第二幕前半 戦いを見据える者たち
騎士伯が去った後、残された北方諸侯は先を見据え、言葉を交わす。
侯爵邸の広間。
巨大な机の上に一際大きな王国北方および帝国南方の地図。
王国・帝国の全体図などが並べられている。
その机を、元北方大将軍(元大将軍)、会の主催たる若き侯爵(若き侯爵)、そして若き侯爵の招きに応じて集まった一部の北方諸侯が囲んでいる。
元大将軍
まず、今回我らが挑み負けた帝国の南方防衛都市、サニラス。
帝国側から見て、第一関、第二関は大体サニラスから等距離ーー二等辺三角形を描くように作られとる。
元大将軍
今更じゃが、説明しておくかの。
サニラスの最終防衛線であるこの二関は、それぞれ高台にあり落としにくい。
1箇所が攻められれば残り2拠点から援軍が出る。
無視すれば背後を突かれる。
よぉこんな都合の良い地があったのぉ。
無骨な男爵
都合良い地形だから防衛線を引いたのでしょう。
元大将軍
面白みがない返事をするでないわ。
いいか、最終防衛線、相互防衛地点である故ーーそれぞれが兵を数多必要とする作りをしておる。
更に高台故に水の便が悪い。
攻められれば相互に連携し、食料や水、兵を運び入れるのが定石の作りじゃ。
サニラスほどの都市がそばにある故の贅沢じゃな…。
若き侯爵
王国から運ぶとなると、ゼンダン河を越える必要がございますなぁ。
これは良くない。
元大将軍
年寄りに気持ちよく喋らせてくれるのぅ。
第三関は、二つの関からサニラスまでの距離の2倍から3倍ほど。
ゼンダン河を渡河してくる王国兵を迎え撃つ形で敷かれておるの。
若き侯爵
私は祖父に可愛がられましてね。
ご老人の部下でございましたが、覚えておいでですか?元北方大将軍閣下。
元大将軍
今更念を押すことか?
そなたわしの弟子であろうが。
第三関は当然、川向から攻めてくる王国軍を迎え撃つための関じゃな。
一方で、帝国側にはある程度開けとる。
ま、そりゃそうじゃ。
正面には大河。
それも北方周辺だと渡河しやすい場所はここしかないーーいや、正確に言うともう1箇所あるが、今は関係ないの。
白髪の侯爵
関係ないと言われれば聞きたくもなりますが…。
元大将軍
神殿領じゃ、それも神域じゃから、戦には使えんーー大昔に一度、大枚叩いて渡ったがの。
そのせいで軍は壊滅するわ、神官長以下10人死ぬわーー。
ーー今の神官長は絶対認めんわ。
年嵩の伯爵
おや、もしや50年前のゼーレ神の神罰騒ぎの元凶は…。
元大将軍
わしを見るでないわ。
わしは当時ひよっこじゃ。
作戦立案なんぞに関わっとったはずがなかろう。
ーー関わった先々代陛下以下、要人が悉く一夜のうちに血を吐いて亡くなられたしの。
厄介な疫病と誤魔化したがーー。
げに恐ろしきは神罰じゃぞ、若造。
若き侯爵
そんな国家機密をさらりと明かされても困りますな。
見てください、皆顔がこわばっておりますぞ。
元大将軍
フン。
南方やらに唆されてあの道を使おう何ぞと言い出すものが出ても困ろう。
ほれ、ここでの話が外に出たら国家の威光を守るため全員処刑じゃ。
王が神に罰されたなどのぅ。
せいぜい口の関をよく守れよ、若造ども。
男爵家子息
あ、あの侯爵閣下方のお話に口を挟むご無礼をご容赦ください。
第三関も返してはいけないのでしょうか…?
