4-2:Heroic Strike Part2
《制裁が執り行われている工場》
『制裁』は問題なく進んでいた。
漆黒のライダースーツに身を包んだ男が狩人、命を失う獲物はこの工場の従業員。
男は出会う獲物をけして逃がすことなく『制裁』を加えていく。
獲物達は反撃することもなく、皆あっさりと死んでいく。
もう何人殺したか覚えていない。
確か、13人までは数えていたのだが、それ以降は面倒になってしまったので止めた。
今も『制裁』をくわえてやった。
水色の作業服が血で染まっていく。
ライダー服の男―アーガ―は獲物が絶命したことを確認すると無造作に首筋に突き立てていたナイフを抜き取り、事切れた死骸を近くのパイプの下に放り投げた。
『制裁』が行われていることがばれた所で、どうせここにいる者は皆殺しなので問題ないのだが、ばれずに済むのならそれに越したことはない。
アーガは次の獲物を探した。
『制裁』は娯楽ではない。
命令であり、仕事である。庭に生えた雑草を抜くかのようなつまらない作業だ。
さっさと終わらせて、人間どもを思う存分心行くまで傷付け、悲痛な叫び声しか木霊しないあの拷問室の仕事に戻りたかった。
まだ、拷問室の方が人間を痛めつけるだけ痛めつけて殺せるのでやりがいがある。
そんなことを考えているうちに次の獲物を見つけた。
宇宙船に帰ったらシャーグルによって捉えられた人間にどんな拷問を与えてやろうかと考えながら、作業員の首に真っ正面からナイフを突きつけた。
作業員は即死だった。
大人には飽きたから、たまには子供や老人でも良いかもなと思いつつナイフを抜いた。
床に倒れる作業員。
そろそろ死体を隠すのも面倒になってきた。アーガは死骸をサッカーボールのように蹴り上げた。
すると死骸はまさしくサッカーボールであるかのように飛び、天井の柱と柱の間に見事に挟まった。アレでしばらくは見つからないだろう。
さて、次の獲物だ。
「ウォーター・レイ・アーチェリー!」
アーガの背中を歓喜の旋律が走り抜けた。
幾重にもわたる死線をくぐり抜けてきた者だけが感じることが出来る、殺し合いへの渇望した餓えが満たされる瞬間だ。
アーガは素早く身を屈めると、背中から狂い無く彼の心臓を狙ってきた水の矢をやり過ごした。
起きあがると同時に後ろを振り向く。
アーガの前に立っているのは二人のティア・ブレスの戦士だった。
一方は透き通った青い瞳をつり上げた少女。
『プラント・ゼロ』を脱出する時に見た顔で、『水』のティア・ブレスをつけている。
もう一方の長く美しい黒髪が印象的な女性は初見だったが、『雷』のティア・ブレスをしているところを見ると、彼女がシャーグルの報告にあった新しい敵か。
「名乗りもなく、いきなりとは、卑怯だな、おい」
『水』のティア・ブレスをした戦士―ティア・アクア―は、右手の人差し指と中指だけを伸ばし右手全体で銃のような形を作りながら、その銃口をアーガに向けたまま外さない。
一方、雷のティア・ブレスをした戦士―ティア・サンダー―はティア・アクアから一歩引いた所で戦況を見守っている。
「わたくしたちの使命は、あなた方反逆者を始末して、奪取されたティア・ブレスを奪還することですわ。あなた方のような者どもと正々堂々戦えとは一言も言われておりませんわ。それにわざわざ虫を殺すのに了承を得る者は居なくてよ」
ティア・アクアが全く淀みのない口調で言う。
彼女は本気でそう思っているのだろう。
アーガは人間達に制裁を与えるのが草むしりのような事と思っているのと同様、ティア・アクアに取って反逆者と戦うことは害虫駆除みたいな事だろう。
一々相手のことなど考えない。
ただ、倒せばそれで良いのだ。
「ふん、言ってくれるぜ。そっちがそのつもりなら、こっちも本気で殺させてもらうぜ」
「かまいませんわよ。あなたごときに何ができるのかはぞんじませんが」
アーガとティア・アクアは同時に動いた。
ティア・サンダーは完全に二人から取り残された形だ。
動けず、二人を目で追うだけで精一杯だ。
二人の狩人は工場という限られた戦闘フィールドで縦横無尽に動き回っている。
アーガの武器は両手に持ったナイフで、ティア・アクアの武器は伸ばした人差し指と中指から放たれる水の矢だった。
二人の速さにはそれほどの相違は見られず、近づいては離れて、離れては近づいてを繰り返している。
二人とも一秒たりとも同じ場所にはおらず、互いに有利な場所を取り合っている。
(この勝負、明らかに晴菜の方が有利だ。だけど、あいつの動きはなんだ?)
近寄れず、又離れられない状況が続くのなら、遠距離攻撃を持つティア・アクアの方が断然有利なのは誰にでも分かる。
現に、アーガはナイフで捌ききれなかった数本の水の矢で致命傷とまでは行かないまでもいくつかの切り傷が体に刻まれている。
(何故、晴菜に近づかない。オレならもっと近づける。あいつだって、そうだ。それなのに近づかないのは、離れていても晴菜を倒せるすべがあるからなのか?)
