10-1:Into The Dark Part1
《静かななる鳴恵の自室》
あれから五日が過ぎた。
鳴恵が『雄々しき一撃』ではなくり、晴菜が『強き一陣』に捕らえられ、明
里が『輝き一閃』として戦い続ける道を選んでから五日だ。
コンコン。
部屋のドアを誰かがノックしてくるが、鳴恵はベットに横たわったまま何も
言わない。
その後、さらに三度ほどノックは続いたが、ピクリとも動かない。
やがて、ドアが開き、真っ暗な部屋に廊下の光が入り込んできた。
それでも、彼女は動かない。
あの夜以降、部屋に閉じこもり、心も自身が作り出した殻に閉じこめ、一日
中こうして何もない壁を眺めている。
「そろそろ、何か食べないと体壊しますよ」
そう言って小夜子は持ってきたお盆を床に置いた。その横には昨夜持ってき
たお盆がまたしても手つかずの状態で放置されている。
小夜子は何も言わずに冷え切った方のお盆を手に持ち、鳴恵の部屋を出て行
った。
バタン。
とドアが閉まると鳴恵の部屋は暗闇に包まれた。
今の時間は早朝の五時ぐらいでまだ外は暗く、カーテン越しに太陽の光が入
ってくることもない。
普通ならまだ寝ている時間だ。
こんな時間に食事を持ってくるなんて小夜子も、鳴恵を心配するあまり眠れ
ていないのだろう。
(ごめんね、ママ)
娘が五日も部屋に閉じこもって、何も口にしなければ誰だって心配する。
それぐらい鳴恵にだって、よく分かっている。
だけど、今の彼女には部屋を出る勇気もなければ、何かを食べたいという食
欲もなかった。
あるのは、ただ、『絶望』を前にして震えている自分だけ。
桜色の衣が自分を殺そうとしてくる。
水色の衣が敵により無惨に切り裂かれる。銀色の衣が孤独に戦い続けてい
る。
脳裏を過ぎ去る現実はどれも救いようが無く、頭を抱えて現実を否定した。
『憧れ』を失い、『雷のティア・ブレス』をも失った少女はもう何も出来な
かった。
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《神野家リビング》
鳴恵の部屋から持って帰ってきた昨夜の夕食をレンジにいれ、あたためのス
イッチを押す。
このまま捨てるのはもったいないし、一晩放置しただけなら多分、食べても
問題ないだろう。
レンジがチンと鳴った。
レンジから温まった料理を取りだし、テーブルへと向かう。
テーブルの上には、この五日間、ノートパソコンが休むことなく起動してい
る。
パソコンの前に再び、腰を落とすと、高校時代から何度も不思議な体験をし
てきた人生で培ってきた人脈を最大限に発揮して反逆者を探し出していく。
そう彼女はこの五日間、塵ほどに小さくても良いので反逆者へと繋がる情報
を終始集めていた。
母は、娘の心配などしていなかったのだ。
母は、自分の娘を信じている。
彼女はきっとまた立ち上がる。
その時に、娘とその仲間を最大限にバックアップ出来るように、ティア・ブ
レスを持たない母は、自分に出来ることをやるだけなのだ。
(鳴恵ちゃん。晴菜さんも、美咲さんも、明里さんも、みんな、あなたの助け
を待っているわ)
画面の脇に、メールが届いた事を知らせるメッセージが出てきた。
メールを開き、中身を読んでいく小夜子の顔が徐々に引きつっていく。
(でも、鳴恵ちゃん、早くしないと、もっと取り返しのつかないことが起こり
ますよ)
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《反逆者達の宇宙船 監禁室》
そこは殺風景な部屋だった。
ベット以外に装飾と呼べるような物は何一つ無い。
いや、たった一つだけあった。
こんな殺風景な部屋の中にあるのが逆におかしいと思える、掌大の虎の縫い
ぐるみである。
「キミって、こんなの好きだったけ?」
褐色の手が、虎の縫いぐるみを興味ありげにさわっている。
「それは、別にわたくしの趣味ではありませんわ」
気丈な声がベットから返ってきた。
褐色の手が縫いぐるみから離れて、カザミスがベットの方へ向く。
ベットの上では、ブルーアイの少女が鋭い目つきでこちらを睨み付けてい
た。
全身をベルトでベットに固定されていなければ、今にも襲いかかってきそう
な形相だ。
「でも、キミのポケットの中に入っていたよ」
「たまたま、ポケットの中にいれてしまっただけですわよ」
晴菜が、ほんの少し顔を朱色に染めながら、言い返してくる。
ここは、反逆者の宇宙船の監禁室。
五日前、敗北してカザミスに拉致されて以降、晴菜はずっとこの状態で監禁
されている。
やってくるのは、カザミスただ一人であり、彼女が身動きの取れない晴菜の
世話をすべてしてくれていた。
「薬が色々と効いたみたいだね。それだけ、喋れるようになったら、もう怪我
の心配はしなくても良いみたい」
「一体、どういうつもりなんですか。わたくしを瀕死の状態にまで追い込んで