元大将軍
間違ってはおらん。
第三関まで返せば、今度は王国が渡河地点で待ち構えられるーーが、無意味じゃな。
元大将軍
まず、単純に帝国が攻めてこぬなぁ。
第三関まで取り戻せばひとまず防衛線は整った、サニラスを攻められることもない。
落ち着いて国を建て直せば済むのじゃからな。
元大将軍
即席の軍で敵軍が待ち構える中渡河を伴う行軍…死にたくないのぅ。
元大将軍
そしてあの男、騎士伯なんぞと呼ばれてる小僧も第三関は返せん。
返してしまえば、手柄は河に取られるの。
あれが守ったのではない、河のおかげで守られたのだ、とな。
若き侯爵
第三関を守れましたら、ゼンダン河の利権もこちらに転がり込みますしね。
この河川を我らのものにできれば、河を使うたびに帝国に金を払わず済みますな。
中年の子爵
ゼンダン河がこちらのものになれば…北海まで出ることが叶うーーということですかな?閣下方。
若き侯爵
そこまで単純ではありますまい。
まだこの先にも北海までいくつも国がある
が、小国が多いのも確か。
この辺りに我が国で新たな水利拠点を設けることがかなわばーー東方にある大国からの荷や、通行税でずいぶん潤うことになりましょう。
元大将軍
あの小僧もそうなれば大手柄じゃのう。
ゼンダン河の利権は我ら北方の悲願でもある
故にーー第三関は返せぬのじゃよ。
返してしまえば、おめおめと美味しい餌を前に引き下がった臆病者呼ばわりじゃ。
これまでの功績が吹き飛ぶーーとは言わぬが、大きな傷がつくのぅ。
伯爵家嫡男
で、ですが先ほど、第三関は帝国側から守るに難いとーー。
元大将軍
関として守ろうとすれば、守りにくいのぅ。
若き侯爵
野戦ーーですかな。
元大将軍
祖父の薫陶が効いとるようじゃなぁ。
そうじゃな。
わしが帝国ならばーーまず第一関・二関を奪い返そうとするの。
元大将軍
王国は二つの関を戦わず放棄する。
先も言うたな。
あの砦はサニラスのあること前提の作りじゃ。
無理矢理守ろうとてーー包囲されて干殺しじゃの。
一・二度は守れても、あそこが王国の手にある限り帝国は諦めん。
消耗戦が続くのぅ。
サニラスまで奪ってしまおうにも、今我らに奪った後で占領し続ける軍がない。
元大将軍
あっけなく二つの関が返ってきた帝国はどう思うかのぉ。
幸運じゃ、これだけ手に返ってきたのだから満足しよう?
ーー目の前で王国の大軍が、それも北方公の嫡男が水に飲まれて死ぬのを見た帝国が、そんなにお行儀良く飲み込めるかの。
元大将軍
勝ちにはやる即席の軍じゃ。
わしは率いたくないのぅ。
元大将軍
最終防衛線まで攻め込まれーーサニラス目前で大損害を与えられた敵が逃げている!戦わずに!
追いかけたいのぅ…美味しい餌じゃ。
わしなら第一関・第二関から退却する際にわざと無様に逃げさせるの。
てんでバラバラ。
潰走するように撤退させてーー。
ここ、第三関の前の平野に引き出すわ。
男爵家子息
偽装退却ーーうまく行きますか?
元大将軍
わしならーー砦の兵を麾下の精鋭に入れ替える。
今なら帝国側も十分な物見をする余裕がない。
後詰のような顔をして、信頼できる部下に任せた最精鋭を二つの砦に詰めさせる。
元大将軍
ところでの。
第一関・二関はまだ我らの手にあるの。
と言うことはーー第三関までの間を、帝国側もなかなか頻繁に斥候を出せるとは言えんな。
元大将軍
ここ。
街道沿いに少し外れて森があるのぅ。
なかなか深い森じゃ、いいのぅ…。
あとはこの山。
崖。
うん、色々あるなぁ。
元大将軍
バラバラに逃げる兵。
少しずつ減っていっても、中々気付かれんだろうのぅ。
何せ相手は斥候も不十分。
壊滅した敵を追いかけるだけ。
脱走兵なんて負け戦にはつきもんじゃのぅ。
追う戦はーー逃げる敵を追い詰める早駆けは楽しいぞ。
狩のようなもんじゃて、背後の注意も疎かになる。
元大将軍
追いかけて追いかけてーー一昼夜、二日。
わしは練度的に二日と見るがーー第三関前の平野に出てきてーー獲物は、明らかに攻め易そうな脆弱な砦に吸い込まれていく。
お主ならどうする?