アーガの動きは鳴恵の目には奇妙に写った。
まるで晴菜の周りに境界線でもあるかのようにある距離以上絶対に晴菜には近寄らない。
それはまるで、自分にとって最適な狙撃場所を何度も探しているように見えてならなかった。
「ウォーター・レイ・アーチェリー!」
ティア・アクアが必殺の矢を放つ。
晴菜も鳴恵同様にアーガの動きに疑問を抱いたのだろう。
アーガが何か策を練っていたとしても今の状況で俄然有利なのはティア・アクアの方だ。アーガは常に後手後手に回らずを得ない内にケリを付けるつもりだ。
一段と大きな激流のごとき、水の矢がアーガに迫りくる。
直撃すればアーガの命はない。
それでもアーガは奥の手を残した。
完全に避けられないと分かっていながら、横へ全力で飛ぶ。
左の二の腕の肉を半分ぐらい持って行かれながらも、敵が射程内に入る場所を探し求めるのを止めない。
出血がひどいのか、肉と共に神経も持って行かれたのか、左手に力が入らずナイフが滑り落ちる。
前を見ればティア・アクアが右手に『水』の力をため第二射を今まさに放とうとしていた。
その横ではティア・サンダーが不審な目でアーガを見ている。
ついに敵が射程に入った。
アーガが不適に笑うのをティア・アクアもティア・サンダーも見逃さなかった。
敵が動き出す。
ティア・サンダーは拳を握りしめ、ティア・アクアは左手にも『水』の力をためる。
不意にアーガの姿が消えた。
忽然と、何の予備動作もなく、二人の視界から消えた。
鳴恵と晴菜の違いはここに出た。
戦闘に不慣れな鳴恵は状況を理解するまでに様々な仮説が頭を通り過ぎ、理屈でアーガが消えた理由を考えようとした。
対する晴菜は理屈など無視した。
ただ、アーガが消えた現実だけを素直に受け入れた。
素早く右手に大きくためていた『水』の力をあさっての方向に切り離し、より小回りが利く小型の水の矢を練り作っていた左手に力を集中する。
それらの動作をアーガが消えたと視界が認識した瞬間に行う。
気配と殺気と物音は背後から来た。
アーガが消えてからコンマ1秒も経っていない。
アーガには瞬間移動の能力があった。
だから、必要以上には近寄ってこないで、晴菜から常に一定の距離を保ち、彼女がアーガの瞬間移動の範囲に入るその時を待ち続けていたのだ。
そんなことを言葉でなく直感で理解しつつ、ティア・アクアは左手だけを後ろに向け、水の矢を撃った。
振り返って目視するには敵は近すぎる。
散弾型に練った水の矢だ。
敵の動きを食い止めるぐらいにはなるだろう。
だが、散弾が敵に当たった感触はなく、それどころか確かに背後にあった気配までもなくなっている。
(あいつは、連続して瞬間移動を行うことが出来ると言うのですか?)
それなら、何故わざわざ射程距離に入るまで攻撃を待っていた?
これだけ連続して使うのならもっと遠くからでも一瞬で晴菜に近づけることが出来ただろうに、何故?
そんな疑問はすぐに解消した。
晴菜の視界がアーガの姿を捕らえたのだ。
だが、それは晴菜にナイフの刃が刺さるような近距離ではなく、状況に取り残されて反応が遅れたティア・サンダーの前にだった。
(しっまた。あいつの狙いは、わたくしではなく鳴恵の方。待っていたのは、わたくしが射程内に入るのではなく、わたくしと鳴恵の両方が射程内に入る時だったのですね)
ティア・アクアの体に戦慄が走った。
自分の放つ水の矢とアーガの刃がティア・サンダーに突き刺さるのはどちらが早いか。
考えるまでもなく後者だ。
それでも、鳴恵がアーガの一撃目を見切るのを信じて、ティア・アクアは右手に新たに作っていた水の矢を反逆者掛けて解き放つ。
今、ここに戦いにおける先手と後手の立場は完全に入れ替わった。
戦いの先導権はアーガの手の中にある。
そして、三度、アーガの姿がティア・アクアの視界から消えた。
消えた敵が次に何処に現れるか、晴菜には消えた瞬間に分かっていた。
だが、理解していたとはいえ次の対抗策を打つ時間はあまりにも短すぎた。
(なんて周到な奴なのでしょうか。この男の狙いは最初からわたくしの方。瞬間移動で翻弄してわたくしに練った『水』の力をすべて使わせて、丸腰となった所を仕留めにかかる。あの反逆者、害虫にしては頭が働くようですわね)
「嫌な状況ですわ」
ティア・アクアの呟きと共にアーガがその姿を現した。
気配は左から。
ナイフがティア・アクアの衣もろとも左腕を切り裂く。
苦痛に顔をゆがめるが、切り落とされたわけでもないし、出血が酷いわけでもない。
これならまだ、戦える。
