9-5:Broken Nexus Part5
《星明かりさえ届かない公園》
家に戻ろうとは思わなかった。
こんなにも惨めな自分を誰かに見られたくなかった。
親友が敵になった。
文字にすれば、なんと簡単なことだろう。
だが、簡単故に救いがない。
鳴恵は、誰もいないベンチに腰掛けて星が一つも見えない夜空を独りで眺め
ていた。
(あの日も、こんな嫌な天気だったな)
記憶が過去へと遡っていく。
それは遠い昔の、とても大切な思い出。鳴恵と言う一人の女の子の人生を大
きく変えた一大事件。
「鳴恵ちゃん、やっと、見つけた」
でも、記憶が蘇ってくる前に、鳴恵を現実へと呼び戻す声が聞こえてきた。
小さい頃から毎日のように聞いてきた声。
凄く大好きで、耳にすると心が落ち着く優しさに満ちあふれた声。鳴恵の
『憧れ』の声。
(ごめん、ママ)
だが、今は逆にそんなにも慕っている小夜子に顔を見られたくなかった。
鏡で見るまでもなく、今の自分が酷い顔をしていることは分かっていたか
ら。
鳴恵は、ベンチを立ち上がり、母親から逃げ出すように公園の中へと走り出
した。
『雄々しき一撃』の二つ名にあるまじき行為は、しかし、許されることは無
かった。
「何処に行くの、鳴恵?」
小夜子とは反対側に、明里が立っており、鳴恵の行く道をふさいでいた。
前に明里、後ろに小夜子という挟み撃ちにあい、鳴恵の掌から『雷のティア
・ブレス』がこぼれ落ちる。
「あ」
慌てて拾うとする鳴恵だが、『雷のティア・ブレス』は鳴恵の元を離れて、
『光』の元へと転がって止まる。
「やっぱり、そういうこと」
足下に転がる黄金のティア・ブレスを明里はゆっくりと拾い上げ、まるで暗
闇を見るかのような顔で笑いかけるのだった。
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《敗北者達の公園》
状況は整理するまでもなく最悪だというのに、事態はさらに深刻化してい
く。
「うそだろう、ソレ……」
「残念ながら、事実」
美咲が反逆者の一員になったというだけでも、鳴恵には受け入れられない現
実であった。
しかし、ここに来てもう一つ信じられない現実を明里から突きつけられた。
鳴恵はベンチに深く腰掛けると、もう一度だけ項垂れるように呟いた。
「うそだ。ハルが、反逆者に捕まるなんて」
「鳴恵ちゃん、信じられない気持ちは分かるけど、晴菜さんが囚われたこと
も、美咲さんが敵になったことも、ちゃんと受け止めないと………鳴恵ちゃん
は、何も出来ずに置いてきぼりになっちゃうわよ」
そっと小夜子が腰掛けてきて、微かに震えている鳴恵の肩をそっと抱きしめ
てあげる。
美咲も、晴菜もいなくなった今の鳴恵にとって、小夜子という存在は残され
た数少ない心の支えだった。
まるで、迷子が母親と再会したかのように、鳴恵は小夜子の胸元に顔を埋め
る。
小夜子からも、明里からも、鳴恵の顔は見えない。
どんなに涙で顔を汚しても、誰にも見られない。小夜子の背中に回された鳴
恵の手がまだ小刻みに揺れている。
「鳴恵ちゃん……」
母親はそれ以上、何も言わずに娘を優しく抱きしめた。
鳴恵の口から、微かではあるが抑えられない嗚咽が漏れている。
しかし、小夜子はあえて娘の涙を無視して、話を進めていく。
「明里さん。あなたはこれからどうするのですか?」
銀髪の女性は、手に持っていた黄金のブレスレットをそっと地面に置き、ま
るでおとぎ話を聞かせるかのような口調で、神野の名をもつ母娘に話しかけ
た。
「二人には、まだ教えていなかったけど、ティア・ブレスに選ばれるには、あ
る一定の条件がある」
明里がそっと『雷のティア・ブレス』を押した。
すると、円筒形の形をしたソレはまるでタイヤが転がるかのように、鳴恵の
元へと進んでいく。
「私たちがティア・ブレスで変身すると、宣言する言葉がある。私なら『輝き
一閃』、晴菜なら『気高き一滴』、鳴恵なら『雄々しき一撃』と。
