4-3:Heroic Strike Part3
《血の臭い漂う工場内》
白を下地に赤い線が螺旋状に描かれた煙突からは白い煙がもくもくと出ていた。
この星に来る宇宙船で勉強した時は、この国はかつて自ら住む星の空気と大地と、そして、海を汚していたという。
その後、過ちに気づいた国民達は少しずつ、星を汚すのを止めていったらしいが、果たして気づいたのは間に合ったのか。
そして、今も少しずつこの星の水は汚れていく。
それは故意によるときもあれば、事故によるときもある。
今もこの瞬間にもこの星の海は何処かで汚されているのだろうか?
冷たいコンクリートの壁に背中を預けながら、晴菜はぼんやりとそんなことを考えていた。
「全く、大丈夫か、晴菜」
既にティア・アクアへの変身を解いており普段着になっている晴菜は、隣に座る鳴恵をにらみつける。
毒により体がしびれて口が動かせないのだ。
「気安く名前を呼ぶなってか」
それでも、晴菜の言いたかったことは鳴恵に伝わったようだ。
あれだけ毎日、オウム替えしのように言い聞かせていた効果かもしれないが、鳴恵は全く気にせず、彼女の名前を呼ぶ。
「でも、良かったな、晴菜。即死性の猛毒ではなく、ただの痺れだけですんで。しかも、お前達の宇宙船に解毒剤があるんだろう」
そう、アーガのナイフに塗られていた毒は体内の神経を麻痺させる毒であり、それだけでは死ぬことはない。
しかも、『プラント・ゼロ』では拷問に使用する有名な毒であり、普段は解毒剤と一緒に使用する物だった。
つまり、毒で痛覚を麻痺させている間に体中をいたぶり、解毒剤で一気に痛覚を戻し、一度に体の数カ所を同時に拷問された激痛を与えるのだ。
そんな有名な毒であったために、晴菜達も反逆者への拷問用にとこの星に持ってきていた。
今、解毒剤を明里が取りに行ってくれている。
「さあ、明里が戻ってくるのが早いか、あの反逆者が戻ってくるのが早いか、賭だよな」
両手を頭の後ろで組み、晴菜同様にコンクリートの壁に背中を預けながら鳴恵がまるで他人事のように言う。
そう、これはある種の勝負だった。
明里が一度戦線を離脱して、晴菜が毒により動けない今、この戦場で反逆者と戦えるのは鳴恵一人なのだ。
戦士としては、明らかな未熟者で半人前の彼女だけであの反逆者とまともに渡り合えるとは晴菜には思えない。
計算すると明里が戻ってくるまで、後五分近くかかる。
果たしてそれまで敵は身を潜めてくれているか。
もう敵の能力については分かった。
晴菜が動けるようにさえなれば、いくらでも手を打つことが出来る。
だが、動けなければ何も出来ないマネキンだ。
「なあ、晴菜」
言葉に反応して、晴菜はもう一度鳴恵をにらみつける。
「だから、睨むなって。まあ、それだけ元気があれば大丈夫だろうけど、安心して良いぞ」
そう言って、鳴恵は晴菜の頭に片手を乗せ、そこに力を掛け一気に立ち上がった。
「晴菜は、オレは絶対に守ってやる。あの時のママがオレを守ってくれたようにな」
そして、晴菜を守るように一歩前に出る鳴恵。不覚にもその鳴恵の背中が『彼女』の後ろ姿にだぶって見えた。
『彼女』と鳴恵には天と地ほどの差があるというのに、一体何が二人に共通しているといのだろうか。
(嫌な状況ですわね。でも、少しだけ、本当にほんの少しだけですが、今の言葉嬉しかったですわよ、鳴恵)
そんなことを考えていた晴菜だが、次の瞬間にはその表情は険しくなる。
明らかな殺気を感じたのだ。
あの反逆者はもうすぐそこにまで来ている。
刻一刻と晴菜と鳴恵の命を奪う瞬間を狙っている。
敵がいることを鳴恵に伝えたかったが、毒のせいで口が開けない。
立ち上がったということは鳴恵も反逆者の存在に気づいたからかもしれないが、その立ち姿は隙だらけだった。
ここままでは賭に負け、晴菜と鳴恵の二人の命は奪われてしまう。
「いくぜ、反逆者!」
気勢のはった雄叫びの元、鳴恵がティア・ブレスを眼前に掲げる。ティア・サンダーに変身するつもりだ。
確かに、反逆者と戦うのならばティア・サンダーに変身しなければ勝てないだろう。
しかし、そこにはどうしようもない隙が――瞬間移動を有するアーガからすれば十分な隙が――生まれてしまうのだ。
「ティア・ドロップス……」
(駄目ですわ。そんな、自ら屍になるような愚かな行為、止めなさい、鳴恵!)
