ったピエロなのよ。あなたにしろ、ロッグにしろ、ルイに

しろ、みんながそう。私に踊らされ、笑われているとも知らず、さも自分の選

んだ道であるかのように愚かに踊り続け、この私に全てを捧げる惨めな曲芸の

ピエロなのよ」


 マロードは立ち止まり、自尊の笑みを浮かべる。


「でも、今の私は知っている。貴様の狂気と、私の過ちの両方を」

「だから、あなたはまだ生きている。またこの私に利用されるために」


 そして、二人の間を強き一陣の風が吹き抜けた。


___________________________________

《神野家 リビング》


「ごちそうさまでした」


 両手を合わせ、綺麗に平らげた食器達に向かい鳴恵は告げる。

 この五日間、何も食べていなかったためか、今日のホットケーキは今まで食

べた中で一番美味しく感じられた。

 この絶望的な状況が一段落したら、ハルにも絶対に食べさせてやりたいと心

から思う。


「はい、お粗末様でした」


 エプロン姿の小夜子が洗い場より出てきて、所々蜂蜜が残っているお皿を下

げ、その代わりに食後のレモンティーを娘の前に差し出す。


「ありがとう、ママ」


 そう言うと、傍らに置いてあったノートパソコンに目を落とした。

 そのモニターが映し出しているのは、鳴恵が絶望で塞ぎ込んでいた五日間の

間に小夜子が集めてくれていた反逆者に関する数々の情報だった。


(やっぱ、ママって凄いよな。こんなママとあんなに強い紅おばさんが手を組

んで戦うのだから、オレ達なんてまだまだだよな)


 再び取り戻した憧れの元、鳴恵は次の手を考える。

 美咲の強襲により、雷のティア・ブレスを失った鳴恵は、とりあえずこの五

日間の疲れを無くすために寝た。

 そして、起きると今度はいつでも戦えるように食事を取った。

 体はもう万全だ。

 では、力を失った鳴恵が次にしなければならないことは一体何なのか?

 彼女は探す。

 絆を信じて、再び戦い抜くために。


「南極か……」


 小夜子が集めた情報の中でもっとも重要な要素を読み上げる。

 反逆者が二人、南極に降り立ち何かをたくらんでいる。

 これは今から12時間前の衛星写真が示している情報であるため、もしかし

たら二人はもう南極には居ないのかもしれない。


「ねえ、ママ。今の南極の写真って見れる?」

「今は無理よ、鳴恵ちゃん。向こうにも色々と仕事があるから、今度南極の写

真を取れるのは後二時間後と言っていたわ」


 食器を洗い終えた小夜子が、エプロンで手を拭きながらリビングへと戻って

きた。


「向こうって何処?」

「アラスカの軍事施設よ。大学時代に………ほら、私が帰ってきたときに言っ

たでしょう、私は前にアラスカで別の宇宙人にあったことがあるって、その時

に色々とお世話になったことがあるからその繋がりでね、無理を聞いてもらっ

ているの」

「その『絆』がママの力であり、強さでもあるんだよな」

「うん? 鳴恵ちゃん、今何って言ったの?」

「べ~つに、何でもないよ、ママ。さっ、南極か、遠いよな。実際に行くわけ

には、いかないし。少なくとも二時間は待つしかないのかな?」

「そうでもないわよ。少なくとも、南極に、晴菜ちゃんや美咲さんはいない

わ」


 そう言うと、小夜子はノートパソコンを引き寄せ、新たなる情報の収集に専

念し始めた。

 どんな僅かな情報でも良い。

 力がない者は、力がない者なりにしなければならないことがあるから、己が

出来ることを精一杯して、この戦いを娘へと繋げるのだ。


「なあ、ママ。オレ、ティア・ブレスを手に入れてさ、ちょっと天狗になって

いたのかな」


 キーをタッチする手を止めることなく、又モニターからも目を離すことはな

かったが、小夜子はちゃんと娘の話を聞いていた。


「力を得れば、誰だって天狗になりますよ。昨日までとは違う自分になれた

ら、それは嬉しいことだと私も思うし、正直、私は紅さんみたいに戦う力がな

い自分に悩んだこともあるわよ」

「だよね。オレもさ、今思い返してみると、自分が物語の主人公になっていた

みたいに感じていた。

 でも、ティア・ブレスを無くして分かったんだ。オレは主人公なんかじゃな

かった。

 オレが居なくても、みんなは戦い、ティア・ブレスと反逆者の物語はオレを

途中下車させても、まだこうして続いている」

 

