VS大天狗
──猿ノ矢真。
眼前に佇む赤ら顔の翼人。
彼が相対すは山の祟り──大天狗。
山々で忽然と姿を消し、失踪する事件。
将又、突如として襲う突風。
こういった神隠しや理解し難い自然現象は大天狗の祟りだと人々は語る。
語り継がれる程に人々に恐れられた妖が、今その姿を現した。
「これ以上好きにはさせないっすよ」
そう言い放つ彼の周りには無数の刀が浮遊する。
そして背に背負った背負籠を下ろすと、たんったんっと数回跳ねて肩を揺すった。
くりっとした瞳が大天狗の総身をしっかりと見据えると──
「行くっす」
疾走した。
共に迫る刀を両の手に一本ずつ納める。
二刀に構えた刃を向け、肉薄した猿ノ矢真は水平に刀をなぎ払った。
「──ッ⁉︎」
しかし切り伏せた手応えがまるで無い。
見れば霧の様に霧散する大天狗の姿。
「ん、消えたっす……」
辺りを見渡してもその姿は確認出来なかった。
高まる危機感にかちゃりと柄を握り直し、後退しようとした時──
「う゛っ……なんだこれ……身体が、動かないっす……」
不可視の力が彼の総身を縛った。
直後、眼前に現れる大天狗。
手に持った羽団扇を振り翳し、刃の様に鋭い旋風を巻き起こす。
「まずい……!」
その確かな危機を察知した彼は──
「【武装】」
武装を解放した。
「くぅぅ゛……」
だが迫る旋風が消えた訳でない。
吹き荒れる風が猿ノ矢真の総身を直撃すれば、幾つもの切り傷を作った。
これが噂に聞く神通力。
大天狗が操る不可視の動力は、猿ノ矢真の機敏な動きを封じた。
武装を纏い威力を殺していなければ……。
冷えた背をキリッと正すと深く大天狗を見据える。
技の全容は見えていない。
とはいえこのままでは劣勢は覆らない。
だが不用心な接近は返って危険である。
であれば──
「そいっ!」
右手に持った刀を大天狗に向け投げ放った。
「やっぱり駄目っすか……」
しかしまたしてもその刀が大天狗の顔面を正確に射貫けば、霧の様に霧散した。
浮遊する一振りを空いた右手に納めると、瞳を閉じて感覚を尖らせる。
僅かな風の軌道を読み、その野生的な感を研ぎ澄ませ──
「そこっすね!」
あらぬ方向に刀を投げた。
そこに映るのは月明かりに照らされた空間のみ。
しかし──
スッと僅かな砂埃と共に空間が歪んだ。
「逃さないっすよ」
続けて左手に持った刀を投げつける。
すれば再び砂埃が舞い上がった。
「まだっす!」
そう言い放つ猿ノ矢真は辺りに幾つも浮遊する刀を握ると──
「【猿刀流 乱れ桜】」
機関銃の如き勢いで乱れ放つ。
すれば噴き上がる鮮血と共に大天狗の姿が鮮明に映った。
「これでお相子っすね」
とはいえより多くのダメージ与えた彼は少しばかり広角をあげる。
眼前には右肩に突き刺さる刀を抜き、背に生えた烏の様な翼をはためかせる大天狗の姿。
そして羽団扇を一振りすると巻き上がる風圧に散らばった刀が浮遊した。
──寸毫。
あろう事か、その幾つもの刃は猿ノ矢真を襲った。
それは先程彼が使った技、【乱れ桜】の応用であり、いとも簡単にコピーされるという最大の屈辱を伴った。
湧き上がる怒気と共に己の脚に力を込める。
向かい来る刀をその軽快な足捌きで往なしていく。
そして大きく地を蹴れば、大天狗に向け迫った。
眼前に迫る一本の刀を頭一つで躱し、すかさず柄を取り右手に納める。
その勢いのままに飛翔する大天狗まで肉薄すると、構えた刀を振り下ろした。
──矢先。
「──なっ!」
猿ノ矢真の総身が固まった。
不可視の動力に身動き一つ取れない。
そして大天狗は持った羽団扇を猿ノ矢真の肩から腰に掛け振り翳すと──
「ぐあぁぁああ!!」
盛大に噴き上げる鮮血と共に地面へと突き落とした。
「はぁはぁ……」
乱れる呼吸を整える。
一時の感情に身を任せ、無闇に接近した事が裏目に出たのだ。
これが棟梁がまだ未熟だと言う所以。
分かっていても理想のままの現状に強く下唇を噛んだ。
「くそぉぉ!」
握った拳をガンっと地面に叩きつけると、刀を杖に立ち上がった。
「丁度良い……頭に登った血が抜けたっす」
溢れ出る鮮血を拭うとそう言い放つ。
しかし強がってみせた彼のダメージは着実に募っていく。
弱り切ったこの現状。当然の様に大天狗が迫った。
「くっ……!【猿刀流 乱れ桜】」
朦朧とする意識。
その定まらない視点に、一心不乱に空へ刀を放り投げた。
華麗に飛翔する大天狗は、縫う様に避けると羽団扇を構える。
そして撫でる様な風を頬に感じると、猿ノ矢真は跳び超える様に──
前方へ跳ねた。
「これが神通力の正体っすね」
そう言い放つ彼は、更に続ける。
「おいらの周辺の気流を操って進行方向と逆の力を加えた。
今回はおいらが後方へ避けると踏んで、前方へ気流を操った。
だからその気流に乗って、軽い力でおいらはここまで跳ぶ事が出来たって事っす」
ずばり言い当て、逆にその力を利用した猿ノ矢真。
しかしゆっくりと振り返る大天狗に焦燥はない。
技の全容が見破られようとも、この現状を覆す程の確かな脅威ではないからだ。
「これで終わりっす」
だが猿ノ矢真の不敵な笑みが溢れれば、大天狗の警戒は一気にピークに達した。
その頸を刈り取る為に翼を広げ羽ばく大天狗。
飛翔した大天狗の頭上には、無数に降り注ぐ刃の雨があった。
「避けた方がいいっすよ……」
迫り来る大天狗にぽつりと呟く。
「まぁ避けれればっすけどね」
──瞬間。
大天狗の動きがピタリと止まった。
「【猿刀流 枝垂れ桜】」
そして噴き上がる鮮血と共に黒い羽根を宙を舞った。
画して徐々に魔素と化す大天狗。
「く、血を……流しすぎたっす……」
激闘の末、その冷えた身体と鉛の様に重い四肢が彼の限界を知らせた。
そして完全に魔素と化すのを確認すると、その意識を手放した。
遠投と猿刀。
上手い事言葉がハマると楽しいよね。




