第七話「政府は諸士に負うところ絶大であるにも関わらず」
盗賊に扮し、カロリーナを試した第四十戦列歩兵連隊の一団は、一応矛を収めて彼女を連隊本部へ連れて行くことにした。馬車は兵士たちに囲まれながらガタガタ音を立てて街道を進む。
馬車にはカロリーナとジョミニ、大隊長のフランソワ・クラリーとシモン・フレースの四人が乗っていた。
「ジョミニさん、もう収まりました?」
兵士に銃を向けられ緊張のあまり嘔吐したジョミニの背中をカロリーナがさする。
「はい。なんとか大丈夫です」
「ハンッ。銃を向けられてビビッて吐くような奴が軍人気取りとはね」
そう悪態をつくのは、歩兵連隊の第四大隊長フランソワ・クラリーである。身体が大きく、顔に特徴的な刀傷があった。
「びびってなどいませんよ。緊張しただけです。まあ、そうですな初陣の兵士によくある症状みたいなモンと思ってください。もう大丈夫です」
「どうだかね」
「街道強盗まがいのことをするなど、規律はどうなってるのですか規律は」
「なに」
ジョミニが話を混ぜ返して険悪な空気を出し始めたのでカロリーナは強引に話題を変えた。
「それにしても! あなたがたはどうして、わたくしたちがこの街道を通ると知っていたのですか? 首都からヴァランまで行く街道は四本も通っているのに、どうしてこの道だと?」
「簡単なことですよ」
シモンが懐から煙草を吸うためのパイプを取り出しながら答える。火を起こしていないので咥えるだけ咥えている。
「新任の連隊長が来ると連絡が来たので、首都からヴァランまでの街道沿いの宿に、急に宿泊の予約をした人間はいないかと確認したんです。で、どの道から来るかわかったのでちょうどあなたたちを待ち伏せできた」
「なるほど……泊まる場所からルートを割り出されたのですか。これは迂闊でした」
「でも、待ってくださいまし。わたくしが連隊長に任命されたのが一昨日、ジョミニさんが宿に予約を入れる使いを送りだしましたのが昨日。で、今日。どうして首都から五百キロも離れたヴァランにいるあなたたちが、わたくしたちの事を知って、首都から一日とたたないところで待ち伏せできたんですの?」
「軍には軍のルートがあるんですよ。ちょうど窓から見える。ほら、あれをご覧なさい」
カロリーナは馬車の窓から外を見た。風車のような、しかしそれとは違う奇妙な建物があるのが見える。ちょうど台の上に立った人間が両腕を左右に広げ、折り曲げたポーズをとるような姿に見える。
「腕木信号って言うんですが、あれを狼煙のようにリレーさせて情報を伝達してるんです。馬より早く情報を届きますよ」
「あれが腕木信号ですか! 実験はしていたと聞きましたがコルスカではもう実用化されてたんですねえ。あれは情報の革新です。だが惜しいかな、建設に時間がかかるので敵地では活用しづらいのが問題で……」
身を乗り出したジョミニがお喋りを始めるのをカロリーナはジョミニの口に手を当てて制した。
「情報はともかく、あなたがたはどうやって?」
「私とクラリーの部隊がたまたま近くに移動していたんですよ。連隊がヴァランに駐屯してると言っても、兵士全員がずっとそこにいるわけじゃありません。治安維持の見回りも兼ねてあちこち移動してるんです」
シモンは咥えたパイプをもごもごと噛んでいる。どうやら癖のようだった。
◆
日が暮れる頃、馬車と兵士の一団は小さな村に到着した。
「今日、泊まる宿があるモネトウ村です。予定より一時間遅れました。あなたたちのせいですよ」
ジョミニは馬車から降りながらクラリーを睨みつけた。
「ふん」
「んんーーー……疲れましたわ……」
カロリーナも続いて馬車から降り、伸びを一つ。途中でアクシデントがあったとはいえ、ほとんど一日中を馬車で過ごしていた。
「あなたがたは、あの旅館に泊まると聞いていますから、今日はここでお別れですね」
「あら? あなたがたはどちらに泊まるのですか?」
「我々ですか? その辺の民家に泊めてもらってますよ。数日前からここにいますからね」
シモンはこともなげに言う。
そこに村から十人ばかりの兵士が姿を現した。二頭の豚を連れて、一羽の鶏を持っているほか、手に持った籠いっぱいにパンやバターを抱えている。
「大隊長! ちょうどよかった。今日の調達が終わりました」
「よし、ご苦労! 隊員に分配しろ」
クラリーが兵士たちをねぎらうように笑顔で肩を叩いて回る。カロリーナはその光景に奇妙な違和感を覚えた。
「どうしたんですかソワン伯、行きましょう」
ジョミニに肩を叩かれ、カロリーナは後ろ髪を引かれるような思いで宿の扉をくぐった。
◆
宿泊する宿は立派なもので、古くは旅行する貴族たちを相手に商売をし、今は裕福な市民を相手にしているようだった。
「ようこそお待ちしておりました。ソワン伯……」
出迎えたのは宿の支配人の中年男で、愛想のよい笑顔をしていたがぬぐいがたい疲労が見えた。
「この村、なにか様子がおかしいですわね……」