おきながら、わたくしの怪我を治すなんて。あなた達、反逆者は、わたくした
ちを殺すものとばかり思っていましたわ」
カザミスの言うとおり、晴菜の怪我はもう動ける程には治っていた。
しかし、敵である晴菜の傷を治して反逆者に一体なんの得があるというのだ
ろうか。
「反逆者は一人じゃないってことだよ。ただ、私達が命令されたのはキミを生
かしておくだけで、傷を治せとまでは言われてないんだけどね」
「では、わたくしの傷を治したのは、あなたの独断だったのですか?」
「まあね。ルイに、キミを強くしてと言われたから、怪我したままじゃどうや
っても鍛えられないよ」
カザミスは冗談の様に笑い、虎の縫いぐるみを手にとって、身動きの取れな
い晴菜の枕元に縫いぐるみを置いた。
「ねえ、もしかして、鳴恵って人から貰ったの?」
一瞬で晴菜の顔が茹で蛸になる。
そんな昔の彼女からでは考えられない表情に、カザミスは心から微笑みかけ
たが、必死に言い訳を考えていた晴菜には彼女の懐かしい笑顔に気づく余裕は
なかった。
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《反逆者達の宇宙船 通路》
晴菜を監禁している秘密部屋から出たカザミスは、そこでもう一人のマリオ
ネットに出会った。
「カザミスさん。最近、よくその部屋に入ってますね。そこには何があるんで
すか?」
セーラー服のマリオネット―三菱美咲―がカザミスに近づきながら尋ねてく
る。
「キミには関係ないこと」
この部屋に『水のティア・ブレス』の持ち主である水代晴菜を監禁している
のは、反逆者内部に置いて極秘裏に行われていた。
その事実を知っているのは、三人。
カザミスと、その主であるルイ。
そして、この命令を出したマロードの三人であり、反逆者のリーダーである
ロッグにすらこの情報は伝わっていないのだ。
「私に、隠し事なんてしないでください」
「とは言っても、キミに教えると事態は間違えなくややこしくなると言われた
から」
そう言って軽く肩を竦める。
しかし、そんなことで簡単と引き下がる美咲ではなかった。
(もう嫌。鳴恵さんがティア・ブレスの秘密を私に隠していたように、誰かが
私に隠し事をするのはもう嫌なのよ)
カザミスの横を通り過ぎて、その後ろの扉に隠された秘密に迫ろうとする美
咲。
だが、褐色の掌が彼女の前に立ちはだかった。
「邪魔しないで下さい、カザミスさん」
「キミがこの先に行ったら、駄目だよ。もし行きたいなら、私を動かす事ね」
『風』と『花』がにらみ合う。
しかし、風が吹けば花びらは舞い上がってしまうかのように、勝敗は戦う前
から決まっていた。
美咲がまるで、向かい風に押されたかのように一歩後退する。
「キミは『花のティア・ブレス』を持って、戦う力を手に入れた。でも、忘れ
ちゃだめだよ。私とキミは、ルイのマリオネットなんだから。人形が決められ
た動き以上のことすると、人形遣いに怒られちゃうよ」
ティア・ブレスの戦士としても、そして、人形としても先輩であるカザミス
が後輩に忠告を与える。
美咲は苦渋を偽ることなく顔に出すが、それ以上何も言えなかった。
「さ、ルイの所へ戻ろう」
そう言って、カザミスは美咲の肩を叩き、主の元へと歩いていき、美咲も
『風』に従うしかなかった。
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《明里と晴菜の宇宙船》
明かりのついていない部屋に明里は独り座っていた。
『雷のティア・ブレス』を失った鳴恵達と別れて、五日。
彼女は未だに反逆者の居場所について有益な情報を手に入れることが出来な
かった。
刻一刻と時は過ぎる。
時が過ぎれば、それだけ状況は反逆者に対して有利になると言うのに。
「これが、孤独か」
まるで宇宙空間の様な暗闇の中、明里は呟いた。
例え独りであろうとも、『輝き一閃』は決して諦めることを選ばない。
「やっぱり、寂しい、かな」
自嘲的な笑みの奥に、かつての仲間や友が思い浮かんでくる。
同じ星で生まれ、共に笑い、共に泣き、共に生きてきた大切な人たち。その
顔や、声、感触が思い出される。
白銀の樹が一面に咲き誇り、煌めく水面がたゆたい、大空は暁の色に染めら
れたいる。
明里はそんな自分が生まれた星が大好きだった。
王族に仕える騎士団に志願したのも、自分が生まれた星に少しでも貢献した
いからという思いからだった。
あの時の自分は幸せだった。
そう断言できる。
生きていく上で辛いことはもちろんあった。
しかし、あの星にいた頃の明里は、苦しみに勝る充実感があった。
明日が来ることへの期待、今日があることの喜び、昨日を思い返す幸せ。
あの星で、パスアリグ王女に仕えていた頃の明里の生活は、しかし、予想に
もしなかった結末であっさりと終焉を迎えることになった。
