29話
「いくつの禁忌を犯せば気が済むんだ、お前たちは!」
握りしめた剣の柄に、血が染みた。
パレオの怒りの咆哮をうけてなお、スタットは嬉々としてエレニクスの挙動を見ていた。
「禁忌? ちがうぞ柴腕。見てわからないのか、生も死もつかさどる、これが神の力だ。俺たち一族の再興を叶え、帝国支配の世に自由の扉を開く唯一の希望だ!」
ウグオオオ、と吠える死体に果たして生の自覚があるのか。まるで何かにすがろうとするかのように、よろよろと動き出した。
哀れな亡骸の人形をみて、みたびパレオの黒腕から抑えられないオーラが昇った。
「死者を愚弄して何が神だ! 蘇生がどれほどの悪行か、お前だってわかってるはずだろう!」
「もちろん知っている。帝国が手の届かない分野に、いつもビビっていたことぐらい。そもそも、傷ついた人体を局所的に治癒する医療魔法は、魔法史初期から俺たち一族が研究し続けてきた家芸だ。だが、いかに突き詰めようと叶わない夢、それが『蘇生』だった。過去に存在しただろう人物を生き返らせる行為は、生命倫理や宗教観念で否定されるより以前に、不可能とされてきた技術だからな。自分たちでは何も果たせない帝国が『悪行』とののしり、必死にやめさせようとしたワケだ」
「ちがう! 人は生まれ、限りある命を燃やして、死をむかえるんだ! すべてが始まりと終わりを持つからこそ世界は成り立っているんだぞ! 世代が代われるから、未来永劫新しい息吹が生まれ続けるんだろうが!」
「技術は、それすらも超えるものだ」
「……この、分からず屋がっ!」
ぎりぎりと握りしめた黒刀を振りかざして、パレオは走りだした。エレニクスの暴挙をくい止めるために。
だが、まるで怒りに反応した死体が、パレオの動きと同時に襲い掛かってきた。思わず切り崩すと、びちゃあ、と濁った体液が吹き荒れる――のに、死体は止まらなかった。ウゴオオオ! と雄たけびを上げて、切り口が緑の光を発する。そして傷がふさがった。
死にたくとも死ねずあがくその様の、あまりの残酷さに血の気が引く。
「…………」
見ればエレニクスは、とつん、とつん、と圧倒的な魔力を散らしながら歩き回り、そこらじゅうの死体にさわり始めていた。生を失ったはずの亡骸に、次々と緑色光がともり始める。仲間たちがゾンビ化されてゆくのを、まるで喜んでスタットは続けた。
「魔法によって人体を組成する技術は俺たち人造人間の製造技師(ホムンスミス)が発明した秘法だ。ゆえに広く伝播はしなかったが、たとえ人体組成法が世に伝わっていたとしても、蘇生は不可能だったろう。なぜかわかるか?」
ぶしゃあ! と二体のゾンビを同時に斬り崩して、パレオはゼエゼエ息を切らした。続々と立ち上がっていく亡者を相手に、答えているヒマなどない。
スタットはしゃべり続けた。
「なぜなら、ヒトという一個体を復元しようにもその人物をその人物たらしめる『データ』を取得することが不可能だからだ。当該人物の『形容はこうだった』『こんな声だった』『しゃべり口調はこんな』『目の大きさはあんな感じ』『性格はもっとやさしく』と、第三者がいくら思い描こうとも、真にその人物を定義することはできない。多くの魔導士たちの夢であった偉人の『蘇生』が、魔法史初期から諦められてきたのはこのせいだ。死人のデータが神話で言うところの『天界』にでも保存されていない限り、その人物をその人物たらしめる情報は得られないゆえに。魔法史に転機をもたらした者――それが俺たちデンネリー家のご先祖様だ。彼は言った」
――髪の毛一本でも残っていれば、その人間を蘇らすことができる。
「――と。確かに、彼は髪の毛に含まれている『データ』から当該人物を蘇らせることに成功した。しかしそれでも、彼の魔法を求めて集った人々は大いに失望したという。蘇生された当該人物が、たしかに見た目は瓜二つそっくりだったのに、あきらかに欠損していたからだ。その人を、その人たらしめる最大の情報がな」
襲いくるゾンビの群れたちを鎮める方法を考えるだけで、パレオは手一杯だった。斬っても斬っても肉体が再構成される相手に、戦闘行為を繰り返すだけでは体力を失うばかりだ。魔法を断ち切る特殊能力『黒腕』は、それがエクス・カリバーに及ばない魔法であれば効果を発揮するが、相手がその伝説の剣を由来とする化け物では通用しない。
――どうすればいい。
苦境のパレオになんら関係なく、スタットは滔々と話し続けた。
「そう。復活した人間に、その人間の『記憶』はなかった。たとえ、当該人物の器(そとづら)に関する情報を得られても、その人間が持っていた技能、知識、記憶までは復元できない。器をかたどったコピーというわけだ。魔法学では、後にこの領域をクロン(複製)と名付け、ほかホムン(人造)とサマン(召喚)の魔法に大別している。もっとも、いまやホムンとサマンの領域で功績を上げた魔導士の一族は、帝国に根絶やしにされてしまったがな」
狂気じみた声色で最後をつづって「ちなみに」とスタットが付け加えた。
「『召喚』は自然界や形あるものに情報をレコードすることで、過去の生命体の記憶ごと肉体を顕現させることができた。が、それも失われた遺産だ。今や技術書は、俺たちが匿ったフォル・フラムなど一部を残すのみ。……すべて、帝国に焼かれていく。永遠に失われてしまう。技術者として、それがどれほど耐え難いことか、壊すことしか知らない剣士のお前にはわからないだろう。帝国に抗う象徴の神エレニクスには、俺たちが持つ全知識をつぎ込んだ。蘇生もまた、然りだ」