 鳴恵は、黄金の宝玉を無くした左腕を右手で握りしめた。

 確かに、そこにはもう力はない。

 だが、まだ残っている温かいモノがあるから、鳴恵は戦える。


「ストーリーは一人じゃ紡げません。格好良い主人公がいて、可愛いヒロイン

がいて、個性的な脇役がいて、憎たらしい敵がいなければ物語は紡げません。

 だから………、その先は、鳴恵ちゃん、分かっているんでしょう?」


 モニターから目を外し、母は娘に優しく微笑む。


「うん。主人公は力があるから主人公じゃない。どんな繋がりであり、『絆』

があるから主人公なんだ」


 神野鳴恵の戦いはまだ、終わらない。

 例え、今は戦いから省かれていたとしても、この左腕に宿る絆が繋がってい

る限り、いつかまた絆が鳴恵を引き寄せ、戦場へと連れ戻す。


___________________________________

《反逆者達の宇宙船 監禁室》


 花の爆流を、水の清流が見事に打ち消した。

 晴菜が宣言した通り、ティア・アクアとティア・フラワーとの間には歴然と

した戦力差が存在していた。

 カザミスに憧れ、幾多の戦場を駆け抜けてきた戦士と平和な生活に慣れ親し

んでいた少女とでは役者が違いすぎている。


「どうしたのですか、ティア・フラワー。弱いとは覚悟していましたが、まさ

かこれほどだとは。弱くて、弱くて、潰し甲斐がありませんわ」

「だまれっ!」


 迫り来る水の矢に対して桜の花びらで応戦するが、水で湿った花びらにはか

つての鋭利さが抜き取られていた。

 力無く地面へとはいつくばる桜の花びらの姿はまるで、未来のティア・フラ

ワーを映し出しているかのように見える。

 その現実を否定するかのように、ティア・フラワーは首を横に振った。

 が、戦いに長けたティア・アクアがその隙を見逃すはずもなく、動きの止ま

ったティア・フラワーは体の良い標的として計7発の水の矢を全身で喰らうこ

とになった。

 惨めに地面を転がったティア・フラワーは、自分の無力さに怒り吼える。


「何故、私は確かに、力を手に入れたはず。あなたと同じ、ティア・ブレスと

いうこの力を。なのに何故、私はあたなに勝てない!」


 ティア・フラワーの眉間に、ティア・アクアの伸ばした人差し指と中指が狙

いを付ける。


「本当、あなたはあの学校とか言う、反吐が出るほど平和な場所で暮らしてい

たのですわね。敵であるわたくしがあなたに何故わざわざ答えを教えなくては

ならないのですか?」


 水の矢がティア・フラワーの眉間めがけて放たれる。


「っく」


 ティア・フラワーは防衛本能に従い、咄嗟に桜の花びらで壁を作った。

 それは確かに水の矢からティア・フラワーを守りはしたが、美咲は気づいて

いない。その花びらの壁が自らの視界を塞いでいることを。

 ティア・フラワーは知らない。

 あの壁の向こうで、ティア・アクアが何をしているかを。


「本当、あなたは空しくなるほど素人じみた戦いしか出来ないのですわね」


 憎むべき声は上空から聞こえてきた。

 そして、その刹那の後、水の矢が、もはや豪雨としか例えようのない数で降

り注いできた。

 攻撃が予告されていた先程とは違い、今度の奇襲に対してティア・フラワー

は一瞬どう反応すべきか頭の中に何も浮かんでこなかった。

 その空白がティア・フラワーから選択肢を奪う。


「きゃぁっあぁあぁぁぁ」


 何をするにも時間がない。

 出来るのは唯一、両手で急所である頭を守るぐらいだ。

 怒りの豪雨が通り過ぎるのをティア・フラワーはただ耐えて、待ち続けた。

 水が桜色の衣を切り裂く、真っ青な矢が真っ赤な血を絞り出す。

 ティア・フラワーの全身に苦痛が蔓延し、激痛が繁殖していく。

 そして、雨が降り止んだ。

 ティア・フラワーはやっと解放された。

 しかし、戦いは終わっていない。


「へ?」


 腕を解いたと同時に、自分の眉間に突きつけられた人差し指と中指にティア

・フラワーは場違いにも素っ頓狂な声を上げてしまう。

 あまりにも呆気なく、敗北という現実と死という未来が目の前に迫ってきて

いた。


「チェックメイトと言いたい所ですが、正直、勝負にすら成りませんでしたわ

ね、儚き一輪」


 額が水で湿る。

 ティア・アクアの指先からあふれ出す水滴が敗北という傷跡を美咲の心に深

く刻み込んでいく。


「違う。こんなの間違っている。私は、ティア・フラワー。私は、あんたに勝

てるはずだった。あんたから鳴恵さんを取り戻すために勝たなくてはいけなか