晴菜の心の叫びは、鳴恵には届かない。
右の親指がティア・ブレスに埋め込まれた球体にふれる。
姿の見えない反逆者の気配が動いて、消えた。
(鳴恵が殺されるっ!)
「コントラケット!」
ついに誓約の言葉が唱えられた。
鳴恵の頭上にナイフを構えたアーガが現れた。
しかし、ティア・ブレスが奏でるはずだった水面が共鳴するかのような音は響かなかった。
アーガと晴菜が驚愕に打ち振る中、ティア・サンダーではなく、神野鳴恵は素早く頭上を仰ぎ反逆者の両手を押さえつけた。
そのままアーガを引き寄せ地面に打ちつけると、自身は馬乗りのような形でアーガの動きを完全に封じ込める。
「お、お前っ」
「ふん、いくぜとは言ったが、オレは変身するとは言ってないぜ」
「騙したのか!」
「そっちが、勝手に勘違いしただけだろ」
そう言いつつ、鳴恵はアーガに頭突きを食らわす。
確かに、今の鳴恵がもっとも心がけなくてはならないのは、アーガを倒すことではなく、明里が解毒剤を持ってくるまでの時間を稼ぐことだ。
この馬乗りの状態を保ったままでいれば時間を稼ぐことは可能かもしれないが、忘れはならない、敵は瞬間移動の能力を持っているのだ。
「お前、半人前の癖にいい気になるじゃねえぞっ!」
鳴恵の頭突きがよほど癪に障ったのか、アーガが吼える。
そして、アーガを掴んでいる鳴恵もろともその姿が消える。
次の瞬間に、二人の姿が現れたのは二人が消えた場所の真上だった。
アーガが下、鳴恵が上の状態はそのままに重力に従い、落下する。
アーガは自分が何時、何処へ瞬間移動するかもちろん分かっていた。
しかし、鳴恵は分かるはずもなく、いきなり空中に放り出された状態になった鳴恵は馬乗りの状態のバランスを崩す。
死んでも、アーガの手は離さない覚悟だったが、その手を逆に引き寄せられアーガと抱きつくような格好になる。
「先に殺す」
アーガが鳴恵の耳元で宣言すると、彼は半身を捻り、抱き合うような格好だった鳴恵と上下を入れ替えるのだった。
これで、鳴恵が下、アーガが上になった。
敵を捕らえていた者は逆に敵に捕らわれる立場になってしまったのだ。
このまま地面に激突すれば衝撃で鳴恵の手がはずれるかもしれない。
もし、外れなくても上に乗るのはアーガだ。
握られた手をほどくことは難しくない。
罠にはめられた恨みと、先ほどの頭突きの借りを何処を刺すことで返してやろうか。
勝利を確信したアーガはそんな事を考えており、自分がまだ鳴恵の手の上で踊っていることには気づいていなかった。
鳴恵が地面に衝突する瞬間、彼女はアーガの体ごと左手を思いっきり引き寄せ、体より先に左手を――正確には左手のティア・ブレスに埋め込まれた宝石を――地面にたたきつけた。
今度こそティア・ブレスが放つ水面が共鳴するかのような音を響かせる。
「ティア・ドロップス コントラケット!」
アーガと晴菜の視界が光で白く染まる。
この瞬間、アーガにとっては確実に敵を殺すことが出来る間が生じたというのに彼は動くことが出来なかった。
予想外のタイミングでの変身と変身中も消して離れることのない彼女の両手がアーガの動きを阻害しているのだ。
「雄々しき一撃 ティア・サンダー」
光が消え、神野鳴恵は今度こそ、その姿をティア・サンダーに変えた。
黄金の装甲服に身を包んだ彼女の手が、さらにきつくアーガの手を握りしめる。
アーガが身の危険を感じたときは既に遅かった。
今まで、彼の動きを封じ込めていたこの手はただの人間の手で、動きを押さえるぐらいしか出来ていなかった。
しかし今、鳴恵がティア・サンダーに変身した今、この両手は彼女にとって唯一無二の必殺武器となる。
「ライジング・ゴウ・インフェルノ!!」
ティア・サンダーの両手が黄金に光り輝き、アーガの体に高圧電流が一気に流れて込んできた。
そう、拳で殴らなくても、拳で触れてさえいれば十分だ。
アーガの絶叫が木霊するが、それに負けないように鳴恵も雄叫びをあげ、拳できつく、強く、腕を砕くほどにアーガの手を握りしめる。
ティア・サンダーの拳から黄金の火花が散る。
