第56話 青春! 俺達の学園異能は始まったばかりだ!
追いかけっこのあとも色々と大変だった。
先ず、茂みの中から顔だけ出していた光亜麗先輩を救出する必要があった。
運動部のランニングコースに全裸の美少女を一人で放置しておくわけにはいかない。
「何か、持ってくるから、一緒に、隠れてろ」
氷上の提案に従って、俺は光亜麗先輩と一緒に茂みに隠れることになる。
俺は全裸の先輩と違ってパンツを穿いているとはいえ、ほぼ全裸。寒くて風邪をひくといけないから、抱き合って暖めあいましょうなんて俺たちが目と目で会話していたら。
「やっぱ、やめた」と氷上まで茂みに入ってきた。
何故か俺達の間に割って入って、むすっとしている。
どうやって機嫌を取り戻そうかと悩んでいたら、殺戮先輩達がやってきてユニフォームの上を貸してくれた。
「ひいんっ……。臭いですわ。ヌルヌルしますわ」
光亜麗先輩はマジ泣きしてしまった。
泣き言とは無縁そうな凛々しい先輩だと思っていたのに、涙で顔をくしゃくしゃにしていた。
殺戮先輩は、すぐ近くに全裸の美少女がいるのに平然としている。
チラッと視線を送ってくることすらしない、実に紳士的な態度だ。
先回りして人払いもしてくれたようだった。
会いたくない人一位なんて思っていたのが申し訳ない。
喫煙していた不良グループを風神雷神先輩が取り締まって、事件は解決。
とするには、まだ早く、少しだけ続く。
光亜麗先輩が一時間以上ものシャワーを浴びてジャージに着替えたら、更衣室で卑弥呼先輩による説教タイムが待っていた。
俺だけでなく光亜麗先輩まで氷上を追いかけたのが、お怒りの理由だ。
何が悪かったのか聞いても、「なんという、お子ちゃま!」と呆れるばかりで、答えを教えてくれない。
もし光亜麗先輩が追いかけていなければ、氷上の説得は半分の時間で済んだらしい。
俺と先輩は並んで正座して反省タイムだ。
二人の知識を総動員して導きだした答えは、氷上の光亜麗先輩への嫉妬だ。
イジメを苦にして部活を辞めてしまった氷上と違い、光亜麗先輩は水着を盗まれてもめげずに部活を続けた。
氷上は、自分には不可能だったことを成し遂げた光亜麗先輩が羨ましく、ねたましかったのだろう。
俺達が悩み抜いて出した答えを聞くと、卑弥呼先輩は口をぽかーんとしたまま、数秒間、心が何処かへ旅立ってしまった。
氷上も隣で同じように呆れた表情をして「いや、まじ、お子ちゃま」と肩を落とす。
で、なんか、いつの間にか卑弥呼先輩と氷上は意気投合していた。
卑弥呼先輩という良き理解者を得た氷上は、実に嬉しそうにしていた。
いつの間にか先輩のことを、お姉様と呼ぶようになっていたし。
俺と光亜麗先輩がシャワーを浴びているのを待つ間、卑弥呼先輩との間で、何かがあったらしい。
何にせよ、氷上の笑顔を見られた俺は、二人の説教にも、見事、耐え切ったさ。
氷上が「でかすぎて見苦しい」という理由で、上半身裸のままだった俺の乳首をマジックで真っ黒に塗りやがったのには、ちょっとだけ泣きそうになった。
鬼だ。
俺だって、好きで女になったんじゃないぞ。
昔、俺のことを「女だったらなあ」なんて願ったやつがいて、そいつのせいでこんなことになっただけで、俺は男だ。
男なんだよ……。
けど、俺は自分が男だったという事実を知っているだけで、体や戸籍や周囲からの認識は女になってしまった。
でも、いつか俺は男に戻ってみせる。
そのためにも、男であることを忘れないために、俺は女好きを貫くし、学校でラブコメ生活を送って男らしく生活してやる!