った。私は勝つ、あんたを殺す、それが私の望んだ未来だったはずなのに!」


 ティア・フラワーの体が、全身で現実を否定するかのように小刻みに震え

る。

 彼女の頭の中を支配する思いはもはやただ一つ、『水代晴菜を殺す』その一

点のみに集約されていく。

 そのためには、この命など惜しくはない。

 ティア・フラワーは銃口を突きつけられていることなど全く無視して、五指

を力の限り拡げ、ティア・アクアの顔面に狙いを定める。


「チェリー・セイ・シュウティング!」


 ティア・フラワーの掌から、桜の花びらが螺旋を描き放たれる。

 これがティア・フラワーの必殺技だ。螺旋を描く花びらは何者ですら貫通

し、必ずその命を絶つ。

 もっともそれは、チェリー・セイ・シュウティングが相手に当たった場合に

のみ適応されるのだが。


「ふん。愚か者ね」


 敵の必殺の攻撃に対し、しかし、ティア・アクアは冷静だった。

 ティア・チェリーの五指に桜の花びらが生成されるのを確認した瞬間、彼女

は敵の額に当てていた二本の指を支点にして跳躍した。

 ティア・フラワーは、ティア・アクアと同様に遠距離攻撃を得意とする戦士

であり、その攻撃方法もとてもよく似ている。

 それ故、自分の欠点を熟知している彼女にとって、敵の弱点もまた熟知して

いるのだ。

 二本の指がティア・チェリーの中心線をなぞり、反対側にたどり着いた。

 銃は銃口に対して、前にしか攻撃できない。

 いくら必殺技を放とうとも、敵が後方にいてはどうやっても標的を倒すこと

など出来ないのだ。

 チェリー・セイ・シュウティングが標的を見失い、この真っ白な部屋の天井

を破壊し、その破壊穴から晴菜が久方ぶりに見る太陽の光が差し込んできた。


「さあ、ティア・フラワー、あなたが見る最後の光よ。死ぬ前にしっかりとそ

の目に焼き付けておきなさい」


 茶番は終わりだ。

 ティア・アクアはこの儚き少女を殺すべく、彼女の脳天に突きつけた二本の

指に意識を集中する。

 イメージするのはただ一つ、彼女を貫く一筋の水の軌跡のみだ。

 だが、そこへティア・アクアを絶望と言う名の『敗北』へ誘う乱入者がやっ

て来たのだ。


「あれぇぇ。もう、駄目だなぁ、花はぁ。宇宙船、壊したら、マロードに、叱

られちゃうよぉ。それにぃ、どうしてぇ、水が、ここにいるのかなぁ? でも

ぉ、これってぇ、丁度いいかもねぇ」


 ドアが開き、間延びしすぎた口調が印象的な白衣の女性がこの真っ白な部屋

に入ってきた。


(あれは確か、鳴恵が二度目の変身をした時に戦っていた反逆者でしたわね)


 過去に対峙したことのあるドレイルをすぐさま思い出すと、ティア・アクア

はティア・フラワーに突きつけているのは反対の手で、ドレイルに狙いを付け

た。


「それ以上、こちらに近づかないでくださる。下手な動きをすれば、この女と

あなたを同時に貫くわよ」

「ぉお、怖いねぇ。でもぉ、大丈夫だよぉ。ぁたしは、ただぁ、あなた達に見

て欲しいんだよぉ。ぁたしの長年の、研究成果をねぇ」

「研究成果ですか? それを私が見て、いったい何の特があるというのです

か?」


 ティア・フラワーとドレイル。

 二人の反逆者の動きに最新の注意を払い、ブルーアイの鋭い眼光でドレイル

を睨み付ける。


「絶対ぃ、気に入ってくれると思うんだけどなぁ。だってぇ、あなたぁ達の大

好きな、雷ぃのティアァ・ブレスについてなんだよぉ」


 そう言うと、ドレイルは左腕の白衣をまくり上げた。


「なっ!」


 ドレイルの左腕に、あるはずのない黄金の宝玉を見つけ、ティア・アクアは

息を飲む。


(何故、あんな奴の腕に、鳴恵のティア・ブレスがあるのですか?)


 驚愕にティア・アクアの腕がぶれる。

 あの雷のティア・ブレスが果たして本物なのかどうか、もし本物だとした

ら、鳴恵は一体どうなったというのだろうか?

 様々な臆測と疑問が頭の中に浮かんでくる。

 そして、美咲の言葉を思い出した。


『鳴恵さんね、もう『雄々しき一撃』じゃないのよ。ははは、ティア・ブレス

を持った私を前にしたら鳴恵さん、逃げ出しちゃったんだよ。そしたら、『雷

のティア・ブレス』、鳴恵さんの手から取れちゃったんだよ』


 現実を受け入れるのを拒むかのように、ティア・アクアが一歩後退する。


(あの言葉は真実でしたの。鳴恵は本当に、ティア・ブレスを失ってしまいま

したの。もう、あの『雄々しき一撃』がわたくしと共に戦うことは出来ないと

言うのですか?)


