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「何を言い出すかと思えば……」
馬鹿馬鹿しいと、ノクスは溜め息混じりだ。
「この娘は奴らの仲間ではないというだけで無関係ではありません。つまりまだ聞き取りの途中ですよ、そんな話は後です。というかなぜ私がこの娘を世話しなければならないんですか、御自分で見てやればいいでしょう!」
徐々に口調を荒げるノクスだが、ヘルバは普段と変わらないゆったりとした声でそれを窘める。
「言ってみただけじゃよ、そう怒るでない。それじゃもう少し詳しく聞かせてもらうとするかの。おお、その前に名前を教えてくれるかな? お嬢さんや」
問いかけられカオルは頭を上げ応えた。
「桷仁薫です。さっきまでここにいたのは雪雫と言います。自己紹介が遅れてごめんなさいヘルバ様、ノクス様」
言い終えたカオルは、間を置く事なくまた手をつき頭を下げる。この上下の関係性に早くも順応してしまったらしい。
ヘルバは「お主のせいじゃぞ」とノクスへ刺すような視線を送るが、開き直った彼はさもありなんと一言。
「これが人間と神獣の正しい在り方です」
「まったく、お主は口の減らん……。それではカオルや、改めて話を聞かせてくれるかの?」
「は、はい!」
カオルはこれまでの話を辿々《たどたど》しくも懸命に説明した。
この世界に転移させられてからここに至るまでの経緯、あの魔族達がどういう者で自分はどのように関わりこの場にいたのかを正直に。
嘘はつけない、ついていい相手ではない。彼女はそう感じていたので、ただただありのままを話すのだった。
「なので……ノクス様の仲間を誘き寄せていたのはわたしです。本当にすみませんでした……」
泣きそうな声で、それでも泣くのは卑怯だからと涙は流さず誠心誠意の謝罪をするカオル。
「そういうことなら、沙汰はノクスに任せようかの。ただし殺すことは許さぬ。守護すると、そういう盟約でワシはここにおるからのう」
ヘルバの言葉を聞いたノクス。
それは任せてないのと同じでは……?
と溜息をつきながら、カオルを暫く見据えてから話し出した。
「まあいいでしょう。どうやら貴方は魔王城の奇跡的な生存者のようですしね。それに貴方がこちらの世界へ不本意に連れてこられた原因の一端は私にも無きにしもあらず……いや無いですかね。それでもまあ犯人のうち三人を仕留めているようですし、私としてはこれで手打ちとしましょうか」
辛くも許しを得たカオルは、膝をついて俯いたままホッと胸を撫でおろした。
「しかしそういうことなら、お主はもう帰る場所がないんじゃないかのう?」
心配そうに尋ねるヘルバ。顔を上げたカオルは小さく一つ頷く。
その顔は暗い。
あの魔族達のことは決して好きではなかったが、利用されているうちは最低限の衣食住を与えてはくれていたからだ。
だが今日でそれも失くなり、カオルにはもはや異世界で頼れる宛は無くなってしまった。
日本へ帰る術は解らないし、想像もつかない。
それに……別に帰りたくもないな……。
カオルは日本への帰還を望んではいないらしい。
だから彼女の思考は既にこちらで暮らしていけるのか、という部分に移行している。
セツナの能力を使えば魔物を狩るなりして生活してゆけるかもしれない、この森で気ままに生きていけるならそれも悪くはない。
でも、こんな恐ろしいところで本当にやっていけるのかな……。
そんな漠然とした不安は募るばかり。
俯くカオルを見ていたヘルバはノクスへ顔を向ける。その目は何かを嘆願するような、口ほどにものを言う眼差し。
何が言いたいかは、察しの良いノクスゆえに何となく悟ってしまう。
「ヘルバ殿、何ですかその目は……なんでその話題で私を見るんですか? さっきのは冗談と言っていたでしょう」
「まあ聞いてくれんかの、ワシは見ての通り体が大きい。人間の姿にもなれんからこのような小さな娘の面倒はみられんのじゃ。お主なら人間の姿になれるし、懇意にしておる魔女もおったじゃろう。アヌギスが死んだ後あの辺りを治めておる、たしか呪毒湿原のルサーリアじゃったかな。あれを頼ってみてはどうじゃ?」
思わぬところでルサーリアの名前を出され、ギョッとしたノクスは焦り声を荒げる。
「別に懇意になどしておりません! ま、まあたしかに年頃もそう離れてはいませんし、彼女なら身柄を引き受けてくれるかもしれませんが……」
そうは言っても問題が無いわけでもない。
いくら同じ人間とはいえ彼女の特異体質で他人の面倒など見ることができるだろうかと、一抹の不安はあるノクス。
しかしそれを聞いたヘルバは「うんうん」と優しく二度頷き、カオルに話し掛ける。
「聞いての通りじゃ、行くところが無いならこやつの世話になるといい」
「え、でも……」
見れば明らかに嫌そうに目を細め睨んでくるノクス。カオルは尻込みするが、ヘルバは尚も頼み込む。
「ノクスよ、頼みを聞いてくれたならまたウゥルカ様の宝蔵から何か持って帰らせてやるでの。引き受けてくれんか……?」
ウゥルカの宝蔵とはヘルバの宿主である鍛冶竜が生前に造り上げた作品を貯蔵している宝物庫のようなものである。そこを護ることが己の使命の一つであるとヘルバは考える。
そしてヘルバが「また」と言っているように、ノクスは以前にもそこから武具を貰い受けている。それは当然彼が振るっている『黒狩』である。
優れた刃を振るう感覚というのは、自身の爪や牙とはまた違う面白さがあることを彼は知っている。
それに片方を失った黒狩、それと同等の武具を新たに何か貰えるのならば取引としては上々ではあるとノクスは心を揺さぶられていた。
「そこまでしますか。何故ですか? このようなみすぼらしい小娘に」
「さっきも言うたがの、カオルはワシの知己によく似とるんじゃよ。外見は似ても似つかんが、内に秘める魔力は瓜二つじゃ。そんな者が老い先短いワシの前に現れたというのじゃから、なにか偶然ではないものを感じるんじゃよ」
それを聞いたノクスは顎に手を当て静かに思案する。
年寄りの戯れ言はまあ置いておいて、この小娘をルサーリアに引き渡すだけでウゥルカの作品が手に入るならこれほど良い取引はないかも、と。
「ふむ、それでは今からルサーリアのところへ連れて行くだけ行ってみますか」
「すまんな、世話をかけるのう。しかしお主、さっきから妙に尻尾が揺れておるがそんなにウゥルカ様の武具が欲しかったんかの?」
自分の意思とは無関係に動いてしまうノクスの尻尾は、これから会う者を思い浮かべてしまっているからだろうか。それに気づいた彼は慌てて人の姿に変化して返答する。
「そ、それはそうでしょう。こちらとしては悪くない話ですから……。それより娘、貴女はそれで良いのですか?」
話を逸らすようにカオルへと問い掛けるノクス。
「それは……ですね……、じ、自分の行く場所を選べた事なんて生まれてから一度もないから……解らないです……。でも、ノクス様が懇意にされている方なら会ってみたい、です……」
「くっ、だから懇意にしてないって……。まあ良いでしょう貴女がそう言うなら連れていきましょうか、彼女のもとへ。ヘルバ殿、約束をお忘れなきように」
「ああ、事が落ち着いたら取りに来るとよい」
あらためて念を押すノクスは魔力を解き放ち再び狼の姿に戻った。




