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9-4:Broken Nexus Part4



《師弟が戦うビルの屋上》


「がっはぁ」

 

 緑色の『ティア・ブレスの戦士』が放った見えない衝撃波に押され、ティア

・アクアは壁に叩き付けられた。

 脳を襲う振動に意識が刹那の間飛ぶが『敵』は攻撃の手を休めてはくれな

い。

 圧縮された風がティア・アクアの頭、肩、胸、腹、腰、足と言った全身を余

すことなく攻撃してくる。

 まるで、マシンガンの前で無防備に立たされているかのようなサンドバック

状態だった。


「どうしたの、ミシハ。もう終わり?」


 わざと攻撃の手を休めて、ティア・ウィンドがかつての教え子に尋ねる。

 しかし、その問いが今のティア・アクアの耳に果たして入っているかどう

か。

 早くも傷だらけで、ボロボロになった彼女は必死に息を整えて、ふらつく足

に何とか渇を入れ、どうにか立ち上がる。


(流石に、本気を出されると勝ち目がありませんわね)


 今だって、赤子の手を捻る様なほど一方的にティア・アクアが押されていた

が、それでもティア・ウィンドは本来の力を出し切っていない。

 かつて、もっとも身近で彼女の戦いを見てきた晴菜には、そのことが痛いほ

どよく分かっていた。


「これでも、わたくしはあなたに追いつこうと強くなったつもりでしたわ」

「うん。私の下で修行していた頃に比べたら、キミは少しは強くなったかな」


 晴菜に与えられた休息はもう終わりだった。

 ティア・ウィンドが再び、人差し指と中指だけを伸ばし、銃に見立てた左手

をティア・アクアに向ける。

 対する、ティア・アクアも彼女と同じように弓矢に見立てた左手をティア・

ウィンドに向ける。


「でも、その分、キミは弱くもなったかも」


 それが第二ラウンドのゴングとなった。

 風使いと水使いから同時に放たれる、風の銃弾と水の矢。

 両者は、射手と射手の丁度真ん中でぶつかり合い、勝負は一瞬で決まった。

風の銃弾が、何の苦労もなく水の矢を霧散させて、その後ろにいるティア・ア

クアへと迫り来る。


「くぅ」


 しかし、ティア・アクア自身、自分の攻撃が破れることは予測済みだった。

 素早く体を右に転がすと、同時に第二撃を放つ。

 同じ場所に立っていては、先程のようにサンドバックと同意語な状態になっ

てしまう。ティア・アクアは転がった勢いを殺すことなく、素早く次の行動に

移る。

相手の攻撃を壊せないのなら、せめて当たらないようにしなければ。


(ですが、きっとこんな小細工は、カザミスの前では無意味なのでしょうね)


 動き回り、だがしかし、攻撃の手もけして休めないティア・アクア。

 それに対して、ティア・ウィンドは一歩も動いていない。

 迫り来る、水の矢はすべて風で粉砕し、なおかつ風は勢いを殺すことなくテ

ィア・アクアへの攻撃をも兼ねている。

 その圧倒的な力の差の前では、逃げ動き回るティア・アクアの動きすらも実

はティア・ウィンドに操作されているのではないかと疑ってしまう。


(明里、まだ戻ってこないのですか?)