実はこの言葉は、そのティア・ブレスの適合者を言い表している。この言葉
にもっとも合う存在が、ティア・ブレスに選ばれて、力を駆使することを許さ
れる」
『雷のティア・ブレス』が鳴恵の足に当たり止まる。
鳴恵も、きっと『雷のティア・ブレス』が戻ってきたことに気づいたはずな
のに、彼女は小夜子の胸元からピクリとも顔を上げなかった。
そんな、娘の姿を見て、小夜子は自嘲的な笑みを刻む。
「『雄々しき一撃』。つまりは、何者にも怯えず、どんな困難にも逃げず、常
に戦う意志を持った者が『雷のティア・ブレス』を持つことが出来るのです
ね」
「今朝までの鳴恵は、まさにそう。でも、親友が敵になったことで、戦う意志
を失った鳴恵は、『雷のティア・ブレス』の適合者ではなくなった」
明里はゆっくりと、前に歩き出した。
「そして、残酷だと思うけど、もう一つ教えておく。『花のティア・ブレス』
の適合者は、『儚き一輪』。理由は分からないけど、鳴恵の親友はきっと凄く
精神的に追い込まれていたはず。彼女は、深い悲しみや孤独の中で、『花のテ
ィア・ブレス』に選ばれた」
鳴恵の肩が大きく跳ね上がった。
思い当たる節があるのか、それとも親友がそれほどまでに追い込まれていた
ことに気がつかなかったことが悔しいのか。
どちらにしろ、今の言葉は鳴恵に、現実へと戻るきっかけを与えたようだ。
例えソレが、儚き希望で満ちた現実であったとしても。
「じゃあ、『花のティア・ブレス』のせいで美咲は反逆者になったのか。ティ
ア・ブレスさえ、美咲から外せば、美咲は元に戻るのか!」
しかし、現実は甘くなど無い。
明里はためらいなく首を横に振り、希望を打ち砕く。
「『花のティア・ブレス』にそんな力はない。『花のティア・ブレス』を持っ
たから、追い込まれたんじゃない。追い込まれたから『花のティア・ブレス』
を持てたの」
「そんな……」
微かにつかみかけた希望が、絶望へと戻り、鳴恵は再び、小夜子の胸元に顔
を埋めた。
そんな鳴恵のすぐ側で、明里は立ち止まり、そっと、温かな手で鳴恵の頭を
包み込んだ。
「ねえ、鳴恵。あなたと会えて、私は凄く楽しかった。鳴恵は、けして挫け
ず、雷のように一直線で、あの晴菜の心も開こうとしていた。私は、鳴恵と一
緒の仲間になれた事を、誇りに思った」
そして、美咲、晴菜に続いて、また一つ大切な人が鳴恵の元から離れてい
く。
鳴恵の上から、温かな感触が消え、彼女の横を明里が通り過ぎていく。
「明里っ!」
もうこれ以上、大切な人がいなく事になることに耐えきれず、鳴恵は呼び止
めるが、明里の足は止まらない。
一歩一歩、その足音が小さくなっていく。
「明里さん。少し待って下さい」
鳴恵に声には全く反応しなかった、明里が小夜子の声には素直に従った。
足音が止まり、いつもの感情が殆ど感じられない声が聞こえてくる。
「何?」
「あなたの、『輝き一閃』とはどのような事を指しているのですか?」
鳴恵が小夜子の服をさらに強く握りしめた。
それは、娘から母へのサインだった。
『仲間が去るのを止めて』と、かつての『雄々しき一撃』は訴えかけてくる
が、彼女の『憧れ』は聞いてくれない。
いや、それ以前に、今の鳴恵は小夜子と明里の二人から完全に相手にされて
いない。
まるで、そこに鳴恵などいないかのように、二人の会話が続く。
「今更そんなのを聞いて、どうするの?」
「ティア・ブレスを持っていない者には、持っていない者なりにしなければい
けない事がありますから」
答えになっていない答えだ。
鳴恵には母親が何を言っているのか分からなかったが、明里には何か思うと
ころがあったのだろう。
彼女にしては珍しく、感嘆の声が出る。
「ふ~ん。小夜子も凄いね。あなたなら、『光のティア・ブレス』に選ばれて
いたかもしれない」
「私は、そんな大層な人間じゃありません。ただ、普通の人よりも、多く不思
議な体験を経験してきただけですよ」
「それで充分。『輝き一閃』とは、けして心の輝きを失わないこと。どんな
