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金曜日に贈る和歌  作者: 朝凪


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24/30

夏の夜は

6月初旬の朝だった

まだ夜の名残が残る4時頃、桜はふと目を覚ました。目覚ましが鳴ったわけでもなく、物音がしたわけでもない。ただ自然に意識が浮かび上がったのだ

静かな部屋の中で身を起こし、窓の外を見る

空はまだ完全には明るくない。けれど、東の空の端には淡い光が滲み始めていた。夜と朝の境目がゆっくりとほどけていくような、不思議な時間だった


「もう明るくなってる……」


少し前まで、この時間はまだ真っ暗だったはずだ。春が過ぎ、季節は確実に夏へ向かっている

桜は窓を少し開けた

ひんやりとした朝の空気が頬を撫でる。遠くで鳥の声が聞こえ始め、街もゆっくり目覚めようとしていた

そんな景色を眺めながら、桜は自然と1首の和歌を口ずさむ


「夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを雲のいづこに月やどるらむ」


百人一首にも収められている、清原深養父の歌だ


夏の夜は短く、まだ宵だと思っているうちに夜が明けてしまう。では、夜空にあった月は、いったいどこの雲に隠れてしまったのだろう――


桜は小さく微笑んだ


「昔の人も同じこと考えてたんだなぁ」


今のように時計も電気もない時代。けれど、夜明けの早さに驚く気持ちは変わらなかったのだろう

空は少しずつ青みを増していく

夜の静けさと朝の気配が同居する、ほんの短い時間。桜はその移ろいをぼんやりと眺めた

6月はまだ夏ではない

それでも日の出はどんどん早くなり、日差しは強くなり、草木は勢いを増していく

季節は、誰にも気づかれないほどゆっくりと、それでいて確実に前へ進んでいる


「もうすぐ本格的な夏か……」


そう呟いて、桜は再び空を見上げた

月はもう見えない。けれど、和歌の中の人と同じように、その行方を少しだけ想像してみる

たぶん、これからもっと朝日は早く昇るだろう

夏は確実に近づいているのだから




・和歌

夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを

雲のいづこに月やどるらむ

(古今和歌集 清原深養父)

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