 先程の攻撃の際に、頼れる相棒が屋上から地上に落とされてからそれなりに

時間が経つ。

 ティア・ライトなら、武器である銀糸を使い落下を阻止できたはずだ。なの

に、どうして、彼女は戦場に戻ってこない。

 風がティア・アクアの肩を掠めた。

 少しずつではあるが、確実にティア・アクアは追いつめられていた。

 常に動き回る者と微動だにしない者と、どちらが有利かと言えば間違えなく

体力を全く使わない後者だ。

 唇をかみしめて、動きが鈍くなり始めた体に鞭を打つ。

 とりあえず、今は考える時間は無いようだ。相棒を信じるしかない。


___________________________________

《再会の屋上》


 一方、その頃、ティア・ライトは『風』と『水』がぶつかりあっているビル

とはまた別のビルの屋上にいた。

 本来なら、すぐさまにでも、晴菜の元に駆けつけるのだが、ティア・ライト

はそこで思わぬ人物と再会してしまった。


 鳴恵に会わねばならない美咲という友達がいるように、

 晴菜に会わねばならないカザミスという憧れがいるように、

 明里にもまた、会わねばならない人物がいたのだ。


「久しぶりですわね、コクア。まさか、こんな形で普通に再開するなんて、少

々興ざめですわね」


 ティア・ライトの前にいるのは、銀縁眼鏡をかけて、皺一つないスーツに身

を包んだ女性だった。

 まるで社長秘書の様な今の格好は、明里が知る彼女とはとても結びつかない

姿だったが、それでも彼女は確かに、マロードだった。


「同感。貴様とは、もっと死体が転がる殺戮現場で再開するものとばかり思っ

ていた」


 もし、この場に晴菜か鳴恵がいれば、ここまで怒りという感情を露わにした

明里に驚きを隠せなかっただろう。

 それほどまでに、普段の無表情がまるで仮面であると証明するかのように、

明里の顔は激情に燃えていた。


「私を下らない快楽殺人者などと同等になど見ないで下さい」


 さも、心外とばかりに肩を竦めるマロード。

 ティア・ライトは左右の指と指とを重ね合わせて、その間に銀糸を張り早く

も臨戦態勢を取る。


「確かにそうかも。貴様が殺してきたのは、一人や二人じゃない。億、兆、そ

んな単位の命だった。人が作り出したどんな言葉ですら、言い表すことが出来

ない、絶望のそのさらに数段上を行く存在」

「あら、分かってくれてていたんですね。流石、元は私に仕えていただけのこ

とはありますわ」

「あの頃の私は、馬鹿だった。あれだけ、身近にいて貴様の本性を見抜けなか

った」

「私だって、周到に隠してましたから。だって、もし誰かにばれたりなどした

ら、計画は間違えなく破綻していたでしょう。あんな楽しいくて、心が躍り、

全身が快感で歓喜する体験、下々の者にじゃまされてなるものですか」


 マロードは、けして反逆者の中では見せない本性を現しつつあった。

 それは目の前にいるのが、かつての自分を知る数少ない生き残りであったか

らだろうか、それとも、もう反逆者の中で仮面を被る必要性がないと思ったの

だろうか。

 ティア・ライトが動いた。

 五本の指に張った銀糸を迷うことなくマロードへ伸ばす。

 が、銀糸はすべて、マロードが作り出した黒い渦によってあらぬ方向へはじ

き飛ばされしまった。


「貴様は、狂ってる」

「ええ、知ってますわ。でも、狂っているから、欲望が成熟した時の快感は、

常人などにはけして知ることのできない、深みへたどりつくのですよ」


 マロードが作り出した、黒い渦の一つをティア・ライトへ向かって押し出

す。

 すべてを弾く性質を持つその黒い渦に向かい、ティア・ライトは走り出し

た。

 黒い渦の射程に入る。

 そう確信した瞬間、五つの銀糸をすべて地面へと突き刺した。

 力を込め、銀糸を鉄の棒のように張る。

 そして、走る勢いは殺さぬまま、前に走り、力は銀糸へと伝わり、ティア・

ライトを空へと押し上げる。

 棒高跳びの要領で、空高く舞い上がったティア・ライトは黒い渦を飛び越

え、その瞬間、銀糸を地面から引き抜いた。

 黒い渦はあらゆる物をはじき飛ばす。

 その力を逆に使用して、渦が銀糸を押す力を殺すことなく、一気に銀糸をマ

ロードに向かって振り下ろす。

 銀糸と別の黒い渦が再びぶつかり合った。

 しかし、今度は銀糸の勢いが黒い渦に勝り、五つの銀条が闇色の渦を切り裂

いた。

 本当なら、その下にいたマロードすら銀糸は切り裂くはずだった。