『絶望』を前にしても、けして諦めない事。それが、『光のティア・ブレス』
に選ばれる条件」
小夜子が小さく落胆のため息を漏らす。
それは胸元に顔を埋めている鳴恵がやっと気づくぐらいの、本当に小さなた
め息だった。
「それなら、あなたは戦い続けるのですね。たとえ、一人であっても、たと
え、どんなに勝ち目のない戦であっても、諦めないんですね」
「うん。私だから、諦めない。それに、反逆者には、どうしても私がケジメを
つけなくてはならない奴もいる」
止まっていた足音が再び動き出した。
もうそれ以上、小夜子が明里を止めることもなく、鳴恵の大切な仲間が遠ざ
かっていく。
ティア・ブレス。
『雷』は『花』によりその輝きを失い、『水』は『風』によって捕らえら
れ、『光』は勝ち目のない孤独な戦いへ赴いていく。
「ティア・ドロップス コントラケット」
澄んだ水面が共鳴するかのような、甲高い音色と、誓約の言葉が鳴恵の耳を
打つ。
もしかしたら、コレが明里の声を聞く最後なのかもしれない。
そう考えると、どうしようもなく怖くなって鳴恵は明里を呼び止めたかっ
た。
だが、そんな鳴恵の脳裏に幻影が蘇ってくる。
それは焼死体。
『ライジング・ゴウ・インフェルノ』によって全身を焼かれ息絶えた死体。
鳴恵がこの手で殺した反逆者。
その死骸が徐々に変化していく。
反逆者を殺すときの感覚が変わっていく。
あのライダー服が桜色の衣に変わる。
全く知らなかった男の顔が鳴恵のよく知る親友の顔に変わる。
反逆者が『三菱美咲』に変わった。
それでも、ティア・サンダーが攻撃を止めない。
敵を殺す手を止めない。
鳴恵が美咲を焼き殺す。
「明里さん、いや、ティア・ライト。本当に、行ってしまいましたね、鳴恵ち
ゃん」
優しい声が、幻影を打ち砕いてくれた。
あの幻影がありえないと断言したい。
だけど、現に美咲は反逆者になった。
それなら、『雷のティア・ブレス』を持っている限り鳴恵が美咲を殺さない
とどうして断言出来る。
鳴恵は既に、一人反逆者を殺しているというのに。
「ねえ、ママ」
小夜子の温かい胸元で顔を二、三回横に振った。
小さい頃からずっと側にあったこの匂いが今はとても懐かしい。
「何、鳴恵ちゃん」
眠れない赤子をあやすように、小夜子が頭を撫でてくれる。
高校生にもなって、こんな格好は恥ずかしいと思うが、だからといって今の
鳴恵に小夜子から離れるなんて出来るはずがなった。
もう、小夜子しか残っていないのだ。
「オレさ、ママに憧れてた。ママさ、小さい頃、人を喰らう化け物を退治して
ただろう」
「あ~、『悪魔』の事ですか。あの時、鳴恵ちゃんはまだ小学校にも行ってい
ない年だったのに、よく覚えてますね」
昔を懐かしむような声を上げる。
「うん、ちゃんと覚えてるよ。だって、アレはオレにとって一大事件だったか
ら。あの日が、今日みたいに星が全くなかった夜だって言うのだって覚えてる
んだよ」
「あらあら」
鳴恵が小学校の頃徒競走で一番になったことを自慢していたのを思い出し
た。
あの時の娘と今の娘が、その顔に浮かぶ表情こそ違うが、重なり合う。
そして、僅かであるが、娘の言葉に違和感を感じた。
「あの時のママが、オレの『憧れ』だったんだ。ママみたいになりたい、そう
思ってオレは空手も習った、少しでも強くなろうとがんばってきた。そして、
オレは晴菜と出会った。『雷』のティア・ブレスを手に入れた。戦う力を手に
入れた」
頭を撫でていた小夜子の手を、鳴恵の左腕が掴んだ。
『雄々しき一撃』の証がもはやない左腕は、やはりまだ震えている。
「オレは、戦った。反逆者と。変な言い方かもしれないけど、楽しかった。ハ
ルや明里と一緒だって言うのもあるし、やっぱりあの時のママに近づいている
感覚が嬉しかった。
でも、戦いの中で、オレは……反逆者を殺した」
自分の手の中で、一つの命が無くなっていく感覚が母娘の両方を襲った。
どちらにしても気分が良いモノではない。