雷撃がアーガの身を焦がす。人体が焼ける嫌な臭いが鼻孔をくすぐった。
アーガの両手は焼け落ち、ティア・サンダーにまたがっていた焼死体が重量に従い、黄金の衣の上に倒れ込んできた。
雷撃はやっと止んだ。
(殺したのか……? オレは一人で、反逆者を? ははは、ママ。生き物を殺すって嫌な感覚だな)
胸に乗る焼死体をどかす気力もなく、鳴恵はただ天井に縦横無尽に配列されたパイプの束を静かに見つめていた。
涙は流れてこなかったが、自分が進み道の険しさはあのパイプのようの配列のような無情なのだと思い知った。
鳴恵がアーガを倒してから数分後、明里ことティア・ライトが解毒剤を持って晴菜と鳴恵の元に戻ってきた。
その頃には鳴恵も体の上からアーガの焼死体をどかして、明里がここを離れたときのように動けない晴菜の隣に座っていた。
そんな鳴恵に明里は解毒剤を渡して、
「鳴恵さん、それは口移しじゃないと意味がない」
などを軽く冗談を交えて――鳴恵と晴菜の顔は面白いぐらいに赤に染まったが――その使い方を鳴恵に説明した。
なんて事はない、要は注射器と一緒だ。体内に直接流し込めばいいのだ。
あいにく注射器はなかったので、悪いと思いながらも晴菜の皮膚を切り裂き、血管に直接流し込む。
元は拷問用で、一気に痛覚を復活させるための毒であるため、その効果は早かった。
瞬間的に全神経に電流が行き渡るのを感じて、次の瞬間には晴菜は自由を取り戻していた。
自由を得た晴菜がまず最初にしたことは、目の前にいる鳴恵の顔を思いっきり殴ることだった。
パーではなく握りしめグーでの一撃は小刻みな音ではなく、もっと鈍く腰に響くような音を立てるのだった。
完全な不意打ちに尻餅をついた鳴恵は、しかし怒りはせず、苦笑いを浮かべつつ元気になった晴菜を見る。
「つう。一撃からコレとは流石、晴菜だぜ。あ~痛っ」
「約束したはずですわ、わたくしの許し無くかってにティア・ブレスの力を使ってはならないと。ましてや一人で反逆者と戦うなんて言語道断ですわ!」
「だが、あの場合はオレがやらなちゃ、オレも晴菜もこうして生きてないぞ」
「うるさい。わたくしの許可無く、勝手に変身することも、勝手に戦うことも、勝手に死ぬことも許しませんわ。あの場合、あなたはわたくしを置いて逃げるべきでした」
「オレはそんなこと出来ねえし、ママだって絶対に逃げたりしない。だから、オレは戦った!」
二人の痴話喧嘩をまるで打ち寄せる波を聞くかのように明里は穏やかに耳を傾けている。
正直、彼女が間に入る隙もないほど仲の良い二人だ。
そして、彼女はあることに気づいた。
晴菜の口から「気安く呼ばないで下さる」といつもの台詞が聞こえてこないのだ。
鳴恵は何度も何度も『晴菜』と連呼しているのだが、晴菜は今までのようにそのことには突っ込まない。
(晴菜、口じゃアレだけど、やっと鳴恵さんを仲間に認めた)
明里は口元を優しく綻ばせた。
が、すぐに笑みは引きつった笑いに変わる。
「じゃあ、ハル。そんな大口叩くのなら、毒なんかに負けるな!」
空気が凍った。
それまでマシンガンのように言い争っていた晴菜は急に無口になり、キョトンとした顔つきで自身を指さす。
「ハルってもしかしまして、わたくしの事を仰っているのですか?」
「そうさ。お前以外に誰がいる? 晴菜だから『ハル』分かりやすいだろう」
びっしと晴菜を指さして鳴恵は無邪気に破顔する。
晴菜の顔がまたしても真っ赤に染まり初め、肩が小刻みに震え出すのを明里は何処か遠くでも見るような目で見ていた。
(鳴恵、凄い。晴菜に仲間として認められるだけじゃなくて、もう一段階上を目指している)
明里は『雷』のティア・ブレスが鳴恵を選んで、晴菜と巡り合わせてくれた運命に心の中で感謝した。
同時に、晴菜は『雷』のティア・ブレスが鳴恵を選んだことを心底呪った。
「わたくしを、気安く呼ぶな!」
結局、この台詞はもうしばらく晴菜の口から消えることはないようだ。
ぼんやりとそんなことを考えた明里は、再開した二人の痴話喧嘩にまた耳を傾けるのだった。




