第九話「指導者とは『希望を配る人』である」
「解決する……と大見えを切ったのは良いですが何か解決策があるんですか?」
兵士と指揮官たちの面前で、物資の不足を解決する。と大見えを切った翌朝。カロリーナは身支度を整えて部屋を出てそうそう、ジョミニと鉢合わせし、藪から棒に問いかけられた。
「ジョミニさん、あなた部屋の前で待ってたんですの?」
「まあ、そういうことです」
カロリーナは目をごしごしと擦る。首都を出発してから数日で強盗に遭うわ、部下の兵士たちの状況はボロボロだわでろくなことが無い。寝不足でクラクラするのを紛らわせるために腕をぐるぐると振り回そうとすると、かっちりとした軍服の肩が邪魔をする。ペリゴーヌ伯爵から譲り受けたこの軍服、見た目は良いが着て動き回るには不便だった。
「あなたには軍事の知識は勿論、組織運営の知識があるとも思えないのですが。やる気だけあるド素人であるあなたが解決できることなどそう多くはないと思うんですよ。まあ、それを補うために私が居るわけなんですが、まさか私の知恵を頼りにあんなことを言ったわけじゃないですよね?」
「あなた言いたいことをズケズケ言いますわね。あのボロボロの兵隊さんたちに『残念ですがわたくしには何もできません』と言えばよかったのかしら?」
「そういうわけではありませんが……」
ジョミニはもじゃもじゃと手入れのされてない髪をわしゃわしゃかき乱す。
「何か手があるはずですわ」
カロリーナは思う。兵士たちは飢えている。そしてより深刻なのは、未来に希望を持てないことだ。希望! 自分には希望があった。屋敷を追い出されようと、パンが無かろうと、隣にはいつもお嬢様がいた。
お嬢様は常々言っていた。「希望を持って決して諦めないで」と。あの人がいたから自分も耐えることができた。今はもういない……
「とりあえず、主計、補給担当のタルマに善後策を相談するのが良いでしょう。ちょうど、朝食がてら相談をしたいと食堂で待っているようですが……」
「それがいいですわ。専門家なら何かいい手があるに違いありませんし」
「打てる手があるなら既に打ってると思うんですがね。そうできなかったには何か理由があるんでしょう」
「あなたはいつも一言余計ですわ」
◆
警備の従卒兵二人が扉を開け、カロリーナたちを食堂に通す。テーブルには白いパンと肉のスープ、そしてワインが用意されていた。それもカロリーナとジョミニ、タルマの三人で食べるには入りきらないほど大量に。
「連隊長閣下。昨日は挨拶もそこそこでした。ささやかながら朝食を用意させていただいております」
第四十歩兵連隊の会計と補給の一切を取り仕切っているベンジャミン・タルマは軍人というより中年の商人に見える。小太りの腹をしているがその顔は脂で緩んでいるというような事はなく、眼光は鋭く、つやつやとした肌をしているが頬の肉だけが絞ったようにこけていた。
「主計長、これは?」
カロリーナは目を丸くした。軍は民間人を襲うほど物資に困っているのではなかったのか。
「連隊長閣下のために用意させました。兵が飢えているといっても、連隊長を飢えさせるわけにはいきませんから、キチンと用意があります。デザートには南方から取り寄せた果物もあります。伯爵家出身の閣下のお口に合うかはわかりませんが……」
タルマが言い終えるよりも先にカロリーナはテーブルのふっくらとしたパンを掴むと来た道を引き返す。
「これ! あなたたちの分ですわ!」
そう言って先ほど扉を開けた従卒の兵士にパンを渡す。渡された従卒はというと何が何やら分からず目を白黒させて困惑していた。
「中に入って、テーブルの上のパンを全部持っていきなさい。外にいる兵士たちにあるだけ配って!」
「ソワン伯?」
タルマが驚き半分、戸惑い半分の声を上げる。ジョミニは興味深そうに自分の上司の姿を見て突拍子もないことをし始める人だ。そういえばこの人は執政官の部屋に単身もぐりこんだ奇人だったか。そういう感想を抱いた。
「兵士たちが飢えているのにわたくしだけがお腹いっぱい食べるわけにはいきません」
「しかし閣下、朝食を配ったところで兵士全てを養えるわけではありませんぞ」
「でも、とりあえず何人は食べさせられますわ。まずはここから、わたくしの食事から変えていきます。タルマ主計長、他に出せる食料は!?」
「は、はあ……倉庫には一週間分の小麦がありますが、あれは非常時に備えた時の分で」
「今が非常時ですわ! ただちに全部、兵士たちに与えてくださいまし! あとお金!」
「金は殆どありません」
「じゃあ、この食器と燭台を売る! 見たところ銀ですわ。そこそこの値段がつくでしょう。それでお金を作ってパンを買う!」
「ですが閣下、それで何になります? 軍全体を食わせるにはとても足りませんし、財産を切り売りしても問題の解決にはなりません」
「今、今の話をしているんですのよ!」
タルマは野ウサギのように飛び跳ねてテーブルの上の食べ物を持ち出し、食器や家具を物色しだすカロリーナに完全に主導権を握られて困惑しつつ、新しい上官の言うことに従うことにした。
「いま、とにかく今ですわ」
カロリーナは繰り返した。とにかく今すぐ兵士たちに目に見える効果を示す必要がある。自分が来たことで風向きが良くなったと、未来に希望が持てるようにしなくてはならない。と。今をなんとかしなければ、この先の、根本的な解決など悠長に待ってはくれないだろう。
◆
第四十歩兵連隊の第四大隊長、フランソワ・クラリーは苛ついた態度を隠しもせずに司令部に出勤する。訳の分からないド素人の貴族のお嬢様が自分たちの上官になったのだ。面白くもない。偉そうなことを言っていたが素人に何ができるというのだ。
だがそこで予想外の光景を目の当たりにした。
「クラリー大隊長閣下!」
司令部付きの兵士がクラリーの姿を見ると慌ててパンを口に押し込んで敬礼する。他の兵士たちもパンを食べているようだった。
「お前たち、そのパンはどうした」
「はっ。連隊長閣下が朝食を出してくれたのであります」
「連隊長が?」
兵士は久しぶりに白いパンを口にして満足そうだった。ちょうどそこへ第三大隊長のフレースが通りかかる。
「ようクラリー。いいところに来たな。連隊長が倉庫を開放する許可を出したらしいぞ。主計長のヤツが青くなってやがった。パン屋に釜を借りないといかん」
「……何を考えてるんだ、あの連隊長。こんなことをしたって長続きするわけがない。すぐ空になっちまうぞ」
「だが、今日は腹いっぱいになれるぞ」




