34話
「「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉ―――――――!」」
互いに雄叫びをあげ全力でぶつかり合う。
ベルリーテの右手から放たれた強力な魔弾が顔面に叩きつけられる直前、パレオはそれを右手でぶっ叩き返した。その瞬間、
バチイイイィィィィ――――――――ッ!
と周囲に爆発じみた魔力圧がふき飛ぶ。魔弾と呪われた手が拮抗して、全身を骨格のズレ砕けた激痛が走り抜ける。だが今生、これが最大の正念場であると見計らって、パレオは死を覚悟して耐えた。一方のベルリーテは、激しく飛ぶエネルギーの余波にいよいよ顔面のパーツを崩しながら、最後の命を燃え上がらせて吠えた。
「これがうわさに聞く、エクス・カリバーの呪いか! つくづくバカげた力だが、我らの理想は決して屈しはしないぞ! この閉塞した世界を、帝国から解き放たんとする崇高なる目的を、お前はなぜ邪魔する! なぜ理解しない! 己の未熟を嘆く黒いやけどに、今更何ができるというのだ! 答えろ柴腕!」
「……この腕は、俺が背負うべくして背負った罪過だ! 顧みて正しくあれと教え続ける教訓だ! 個人が力をもって変えようとする世に、未来なんかあるものか! 目の前に立つ歪んだ悪に、腕が叫んでいるんだ! ではお前はどうする、どうやって贖罪するのかと! ならばまっすぐ応えてやるさ! 民を脅かす元凶がそこにあるなら、俺はその打倒を為す!」
ズバアアアアアァァァァァァァ――――――――――ン!
黒腕を振りぬいて魔弾を貫くと、衝撃が森林中を煽った。
さらに拳は止まらない。その延長、ベルリーテの顔面を突き刺し、パリーンとヒビを入れる。そして首から順に胴、肢体へと破砕が連鎖し、今度こそ、首謀者ベルリーテの肉体を木っ端微塵にぶっ砕いた。
四散する一人の男の生命情報が、煌めく粒子となって降りそそぐ。輝く結晶の雨の中で、パレオは身もだえた。粉々に砕け散ったその肉体が、にも関わらずベルリーテの思念を残留させたのだ。
『――――強い剣士だ、柴腕のパレオ。その力量にならば喜んで敗れよう。だが私を倒したところで、なにも変わりはしないぞ。神エレニクスの本領はこれから発揮されるのだからな。今に見ているがいい、帝国はいずれ必ず滅びることになる』
そう残して、ベルリーテは完全に消滅した。
「父上ええええええぇぇぇぇ―――――」
みたび、スタットが吠えた。言動からして実子なのだろう。砕かれた父の姿を見て、今までにないほど感情を乱し、泣き崩れている。ほかの仲間たちを、ゾンビでしか蘇らすことができなかったのは、おそらくそれが難儀だったからだ。生命情報をレコードする「アストラル・エッグ」の作成には、相当な魔力、あるいは労力が必要だったはず。ゼリドがぶっ噛み砕いたあのベルリーテの円盤が、ともすれば唯一無二のものであったのかもしれない。
生命情報がなければ蘇生は叶わない――、それはスタット自身が明かしていたことだ。ならばもう、ベルリーテは永遠によみがえることはあるまい。パレオは、それでいいと思った。死んだ人間が生きて戻ることはない。それが自然の摂理であり、だからこそ何よりも尊いのだ。――スタットがこぼす涙もまた、それがそのまま命の重さを表している。
やがてスタットは、パレオに向かって走り出そうとした。が、すぐに転倒した。その体は、ゼリドとの戦闘ですでに動ける状態ではなくなっている。地面に顔を打ち付けながら、泣きじゃくる顔面をさらして、スタットはうわずる声を張りあげた。
「……うぐ、させないぞ、柴腕! 父の敵を取ってやる!」
「なら、神でも何でもけしかければいいだろう」
件の神エレニクスは、ノー天気にも宙を踊り続けている。
明らかに幼稚な見た目、そして仕草をするエレニクスに、パレオはすでにロジックを見破っていた。エレニクスは、明らかに未完全なのだ。自分ではとるべき行動を判断できないでいる。単純な「怒りに対する」攻撃はできても、なんら感情を示さない生物に対しては何もできないのだ。
窮地にアセッたスタットが苦肉の策で起動したエレニクスだが、機先を制したつもりがとんだ裏目に出ている。
エレニクスの気に触れぬよう、パレオは努めて〝無心〟を保った。
もはやマイナス域をえぐる惨めな残量体力を、それでも気力でなんとかする。見上げると伝説の剣は、なんとも荘厳なひかりを浴びせてくる。思い出す苦い経験に、目をつむり自嘲した。
あらためて剣を取り巻いて光る球体――エクス・カリバーから魔力を抽出する製造器を見やり、足を引きずりながら向かう。なのに数歩行っただけで、足が崩れた。そのまま地面が、体から離れない。呼吸を繰り返しても肺が満たされず、ぼんやりと視界が薄くなっていく。閉じようとする意識に、パレオは言い聞かせた。
――まだ、終わるわけにはいかない。
今、製造機を壊しておかなければ、ここまで戦ってきた意味を失くしてしまう。エレニクスがあの容器に入り、さらにエクス・カリバーの魔力を得てしまったらば、今度こそ手に負えない本物のバケモノと化してしまう。その前に、何としてでも製造機だけは壊しておかねばならないのだ。
……動け。
パレオは痙攣する肉体をたっぷり二十分かけて進ませて、ようやっと一つ目の球体にたどりついた。バチバチと飛ぶ濃い魔力の光に晒されながら、右手を振り上げて打ち砕こうとした、――その時だった。
パレオのすぐ真横に、先ほどまで、むじゃきに踊っていたはずのエレニクスがすっと現れた。
「なっ」
――――ずぶり。




