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選王の剣  作者: 立花豊実
第六章 ~神エレニクス~
27/71

27話

 背に感じた気味の悪い怖気おぞけに振り返ると、バチバチと弾ける浮遊球体から光の筋が放出され、エレニクスの肉体に吸い込まれていくところだった。

 剣をスタットから引き離して一旦退き、周囲の異変に目を向ける。

 あまりに濃い魔力の光に、嫌な予感がよぎった。

 エクス・カリバーの絶大なエネルギーによって生成されるホムンクルス――エレニクスは、その製造が叶えばアーサーを苦しめた最強の暗黒騎士ロムルーダをも越え、史上最も有能な生命体となる。つまり帝国の最大の脅威となる。

「まさか…………」

 立ち尽くすパレオの思うところを察したのか、スタットは体裁の悪い肉体を支えることもせず、崩れかけながら答えた。

「その、まさかだ。今しがたエレニクスを起動させた。ついに神が降臨するのだ。もう、後戻りなどできない」

 魔力の渦が森中を照らしてゆく。ヒトの手には到底負えない豊満なエネルギーのすべてが、宙空へ、浮かぶ容器へとねじれ込まれ、その度に、中で眠るエレニクスの幼き身体がびくびくと震えた。

 やがて耐え切れなくなったのか、首筋を痙攣させ、エレニクスが口端から血を流した。液中に漂うそれが顔を濁すと、全身が神々しい光を灯しはじめる。そして、


 ――開いた瞳が、黄金に輝いた。

 

 全身をつらぬく威圧感に、パレオはさわぐ胸をおさえた。

「ジョーダンも大概にしてほしいな、何が神だ。単なるバケモノだろうが」

 独り言じみたパレオの台詞に、人間の姿に戻りゆくスタットは、ちがう、と口を切った。

「崇高なる神だ。我々の願いを果たしてくれる唯一の存在だ」

「…………仮にエレニクスが兵器として帝国を脅かしたとしても、生まれるのは悲劇だぞ。どれだけ多くの人間が、帝国が築いた安寧に支えられているか、お前にはわからないのか」

「未だエレニクスの真価を理解しかねているようだな。神は絶対的な存在だ、すべてを変える力を持っている。万民もいずれ理解する時が必ずくる――――神が導いてくれた、ああ良かった、とな!」

「もうホントに何を言ってもわかんねえなら、実力を行使するしかないだろうが!」

 パレオは巨大な機器の中心、神エレニクスが浮かぶ円筒の容器に向かって飛び、黒刀を振りかぶった。

 たとえ神と言われようが、容器の中で漂う間は、単なる製造中の物質の塊だ。まだ目覚めぬ子どもの状態であるなら、きっと破壊を為せるはずだ。

 そう読み、覚悟を決めたパレオの黒刀が、ごう! と空を裂いた。渾身の力を込めて放った斬撃が容器に触れる寸前、しかし、急激に腕が凍りつき、ぴたりと停止してしまった。

「――なっ!?」

 宙空に張り付けにされ、全身に万力をこめてあらがっても、ぴくりとも動かない。

 ――うそ、だろ。

 魔法には、相手の動きを束縛する類の術も確かに存在している。その魔法機序についても、方法は幾つもある。だが、いずれもパレオには無縁のものであるはずなのだ。いかなる魔力によろうとも、エクス・カリバーがパレオの両腕に課した〝呪い〟にだけは不可侵なのだから。

 今一度、自慢の拒否能力を試そうと、両の黒腕に万力を込めた。だが、

 ――ぜ、ぜんぜん動かん!

 これまでずっと拒否能力に守られ、魔法に対して絶大なる余裕をもってきたパレオの安心感が反転、それが溶けて失せれば急激に背筋がさむくなってくる。なにせ魔法は腕で庇えば、ほぼすべてカバーしてこれたのだ。そのチートスキルが奪われたら、パレオに残される力は純粋に剣士としての技能のみだ。

 必死に足掻いていると、きょろりと動いたエレニクスの眼球と目が合った。

 大きな瞳が急にしぼみ、点になる。つぶらな瞳が台無しだな、と思う隙もなく突然体が引き寄せられて、ほっぺが、容器にべたっとくっついた。

「うぐゅ!」

 胴体が圧されて呼吸が苦しく、はがそうと力を込めるが、やはりびくともしない。

 容器中のエレニクスが液体の中を泳いで近づき、ガラス面上からパレオの頬をなでた。

 もの珍しそうに、じろじろと見つめてくる。

 頬をつぶされたまま、

「……おばべ、ばびばんばえてんだよ(おまえ、何考えてんだよ)」

 と、問うたが返事はなかった。

 その代わりに、エレニクスがニコリと笑った。まるで淀みなく、稀に見る子供のクリアな笑顔だ。かと思えば今度は肉体が豪速でぶっ飛ばされた。またもや地面に叩きつけられて、これは間違いなく骨イッたなと負傷を冷静に鑑みてから、動きが取れるようになった体で最低限の受け身をとる。

 土と血にまみれた身体を何とか起こし見上げると、エレニクスが容器上部から這い出すところだった。

「おお! エレニクス! 我らが神よ! 待ち望んだ一族の想い果たすとき、まさに今がとき! この日をどれだけ待ち望んだことか!」

 スタットが酔狂な声をあげて賛美し、膝をついて崇めたが、一方のエレニクスは液体に濡れそぼった自分の体をしばしば見つめていた。

 ゆっくりと手先、腕、おなか、足へと視線が移っていく。自分というものが、いかなるものなのか、まるで今初めて体を構成するパーツの一つ一つを認識しているかのように。


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