32話
――――ぼてっ!
胴体から離れたエレニクスの首が、地面を数回はねて転がった。
神殺しを為し遂げたパレオはふわりと宙を舞って着地し、その衝撃でビキキキと走った全身の激痛に悶絶した。骨がズレ過ぎてしまって、ともすれば後遺症が残るかもしれない。無事に帰れたら、生きていることに最大限感謝して好物をたらふく食べようと決意し、今しがた自分が殺(あや)めたばかりの神を見やった。が、目に映った光景に体が凍りついた。
――エレニクスの胴体は、平然と踊っていた。
頭の方はといえば、まるで何事もないかのようにパレオを見つめている。アハハ、アハハハ! と笑いだす幼児の神に、
「んな、にぃ―――――――っ!?」
と驚愕の顔を呈すと、こちらも気を狂わしているスタットが、
「父上えええぇぇぇぇ―――――!」
と大絶叫をあげた。
せっかく命を取り戻したのにその矢先、ゼリドに生命情報を宿した円盤「アストラル・エッグ」を噛み砕かれて、ベルリーテは致命傷を負っている。パラパラと崩れていく自分の肉体を見おろしながら、上級のAに格付けられる魔道士は、素直に己の非をみとめた。
「命を取り戻したことに浮かれすぎたか……、不覚だった。まさか防衛ラインの二番手が来ているとはな。痛手だが、焦ることはないぞスタット。我々が圧倒的に優勢であることに変わりはない。奴らはもう戦力を失っている」
まるで勝ち誇ったようなその言い方に、パレオはすぐさま反論した。
「体にでっかいヒビを入れておいて、よくそんなことが言えるもんだな。お前たちだって似たようなもんだろうが」
ベルリーテはやけに冷静だった。
「果たしてそうかな」
と、不敵に笑いだす。
やがて華麗な速度で、ゼリドがパレオの前に移動してきた。
頼りになる帝国の戦士にねぎらいの言葉でもかけてやろうかと思ったがそのとき、体毛に滲んだ赤い液体が目に入った。
――脇腹からとんでもない血量がボタボタこぼれている。
すぐに溜まりを作った鮮血が、パレオの足元まで広がった。
「……おい、お前その傷……」
どうしたんだよ、と言うより先に、
「グウウウ!」
と怒りだし、ゼリドがにらみ返してくる。
訳すと(お前だってボロボロじゃないか、弱いくせにいちいち心配するな!)とか言っている。謎の女剣士エレノアとの戦いで負っただろうその傷は、どう見たってパレオとは比較にならないほどの「深手」だ。すぐにでも治療しなければ命だって危ういだろうに、あきらかに戦える状態ではない。
「か、帰れバカ犬! 死んじまうぞ!」
「グウウウ!(うるさい! お前が帰って寝てろ!)」
と威勢を張るが、次の瞬間、四足がよろっとふらついた。
「……空元気じゃないか……」
もうグウウウ! と言うのも疲れてしまったのか、そっぽを向いてハッハハッハ息をしている。想像以上の仲間のピンチに、パレオはアセって周囲状況を見渡した。ゼリドの見事な活躍によって敵ボスのベルリーテには深手を負わせることができたが、一方、パレオが首をぶっ飛ばし仕留めたと思ったエレニクスは、胴も首も離ればなれながら反則にもピンピンしている。頼りのゼリドは大怪我を負っており、帰れと言ってもワガママすぎて絶対帰らないだろう。ムダにあまのじゃくすぎる性格なら、ここまでくる間に十分理解してきているのだ。
……時間が、ない。
即刻事態を収拾させ、ゼリドに緊急処置を施さねばならない。
一刻の猶予もゆるされない状況を理解して、剣を強く握りしめる。すっと構えた、――その直後だった。
胴だけのエレニクスが、突如絶大なる魔力をともして肉薄した。
あまりの速さ、唐突さに反応が遅れ、パレオには何もできなかった。
――ゼリドが、強大なる魔弾でぶっ飛ばされた。
生まれた衝撃が地面を破砕し、余波でパレオも勢いよく弾かれる。もはやゼロに限りなく近いHPが、生命維持臨界のレッドゾーンをぶっち切り、意識を保てているのが不思議なくらいのダメージを負う。
痛みを越えてついに皮膚感覚すら乏しく、投げ出されて地を這った体を、かろうじて起こし、ぼんやりと映る視界のなかで呻いた。
「……ば、か犬……」
胴エレニクスは、まるで楽しそうに首を拾い上げて、そのまま空へ放り投げた。すとーんと落ちてくると胴に着地して、ガチッと合体する。
アハハ、アハハハ!
と笑うその幼い神の声だけが、空間を支配した。
全身を覆う疲労ダメージによどむ思考の中で、ゼリドが生きているのかだけを心配する。
見やっても、遠く飛ばされたその体は確認できない。肺機能ですらしゃんとせず、不規則な呼吸を繰り返しながら、パレオは自分の甘さを悔い改めた。
――エレニクスは、あまりにも強すぎる。
先の突然な攻撃は、万全のゼリドならば避けれたかもしれない。だが今は立つのもやっとだったのだ。いつもの威嚇すらできないほど憔悴していた…………己の判断ミスだ。今のパレオ&ゼリドのペアには強大すぎた。強制をしてでも逃げるべきだったと、胸中を後悔が押し寄せる。