 が、ティア・ライトが黒い渦の性質を利用した様に、マロードも黒い渦で自

分自身をはじき飛ばして、何とか事なきを得た。いや、僅かにだが、頬が裂か

れている。


「ふう。やっぱり調子に乗る物じゃないわね」


 手の甲で血をぬぐったマロードは自嘲気味な笑みを刻み込む。

 その表情は、今までのように反逆者と言う仮面を被ったマロードそのもので

あった。

 先程のようなある種狂気じみた雰囲気は完全に払拭されている。


「さあ、昔話は終わりにしましょう、ティア・ライト。あなたも今は何の力も

ない私に構っている暇はないんじゃないのでしょうか?」


 毒気を抜かれたような表情になるティア・ライトだったが、悔しいことにマ

ロードの言うとおりだった。

 かつては歴史に名を残すほどの殺戮を行った彼女であるが、今の彼女にはか

つての力はもうはや無い。

 その仮面の下に隠した狂気と、億万の命を奪った罪は許される物ではない

が、あの力が無ければマロードが出来ることなどたかがしれているのだ。

 今、もっとも危険な存在は、マロードではなく、その上にいる。


 ゴウ!!


 強風が吹いた。

 上を見上げれば、風が目に見えそうなほど圧縮され、四方を余すことなく拡

散していく。

 そう、今もっと危険な存在は『風のティア・ブレス』の使い手、カザミス

だ。

 彼女と明里の相棒が一対一で戦ってそれなりの時間が経つが、二人の強さは

歴然としている。

 いつまでも、ティア・アクア一人でティア・ウィンドと戦っていれば、晴菜

の命は奪われてしまう。


「最後に一つ確認する」


 ティア・ライトも先程まで彼女を突き動かしていた激情を何とか押さえ込

み、いつもの淡々とした声で尋ねた。


「何故、反逆者にいる?」


 マロードは質問には答えなかった。

 変わりに、何もない左腕を持ち上げ、薄く笑うだけであった。

 今、ここで少々の無理をしてでもマロードを殺すべきか。明里は迷ったが、

頭上でさらにもう一度、風が唸るのを聞き、今は過去を清算するではなく、大

切な仲間を救うことを選んだ。

 マロードから視線を外し、ティア・ライトは隣のビルへと飛び移った。

 五つの銀糸を壁にめり込ませて、自分の力で自分を上へと引き上げ、窮地に

立たされているであろう仲間の元へと急ぐ。

 そんなティア・ライトをマロードは攻撃もせずに黙って見ていた。

 いつもかけている銀縁の眼鏡をそっと外すと、スーツの胸ポケットにしまい

込んむ。


「ロッグの野郎は、あんな小さな事で満足できるみたいだけど、私には無理。

全然、足りないわ。

 私の欲望を満たしてくれるのは、やっぱりアレだけね。

 あの力を手に入れるためには使える物は、すべて使わせてもらうわ。だか

ら、せいぜい、私のためにがんばってね、ルイ」


 少し前、ティア・ライトが上から落ちてくるさらに前に、この場で彼女と会

っていた少女の顔を思い出して、マロードはもう一度、薄く笑った。


___________________________________

《絶望に支配されていくビルの屋上》


 緑色の衣に身を包む、褐色の肌。

 それが晴菜の『憧れ』であった。

 『強き一陣』。

 その名にけして恥じない圧倒的強さに追いつきたくて、ずっと彼女は走り続

けてきた。

 その思いは『憧れ』に裏切られた今も消えてはいない。

 強くなりたかった。

 カザミスに負けない程に強くなりたかった。

 だから、この『水のティア・ブレス』を手に入れた。

 だから、鮮血が雨のように降り注ぐ戦いだって乗り越えてくることが出来

た。


(ですが、わたくしの『憧れ』は高すぎたのでしょうか?)


 迫り来る風と風の衝撃の間に、僅かな隙間を見つけたティア・アクアはその

縫い目に左手で作り出した水の矢を撃つ。

 狙い通り、寸分の狂いもなく放たれた攻撃だが、それでも晴菜はこの矢がカ

ザミスに当たるとは思えなかった。

 カザミスは子蝿を払うかのように、無造作に右手を振る。

 それだけで、水の矢の行く先に風の壁が形成され、ティア・アクアの攻撃は

水風船が割れたかのようにいとも簡単に、破裂した。


(カザミスは強すぎますわ)


 ティア・ウィンドが左手を前に突き出す姿が、ティア・アクアは何処か異世

界の景色でも見ているかのような気がした。

 『憧れ』と対峙して改めて思い知らされた自分の弱さに、軽く失望さえ覚え

る。


(やっぱり、わたくしなんかじゃ勝てない!)