なんてことを考えていたら、反省の色がないとのことで、説教タイム延長。
俺と違って光亜麗先輩は、素直に反省していた。
けど、何故、氷上を追いかけてはいけなかったのか、最後まで分からなかったようだ。
「美月さんは既に私の友人ですわ。友人を助けようとして、何がいけないのですか」と、大声を張り上げた。
友人発言は氷上に劇的な変化をもたらし、顔が熟れたイチゴのように真っ赤になった。
同性の友達が二人も出来てよかったな、なんて思っていたら、いつの間にか、女性陣三人が、正座する俺を取り囲んでいた。
よく分かんない、どういうご褒美だろうか。
目の前に太ももだらけでいい匂いがするし天国だ。
と、まあ、最終的に、俺が光亜麗先輩のシャワー上がりの匂いに鼻を膨らませて、卑弥呼先輩に胸を揉んでいただくというご光栄に預かり、氷上の平手打ちからの膝蹴り、そして目潰しのコンボを食らって、事件は幕を閉じた。
そういえば、氷上から頭を抱えられて膝蹴りを食らったときに見えたぞ。
実に気の抜けたタイミングで、俺の数日間に及ぶ願望が叶った。
氷上は、白だ。
飾りっ気のない、白だ。基本にして究極の白だ。
「だから、何故、私に、報告する」
「黙って見たんだから、きちんとお礼は言っておきたいだろ。ありがとう氷上。いいものを見れた!」
「へ、変態!」
事件から翌日の昼休みに、教室で昼食を取っていたら、氷上が俺の弁当を奪ってしまった。
「いちど貰ったんだから、もう俺のだぞ。パンツ見たくて頑張った俺の正当な報酬だ」
「ええーっ。な、なぜ、そんなにエロい……」
「いや、だってしょうがないじゃん。最初の自己紹介で言ったけど、俺はこんな身体だけど、もともと男なんだし。エロい妄想がいつか元の身体に戻る切っ掛けになると思うんだ」
「その、エロ妄想のターゲットにされたなんて、最悪すぎる……」
俺は不可抗力で女になってしまった。いつまで経っても男に戻れないということは、俺が本心から望んでいないからなのかもしれない。
けど、不安はない。
だって、俺の真ん中に空いてしまった喪失感を埋めてくれる存在が、目の前にいるんだもん。
氷上がいてくれるなら、俺は、無くしてしまった大事な物を取り戻すことが出来る。
「単にエロいだけじゃないぞ。氷上のこと好きなのは、本心だぞ」
「いや、まあ、その『好き』が最終的にどう落ち着くかは後回しだけど……。私はともかく、光亜麗先輩、ガチだから、絶対、真相を知ったら凹む……。次、あの人、消える」
氷上が顔を伏せた隙に、俺は弁当を奪い返し、次々とおかずを口の中に放り込んでいく。
「あっ、ああっ、ああー。ご、五百円! 五百円、払え!」
「恋人への手作り弁当でお金を取るのは、おかしい!」
「恋人、違う」
弁当の奪回は諦めたようだが、氷上はむすっとしてしまった。
「買い物して材料を運ぶの重くて大変。手伝ってくれるなら、割引……しないこともないかもしれない……」
「よし分かった。スーパーでお買い物デート!」
「デ、デート、違う」
「部活終わったら、一緒に行こうな」
「……うん」
氷上は照れたように、上目づかいで頷いた。
「光亜麗先輩も誘おうな。髪留めを買いに行きたいって言っていたし」
「いや、だから……。まあ、いっか」
氷上が何か達観したようなため息をついた。
「私も、水取の言う、ラブコメヒロインの、一人、なっちゃう……のかなぁ」
口とは裏腹に濃い隈の上にある瞳には、既に恋の色が芽生えつつあった。
「多分、水取の思考は無意識のうちに、能力で周囲に送信してる。恋の色とか、キモいこと考えるな」
「照れるな」
「照れてない。いや、まじで」