元大将軍
相手の脆弱な砦の背後には河。
中にいるのは哀れな敗残兵。
さぁいよいよ憎き敵を追い詰めたーー。
若き侯爵
私なら…一気に、攻めかかりますね。
元大将軍
そうじゃの。
わしでも抗えるかわからんの。
何せ追い詰められたところから奇跡のような勝利続きじゃ。
あの都市の守将が来ておったら別じゃがな。
あれはサニラスを立て直すためにも動かせまい。
元大将軍
あの守将、随分若いと聞いとるが、腰の座った良い戦をするわい。わしの好敵手の孫か、弟子か。
守る手筋がよう似てとるわ。
あの小僧と言い、まったく最近の若いやつはどうなっとるんじゃ。
元大将軍
そもそもサニラスの守将が軍を率いていればーー第一関・二関を取り返した時点で追撃やめるの。
これ以上の消耗はしたくなかろう。
ま、それならそれで良い。こちらも第三関を守れるだけで大金星じゃ。その後、あの若造が再び突き上げられる事になるかもしれんが、帝国内で占領地を維持した実績とーー何より貴重な北方建て直しの時間が稼げるわい。
元大将軍
そう言うわけで、第三関に敵は踊り掛かる。
ここで見てほしいのじゃが、第三関は川に平行に長く伸びとるの。
厚みはさほどでもないの、背後からくる敵など想定しておらぬからな。
高さもなかなかじゃな、弓が遠くまで届く。
当たり前じゃな、渡河を防ぐための作りじゃ、なるべく長く塞ぎたい。
元大将軍
高く長い城壁ーー多少の薄い砦が挟まったとて、勢いよく一塊に向かってくる軍に弓を撃ち込むのには十分じゃの。
元大将軍
ま、わしなら地面にも罠を敷くの。
落とし穴。
堀。
杭。
時間がある限りつくるのぅ。
元大将軍
弓と足元の罠で相手が怯む、所詮は即席の雑兵じゃからな。
足が止まれば脆い。
そしたらなーー中に潜ませておいた兵を駆り立て、あの若造の旗印を立てて、一気に攻め込むぞ。
元大将軍
第三関の中で休ませておいた、陛下から下された兵と北方の残兵。
自領の兵を囮に使ったとて5000はいよう。
一気に踊り込めば相手は驚き、恐れーーふん、退却ーー潰走が始まるの。
元大将軍
背後からは意気軒昂な王国軍。
帝国軍は無理な行軍を重ねて疲労困憊。
逃げて逃げてーー将が懸命に立て直そうとすると途中の崖上から敵が現れる。
山から敵が現れる。
落ち着けないのぅ。
元大将軍
そして、疲れ切った最後ーーこの森から現れるのは最後の伏兵じゃ。数は500かの?わしならそうするが。
おそらく小僧はこちらに居ようなぁ。
一気に踊り込んでくる敵。
後ろからは追われて、前には一番怖い男じゃ。
混乱、恐怖、絶望。
こうなっては大概、即席の兵は言う事を聞かん。
ーー逃げられなければーー降伏だの。
元大将軍
降伏させれば身代金が取れるからの。
少しでも金が欲しいところじゃて、ひゃひゃひゃ。
さらに兵には労働させてーー第三関の補強も叶おうな。
元大将軍
それに、陛下から下された兵にはあまり傷をつけるわけにはいかんからの。
元大将軍
一方で帝国じゃが。
あの若造が出張って来て大いに負けた。
ただし、第一関・第二関は取り返した。
喉元に突きつけられた剣はひとまず抜けた。
ま、無理に第三関に攻めてこようとはせんじゃろうな。
ただでさえ即席の軍が大敗しとるんじゃ。
サニラスの攻防では勝ったとはいえ、あそこまで負けっぱなしじゃったしな。
サニラス・第一関・第二関を補強し直しながらひとまず矛を収めるはずじゃて。
元大将軍
ま、わしはこう見るが…どうじゃろなぁ…。
お読みいただきありがとうございます。
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