 ティア・ウィンドが伸ばした左腕をそのままに体を回す。

 彼女が何をしようとしているのか、晴菜にはよく分かったが、もはや逃げる

体力は残っていなかった。

 カザミスにしてみれば攻撃とも言えないような小細工から逃げるだけで精一

杯だった彼女に、ティア・ウィンドの必殺技から逃げれる術などあるわけがな

いのだ。


「ストーム・メイ・ジェノサイド!」


 カザミスが必殺の雄叫びを上げるのと、晴菜が絶望の悲鳴を上げるのには、

刹那の間すらなかった。

 ティア・ウィンドを中心に360度、四方を余すことなく目に見えるほどに圧

縮された風の津波が巻き起こる。

 何処に逃げようが、けして逃げ場など存在しない、完全無欠の暴風域がティ

ア・アクアを飲み込む。


「ああがぁ、かぁは」


 まるで狼と出会った少女のように、蒼の衣をボロ布のように斬り裂かれたテ

ィア・アクアがコンクリートの上を無様に転がる。

 やがて、その回転は肩を思いの限り踏みつけられた事によってやっと止ま

る。


「がっぁ」


 風の衝撃が体の内部に与えた衝撃は計り知れない。


 何度、内蔵を直に殴ればこれほどの激痛を味わうことが出来るのだろうか。

 何度、脳を直に揺すればこれほどの脳震盪を経験することが出来るのだろう

か。

 何度、骨を直に折ればこれほどまでに体が動かなくなるのだろうか。


 意識を保つことの苦しみ故か、それとも完膚無きまでに負けた事への惨めさ

故か、晴菜の意識は徐々に薄れつつあった。が、しかし。


「ひぎぃぃぃ」


 無情にも、そんな晴菜の脇腹に、彼女の肩を踏みつけている緑色の戦士が風

の弾丸を撃ち込んだ。

 激痛と感じることも出来ない程の、もはや『絶望』と名付ける他ない衝撃が

晴菜の全身を駆け回り、薄れいく意識に無理矢理火花を点火させられる。


「ごめんね、ミシハ。死んだ方が、楽だろうけど、キミを殺すことが私の使命

じゃない」

「ああぁ、んああぁ。ならぁ、どぉ……」


 残っている気力を振り絞り、言葉を紡ごうとする晴菜だった。

 が、身体の器官のもはや九割九分は『ストーム・メイ・ジェノサイド』によ

って殺されてしまったのかもしれない。

 そう思えるほど体は動かず、壊れたように激痛だけを認識する脳が晴菜に残

っていた気力すらも奪い取る。


「喋らない方が、体のためだよ。でも、流石は、『気高き一滴』だね、ミシ

ハ」


 カザミスがほんの僅かに笑ったように、見えた。

 それは、ぼやけた視界が生み出した錯覚だったのか、過去の記憶から作り出

された幻影だったのかもしれない。

 でも、晴菜が見たカザミスの不器用な笑みは、彼女が『憧れ』ていたあの時

のカザミスそのものだった。

 何も出来なくて、化け物に為すがままにされるしか無かったあの日の晴菜を

助けてくれたカザミス。

 泣きながら「ありがとう」って伝えたら彼女は今みたいな不器用な笑みで嬉

しそうに微笑んで、一人で怖かった晴菜を力強く抱きしめてくれた。


(誰か、わたくしを助けて……)


 朦朧とした意識の中に、銀髪の相棒が浮かび、褐色の肌をした憧れが浮か

び、共に霞んで消えていった。

 そして、最後に残ったのは、晴菜の両手をしっかりと握ってくれた黒髪の少

女だった。


(助けて……鳴恵……)


 瀕死という言葉でさえ生ぬるいと思えるほどの状態であっても、晴菜の眼光

は完全に鈍ってはいなかった。

 死の直前という絶望の縁に立たされていても、気高き瞳はまだ折れてはな

い。


(キミは変わったのかな?)