ティア・アクアは拳を握りしめ、右手を思いっきり振り上げた。
狙いは、アーガの顎だ。
これだけ近寄られると、もう『水』の力を使う小細工よりも、純粋な打撃戦に持ち込んだ方が戦いやすい。
しかし、ティア・アクアのアッパーは完全にアーガに見切られた。
自分の体に違和感を感じた。自身の体の動きが鈍く感じられる。
(全く、何処まで周到な奴なのでしょうか? あのナイフ、毒が塗られていたのですね)
これで、接近戦に持ち込むことも難しくなった。
相手は一手一手確実にティア・アクアを追い込んでいく。
一体、どんな種類の毒を塗っていたのかは分からないが、無駄な時間の消費はそれだけでティア・アクアを死へと追い込んでいく。
ティア・アクアに勝機があるとすれば、それは毒が回りきっていないこの瞬間だけだ。
晴菜は無防備になるのを覚悟で、右手に『水』の力を集中させた。
もちろんアーガはティア・アクアに生まれた隙を見逃すこともなく、彼女の次の一手が何であるかも理解した。
(さあ、何処を狙って参りますか? お好きなところを刺しなさい。その瞬間にわたくしもあなたを射抜いて差し上げますわ)
晴菜は相打ち覚悟だった。
一撃で、それも完全な即死で晴菜を殺さない限りアーガもティア・アクアと同じ運命を歩んでしまう。
アーガの狙いは心臓のある胸か、いや違う、脳髄のある頭だ。
「ライジング・ゴウ・インフェルノ!」
アーガが狙いを定めた瞬間、轟音が鳴り響いた。
粉々に砕かれたコンクリート片と水蒸気が舞い、霧であるかのようにアーガと晴菜の視界を覆い隠した。
一瞬、状況が理解できなかった。
予想外の出来事に、ほんのわずかではあるが、アーガの動きが止まる。
その刹那に戦いにおける先手と後手はまたしても入れ替わっていた。
「ウォーター・レイ・アーチェリー!!」
アーガの眼前に激流を伴った水の矢が現れる。
反逆者は最後の最後で獲物を取り逃がせばならない悔しさに奥歯をかみしめ、激流の前から姿を消す。
必殺の一撃を外したと言うのに晴菜は冷静だった。
体は毒に犯されそろそろ動きが取れない。
それでも、後二手は晴菜に残されていた。
無理せず体の力を抜く。
ティア・アクアの体が地面に崩れ落ちるのに遅れること刹那。
ティア・アクアの頭上をアーガのナイフが通りすぎる。
これで、一手稼いだ。
(周到な害虫さん、次はどうしますか?)
背中から反逆者の気配が消えないことを内心で笑いながら、ティア・アクアは息絶えたようにコンクリートの地面の上に横たわった。
毒は既に全身に回っていて、指先一本すら動かせそうにない。
だがこれでまた、一手稼いだ。
反逆者は立ち、ティア・アクアは横たわっている。
つまり、アーガは横から下へとそのナイフの動きを変えなくてはならず、そこには必ず間が生まれてしまう。
合計、二手分の動きを反逆者は『彼女』に許してしまったのだ。
(さあ、これだけ稼げばいくらあなたと言えでも十分でしょう)
後ろから反逆者の殺気を感じる。横から『彼女』の輝きが見える。
「やあぁっ!!」
ティア・サンダーの拳が、アーガの右手を打つ。
予想外の衝撃にアーガの体勢は崩れ、ナイフの軌道はティア・アクアの背中から完全に反れてしまった。
アーガは晴菜を翻弄するために何度も瞬間移動の能力を使い続けていた。
あれだけ能力を連発されるといくら戦いに不慣れな鳴恵といえども、アーガの能力が何であるのか理解することが出来たし、晴菜が稼いでくれた時間があれば離れた場所にいる彼女の元に近寄ることだって出来る。
これは完全にアーガの失念だった。
シャーグルから、『雷』のティア・ブレスの持ち主はこの星の住民と聞かされたときからどうせ大した玉ではないと思っていたし、この戦いにおいてもティア・サンダーは何も手を出せないでいたために後で始末すればいいと考えていた。
戦いにおいて厄介なのは戦いを知り尽くし遠距離攻撃を持つティア・アクアの方だった。
だがしかし、ティア・サンダーの方も一人前ではないとしても、半人前ではあったわけだ。
アーガが隙を見せれば、そこにつけ込むぐらいはやってのける。
ティア・サンダーのもう一方の拳が体勢を崩したアーガに迫り来る。
こんな体勢ではいくらティア・サンダーの後ろをとった所ですぐには攻撃に移れない。
瞬間移動の能力は、名のごとく瞬間的に場所を移動するだけで、体勢を変えることは出来ないのだ。
このままでは負ける。
そう結論づけたアーガは仕方なく一度、二人のティア・ブレスの戦士達から距離を取り、もう一度彼女たちを策にはめるためここは一時戦線を離脱することを選んだのだった。




