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第十二話「徳や悪徳にも際物がある」その4

 ワインを頭から被ったタルマはそれをぬぐうと一口舐めて、勿体ない。と余裕ぶってみせた。


「いやはやソワン伯。なかなか大胆な方ですね。もう一度よく考えてみてください。私と組んで裕福になるか。薄っぺらい正義感を振り回して破滅するか。真面目な人間ほど馬鹿を見る時代ですよ」


 うすら笑いを浮かべるタルマをカロリーナはにらみつける。


「真面目な人間を食い物にするような方が言えたことですか! あなたのような人がいるから真面目な人間が損をするのですわ! 革命なんかが起きたのも、あなたみたいな人のせいです!」


 真面目な人間を食い物にし、自分の利益を図るような輩。そんな連中への不満を爆発させたのがコルスカの大革命だった。とカロリーナは思っている。ならば、革命を起こした民衆を憎むのと同じく、それを起す原因になった悪徳を憎んでいた。こんな人がいるから、お嬢様は死んだのだ。


 タルマは悪びれもしなかった。


「そうでしょうな。革命の前は貴族が制度としてそれをやっていました。革命の後は我々がそうするわけです。ご自分がなさるのは良くて、我々がするのはよくないと。たいした道徳家ですな」


「貴族は報いを受けましたわ。首都には貴族の頭がいっぱい転がってます。……行いには報いがある。私はあなたを告発します!」


「それは残念」


 その言葉と同時に、タルマの右手には拳銃が握られていた。銃口がぴたりとカロリーナの心臓に狙いをつけている。


「ではここで消えてもらいましょうか。できもしない約束をした挙句、逃げ出した……と説明すれば他の連中は疑わんでしょう」


 その時、扉の木板が引き裂ける音を立ててこじ開けられた。


「オラぁ!」


 扉を蹴破った軍用ブーツはクラリーのものだった。続いてフレースとジョミニが姿を現す。記録を見て不審に思ったジョミニが二人を連れて駆けつけたのだ。


「てめえこの野郎……!」


 勢いのままタルマに掴みかかろうとするクラリーをタルマは銃を軽く掲げて見せて制止した。事が露見してタルマの表情には狼狽が見えるが、あくまでまだ場の支配権は自分にあると考えているようだった。


「動くな! 動くと連隊長の顔を吹っ飛ばすぞ」


「やっちまえ! そしたらてめえをぶちのめしてやる」


 三人が銃を抜いてタルマに狙いをつける。前装式の銃は一発撃てば再装填に時間がかかる。タルマが撃てば即座に三人から撃たれるだろう。


「抵抗はやめて投降するのが賢いぞ。今なら横領で済みますが上官を撃てば反逆罪だ」


 フレースが低い声で言う。


「はは……捕まればどのみち死ぬも同然だ。お前たちこそ銃を降ろせ。連隊長を道連れにだってできるんだぞ!」


 余裕の表情が失われたタルマがカロリーナの腕を掴む。


「こいつを人質にしてマーキアに亡命する!」


 引っ張られそうになったカロリーナはタルマの腕に思い切り噛み付いた。肉が噛み割かれる痛みにタルマは手を放す。


「ッ!このアマぁ! ぶっ殺すぞ!」


痛みと焦りから紳士風の態度はついに消し飛んでいた。


「撃ちなさい!」


 タルマの皮と血を吐き捨てたカロリーナが叫ぶ。


「さあ!撃って!」


 その言葉は単なるはったりを越える迫力があった。タルマにはカロリーナの大粒のルビーのように赤い瞳が煌々と燃え上がるように見えた。


 撃つなら撃て、殺すなら殺せ。カロリーナには命を惜しむ何物も無かった。革命騒ぎで死人は大勢見て来た。両親は既に亡く、大好きだったお嬢様もこの世にはない。自分の命にしがみつく理由が、カロリーナには無かった。


 ただ一つ、お嬢様の「伯爵家を継いで」という遺言以外は。それを果たすために命を投げ出す事などなんでもなかった。


 しかしそれだってお嬢様のわがままだ。自分を残して死んでしまったお嬢様。わがままなお嬢様。そんな人の言うことを聞く必要なんてあるだろうか。こんな重すぎる使命を押し付けて死んでしまったお嬢様。死んで逃れられるなら、それもまた良い。とさえ、カロリーナは思っていた。


「さあ! 早く!」


 自分に向けられた三つの銃口よりも、カロリーナのその眼差しがタルマの恐怖心を煽り立てた。


「う……う……クソっ、クソっ……!」


 タルマは銃を置いた。結局彼は計算に身をゆだねることにした。この場で射殺されるよりも横領の罪で何年か監獄に入る方を選んだのだ。


「……」


 罪人としてへたり込むタルマに歩み寄ったクラリーがその顔面に蹴りを入れた。


「この豚野郎。裁判の前に俺がぶっ殺してやる」


「おい、やめろ。殺すな」


 フレースが割って入り沸騰しているクラリーを引きはがし、鼻血を噴き出してのたうちまわるタルマを見下ろした。


「……はあ」


 一件が落着したカロリーヌも緊張の糸が切れてぷつりとその場にへたり込んだ。


「……間に合って良かったです。ソワン伯」


「ジョミニさんが皆さんを集めてくださったの?」


「まあ、そういうことです。間一髪。間に合ってよかった」


 ジョミニはモジャモジャの頭をかき回した。


「にしても豪胆な人だ。銃を向けられて撃てと言えるような人間は心臓に毛が生えてますよ」


「あら。皆さんがなんとかしてくれると信じていたんですのよ!」


 ジョミニは笑って見せるカロリーナの表情が一生懸命こねられた粘土の仮面のように見えた。


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