 強い心ほど、実は脆く折れるのは簡単だ。ここまで圧倒的な力の差を見せつ

けられ、完膚無きまでに叩きのめされたティア・アクアの心は必ず挫けるもの

だとカザミスは思っていた。

 特に『強き一陣』に『憧れ』を抱く彼女なら、自分の弱さをまざまざと体に

教え込まれれば、必ず絶望すると確信していた。

 だが、現実は違った。


「お姉ちゃんが言ったの。みんな、私の人形にして良いって」


 不意に背後から声がかかった。

 その幼い声の主はマリオネットの使い手である少女―ルイ―だ。

 階段から繋がるドアが開き、ルイが屋上へと足をおろす。


「でも、ミシハはまだ駄目みたい。まだ心は折れていないし、瞳は希望を抱い

ている」


 ティア・アクアの肩を踏みつけていた足をゆっくりと外す。苦痛を取り除か

れたことにティア・アクアが微かな吐息を洩らすのと、彼女の相棒が屋上に舞

い戻ってきたのは同時だった。

 ティア・ライトが着地と同時に、銀糸を放つ。

 その目標は、カザミスではない。

 この場にもう一人いる反逆者、ルイだ。


「そうなんだ。強いんだね、その人形」


 大蛇のごとく、銀糸が迫るというのに、ルイはまるで気にしない。

 それだけ、人形遣いである彼女は、自分の人形の力を信用しているのだ。


「違う。強いんじゃない、弱いから、希望を抱けるの」


 風が吹き、ティア・ウィンドが動いた。

 風が五つの銀糸をすべて切り裂き、ティア・ウィンドがティア・ライトの脇

腹を蹴り飛ばす。

 銀糸は粒子としてなって消え、ティア・ライトは後方へ吹き飛ばされる。


「ふ~ん。弱い子なら、私いらないや。カザミス、その子、強くしてよ」


 人形遣いの命令に、マリオネットは素直に頷く。

 風が舞う。

 前へ踏み出そうとするティア・ライトを阻むかのように、壁を作り、『輝き

一閃』から大切な相棒への道を吹き飛ばす。

 ティア・ウィンドがゆっくりとティア・アクアを抱えた。

 直視に耐えかねる程、傷ついているというのに『気高き一滴』はまだ意識を

保っているようだ。

 とぎれとぎれであるが、彼女は今、もっとも彼女が必要としている者の名を

呟いている。

 そのか細い声が明里に届くことはない。

 しかし、風がその名を教えてくれた。


「ねえ、コクア。『なるえ』って誰なの?」


 風が爆発した。

 『強き一陣』が生み出す爆風に、ティア・ライトは立っているだけで精一杯

だ。

 ティア・ウィンドとティア・アクアの死闘の結果である水溜まりから数多も

の水飛沫が舞い上がり、世界を風と水だけで支配する。


「晴菜っ」


 やがて、風が止んだ。

 そこに残っていたのは、煌めく銀髪をそよ風になびかせる女性、ただ一人だ

けだった。

 彼女の相棒であるブルーアイの少女も、最強の『ティア・ブレスの戦士』で

ある褐色の女性も、反逆者の一員である幼女も、皆、あの爆風に乗じて、この

屋上から姿を消してしまった。

 素早く、ティア・ブレスの反応を探そうとする明里だったが、見つけ出した

のは、事態をさらに悪化させる現実だった。

 カザミスほどの使い手になれば、ティア・ブレスの反応を消すことなど雑作

もないことだろうし、逆に晴菜ほど傷つけばティア・ブレスの反応は微弱すぎ

て感知することはきわめて困難だろう。


(この二つは分かる。でも、何で?)


 明里の背中に、晴菜を奪われた事とは全く別の恐怖がはい上がってくる。

 晴菜を追いかけることも大事だ。だが、明里は気配を全く感知できない相棒

を追わなかった。

 見捨てたのではない。彼女の仲間は今や、晴菜一人ではないのだ。


(何で、『雷』、鳴恵の反応まで、今にも消えそうなの)


 ティア・ライトは、床を蹴り、ビルからビルへと飛び移っていく。

 晴菜をカザミスに奪われた今、もし鳴恵まで戦えなくなったとしたら……

…。



 『光』、『水』、『雷』の三人に待っているのは、敗北という現実だけだ。



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