星が、一瞬で消え去ったのだ。
『闇のティア・ブレス』の力によって。
明里は、星の消滅から逃げ切れた数少ない生存者だった。
しかし、彼女は失った。
自分が生まれた母星を。共に生きていた仲間を。
それまで生きてきた過去を。
すべて、失った。
残っていたのは、ただ一つ、『光のティア・ブレス』だけ。
その時から、彼女の生き方は変わった。
『闇のティア・ブレス』によって、全てを失った戦士がいまだに諦めず戦い
続ける意味。
それは、もう二度と同じ過ちを繰り返さないため。
「もう、二度と『闇のティア・ブレス』は、使わせない」
怒りで震える肩を押さえつけ、明里はゆっくりと立ち上がった。
この地球を、『闇のティア・ブレス』から守れるのなら、明里はどんな茨の
道でも喜んで突き進んでいく。
『輝き一閃』は諦めない光。
銀髪の女性は、たとえ、その身が闇に喰われようとも、最後まで戦い続け
る。
どんなに悪しき闇であっても、心に残った最後の希望だけは喰らうことが出
来ないから。
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《ドレイルの研究室》
何重もの防護ガラスの向こうで、火花が飛んでいる。
それはもはや、電撃と呼んでも良いほどの威力を持ち、ガラスの向こうにい
る実験用モルモット―カッパに似た形態の二足型生物―を一体ずつ焼き殺して
いく。
「うぅ~ん。違うだなぁ」
自らが作り出したモルモットがいとも簡単に死ぬ行くことに関してか、ある
いは別のことに対してなのかは定かではないが、白衣の女性が腕を組んだ状態
で首を傾げる。
それから、コントロールパネルを操作して微調整を加えるが、実験は彼女が
思っていたほどの成果を出さない。
万策尽きたドレイルはもう一度、腕を組み首を傾げる。
「一体、何が足りないのかしらね?」
この研究室にはドレイルしかいないはずだった。
反逆者内部に置いて今の彼女の研究は極秘裏に行われており、その研究はあ
る意味仲間である反逆者をも裏切るような内容でもあった。
ここには誰も入ってこれないように、厳重なセキュリティーを施していたと
いうのにどうやって入ってきたのか、皺一つ無いスーツを着こなした彼女が銀
縁眼鏡の縁を押し上げる。
もう遅いだろうが、それでもこの研究について言及されてはまずい。
ドレイルは慌てて非常停止ボタンを押して、防護ガラスの向こうの照明をす
べて落とす。
「あら、私のことは気にしないで研究を続けて良いのよ」
意外な言葉にドレイルは思わず、目を丸くして、逆に聞き返してしまう。
「マロードぉ、あなたぁ、わたしがぁ、していることぉ、見えなかったの
ぉ?」
「いいえ、とてもよく見えてましたわ。それに、本当はわたし、あなたのこの
実験のこと、もっと前から知ってましたわ。あなたは隠そうを手を施したみた
いだけど、この宇宙船では、すべての事柄においてわたしの方があなたより権
限が上なのを忘れてたのしらね?」
女王が、無能で汚らわしい平民をあざ笑うかのような声だった。
まるで機械のごとくロッグに従順している、普段のマロードからは想像も出
来ない声だ。
「マロードぉ、どうぅしたのぉ?」
仲間を気遣う声を上げるが、マロードはそれさえも鼻で笑った。
「ふん。これが、本当の私よ。それで、ドレイル。あなたもう、ロッグから言
われた事はしなくて良いわ。これからは、今の研究に専念して、24時間後に
は形にして見せなさい」
「でもぉぉ」
まるで、ロッグを乗り越えマロード自身が反逆者のリーダーに成ったかのよ
うな物言いにドレイルは少し躊躇った。
「何を躊躇うのかしら? あなたはティア・ブレスの研究がしたくて反逆者に
入ったのでしょう。あのロッグの野郎みたいに『楽園』を作りたいとか、馬鹿
げた思いはコレぽっちもないのでしょう。しなさいよ、好きなことを。どんな
ことをしても、もう、誰もあなたを咎めはしないわ」
だが、自分の好きな研究を思う存分出来るという誘惑の前では、そんなこと
は些細な問題でしかないとマロードが教えてくれた。
事実誰がリーダーであれ、ドレイルはティア・ブレスの研究さえ続けられれ
ばそれだけで良いのだ。
「それもぉ、そうだねぇ。ドレイルぅ、がんばりぃま~すぅ」
実験装置に再起動をかける。
ソフトが立ち上がるまでの時間がもどかしく、キーボードの空いたスペース
を中指で何度も小突く。
そして、実験用のソフトが起動するや、ドレイルは嬉々とした表情を浮かべ
て、実験を再開した。
保護ガラスの向こうでは、再度電撃が飛び交い、カッパに似た姿の実験体が
何匹も焼死体へと成り下がっていく。
(そうやって、せいぜい、私の欲求のために、がんばりなさい)
保護ガラスの向こう、荒れ狂う電撃のそのまた向こうに、黄金のブレスレッ
トの姿を認め、マロードは薄く笑みを刻むのだった。