胃の中が押し上げられるのを二人は黙って耐えた。
「どうでした、『殺した』って感覚は?」
「最悪だよ。でも、あの時はまだ耐えれた。相手が悪い奴だって思ってたし、
あいつも大勢の人間殺していたから、死んで当然だと思った。だから、あいつ
をこの手で殺した事をオレは後悔はしていないよ、ママ。でもね……」
脳裏に、もう何度目か分からない桜色の衣を身に纏いし親友の姿が浮かんで
きた。
「オレは、絶対に美咲は殺せない。美咲はオレの親友だ。戦いたくなんて、無
いよ。殺せる訳なんか無いよ。なんで、なんでなの。ママ、こんなの嫌だよ、
怖いよ。なんで、こんな事になったの?」
娘が悲痛の叫び声を上げている。
母親としては優しく娘を包み込んであげるべきだろうし、鳴恵もそう信じて
疑っていない。
だが、鳴恵は今やティア・ブレスに選ばれて反逆者と戦ってきた過去を持っ
ている。
例え、『雷のティア・ブレス』が外れたとしても、彼女の戦いはまだ終わっ
ていないのだ。
いや、こんな形で終わらせてはいけないのだ。
小夜子は、鳴恵の両肩をしっかりと掴んで、そのまま胸元にしがみついてい
た娘を引き離した。
「ママ……」
涙に濡れていた鳴恵の顔は一瞬、何が起きたのか分からないと言う表情を浮
かべて、次の瞬間血の気が引くかのように青ざめていく。
最後に残った、小夜子という母さえも自分から離れていくのではないか。
娘の顔は、内心の恐怖を余すことなく表せており小夜子の心も悔恨の悲鳴を
上げる。
「鳴恵。これは、あなたと母親として言うのではないわ。あなたが『憧れた』
一人の戦士として伝えるわ」
だが、小夜子は分かっている。
鳴恵をここで甘やかしてはいけないのだ。彼女には、もう一度立ち上がって
貰わなければならないのだ。
その左腕にもう一度『雄々しき一撃』の証である黄金の光を取り戻さなけれ
ば、彼女は誰も救えないのだ。
「人が戦うのは、皆何かしらの理由があります。
それは時に、私達ではとうてい理解できない理由である場合もありますが、
本人に取ってみれば戦うに足る理由なのです。
鳴恵の戦う理由は『憧れ』でしたね。それだって、他人からしてみれば理解
しづらい理由なのかもしれません。
それと同じように、美咲さんにだって、何かしらの戦う理由があるはずなん
です。
鳴恵は生きている、私も生きている。それと同じように美咲さんだって生き
ているんです。
生きている限り、人には想いがある。人にはそれぞれ、想いがあるから、時
には仲間になれ、そして、時には敵にもなるのです」
鳴恵の顔が、醜く歪む。
もう何度も、心を絶望が串刺しにしているというのに、またしても心が痛
む。この苦しみに終わりは来ないのだろうか。
一体、どこまで続くというのだろうか?
「そして、鳴恵。あなたは、本当の私を見失っている。分かってるでしょう、
私は強くなんか無い。強さで言ったら『雷のティア・ブレス』を持っている鳴
恵の方が何倍も強いわ」
鳴恵が首を横に振る。
その瞳から涙を流しながら、もう止めてと訴える。
「私は、いつも弱かった。小さい頃、鳴恵を救ったのは、私じゃない。私の大
事な友があなたを守ったのよ。私がしたのは、あなたを抱きかかえて、友が戦
う姿をただ見ていただけなのよ」
『憧れ』。
それが鳴恵の戦う理由だった。
それを心の支えにして、ずっと彼女は反逆者と戦ってきた。
『小夜子への憧れ』があったからこそ、ここまでやってくる事が出来た。
それなのに……、
「だから、私に憧れて戦うなんて、嘘よ。そんなのは、鳴恵が現実から逃げる
ために作り出した、幻なのよ」
最後に残っていた『憧れ』さえも、小夜子によって打ち砕かれた。
親友が敵になり、戦友が去り、戦う力を失った鳴恵。
彼女はついに、戦う理由さえも壊されてしまった。
輝きを失った『雄々しき一撃』。
すべてを失った彼女が、再び雷を取り戻す事は出来るのだろうか。
それとも、このまま一度消えた輝きが少女を『闇』へと誘っていくのだろう
か。