 晴菜の心が徐々に『絶望』と言う闇に染まっていく。

 しかし、現実とは残酷なモノだ。

 現実は終わらない。

 晴菜の心を完全に絶望で塗り替えるべく進み行く。


『もう無いんだよ、あんたと鳴恵さんとを繋ぐ、ティア・ブレスっていう絆は

ね!』


 美咲の言葉が、晴菜の心にあった黄金の宝玉に亀裂を入れていく。


「あはは。喜んでくれたみたいだね。じゃあぁね、見せてあげるよぉ、ぁたし

ぃの研究成果をねぇ」


 無邪気な笑顔でそう言うと、ドレイルは雷のティア・ブレスに埋め込まれた

黄金の宝玉に触れた。


(何をしているの、止めなさい! そんな汚い手で、鳴恵のティア・ブレスを

汚すな! 私たちの絆を壊すな!)


 ドレイルの手が黄金の宝玉をそっと撫でた。

 すると、本来なら雄々しき一撃に相応しくない彼女では奏でることの出来な

い水面が共鳴するかのような甲高い音が鳴り響いた。


(嫌、止めて。もうこれ以上は、駄目よ。お願い、その先をわたくしに見せな

いで)


 もはや美咲のことなど完全に忘れていた。

 晴菜はドレイルから逃げるように後退するが、どうしても彼女から視線を外

すことが出来ない。

 受け入れられないが故に、つい望んでしまうのだ。

 彼女が失敗することだけを願い、黄金の宝玉から目を離せない。

 この耳障りな甲高い音こそが、逃れようのない現実だと分かっているのに。


「惨めね水代 晴菜、さっきまでの強きは何処に行ったの?」


 ティア・アクアの全身が桜の花びらの乱舞に包まれた。

 先程の豪雨のお返しとばかりに、ティア・アクアの全身を余すことなく切り

裂く花びらの舞踏会。

 やがて音楽は鳴りやみ、凄惨な舞踏会場に残されたのは、床にはいつくばっ

たブルーアイの少女ただ一人だった。


「ほおぉらぁ、よぉく、見ててぇねぇ」


 ついに、晴菜の心にある黄金の黄玉が砕け散る時が来た。

 彼女を支えてきた、希望が消え失せ、その空間が絶望の暗闇となる。


「ティアァ・ドロップスゥ コントォラケットォ!」


 刹那の閃光の後、ティア・アクアの前にいたのは紛れもなく黄金の衣に身を

包んだ戦士だった。


「雄々しきぃ、一撃ぃ。ティアァ・サンダァー」


 この星に来て、見飽きるほど見てきた姿。違うのはただ、その姿に変身した

のが、神野鳴恵ではないという一点においてのみ。


 だが、その相違点に晴菜は全てを壊された。


「嫌っ」


 耐えきれず、ついに現実から目を逸らす。戦わなくてはならない。

 反逆者である、ティア・フラワーとティア・サンダーと、戦わなくてはなら

ない。

 分かっている。

 そんなこと、改めて確認することが愚かな行為なほど当たり前の原則だ。

 なのに、体が動かなかった。

 鳴恵でない別の人物が変身したティア・サンダー。それが晴菜の心を縛り付

けた。


「ねえ、お姉ちゃんって思っていたよりも強いんだね」


 新たな声が聞こえた。

 逸らしていた顔を上げると、何時の間にだろう、幼い少女がかがみ込んで晴

菜の瞳をのぞき込んできていた。

 彼女の名はルイ、そして別名を人形遣いという。


「それにやっと綺麗に汚れた瞳を作ってくれたね。そんなお姉ちゃんなら、

私、マリオネットとして大歓迎するよ」


 少女の瞳に映る晴菜は確かに酷い顔をしていた。

 生気というモノが全く感じられてない死者のように濁った顔つきだった。

 その少女の瞳の中、ティア・アクアの惨めな姿がはじけ飛んだ。

 同時に、晴菜の心も堅牢な牢獄の奥に囚われてしまった。


「ぁあああああ!!」


 人形遣いの術にはまりこんだブルーアイの少女が絶叫をあげるが、その雄叫

びは、マリオネットの糸が切れたかのように、突然と途絶えた。

 自我を失った少女がルイの意志に従い、ゆっくりと立ち上がる。

 その動きはまさに操り人形という喩えが相応しく、一片の生気すら感じさせ

ない。


「お姉ちゃん、私の名前はルイ。お姉ちゃんはね、今から私のお人形になった

の。これからは、私のために、どんどん強くなって、私の大好きなマロードお

姉ちゃんをいじめる奴ら、みんな倒していってね」


 少女の命令に、三番目のマリオネットは、


「はい」


 と感情のない静かな声で答えるのだった。



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