読解力ってなんぞや?(昨今低下してると嘆かれている『読解力』のお話)
学習指導要領が新しくなって、高校で教わる『現代文』の授業が『論理国語』と『文学国語』に置き換えられるんですって。
なんでも、学生さんの『読解力』が落ちてきてるらしくってね。
その対策なんだそうだ。
『これまで教養とされてきた文学作品を読む機会が減る』と、ツイッターでお気に入り作家さんが嘆かれていた。
まぁ、本は授業でやらんでも、各自好きに読んだらよろしいんじゃない? とそのときはぼくも思ったんだけどね。
ちょっと思い直すことがあったので、ぼくも、『読解力』について考えてみようかな? って思ったんだ。
そんなわけで、今回は昨今、学生さんの間で低下してると嘆かれている『読解力』のお話。
まずはじめに、『読解力』を『文章から文脈を読み解き、文脈を作文する力』と定義しましょうか。
『読解力』って、抽象度のかなり高い言葉だから、最初にきっちり定義しないとまずいよね。
齟齬がめっちゃ生まれちゃう。
どうして作文する力まで含めるのか? って言いますと、解答する部分(作文)まで含めないと『読解力が低下してる』だの何だのといった文脈で使えないからです。
試験には、解答がつきものでしょ?
そういうことです。
実のところ、ぼくは『昨今、学生さんの読解力が落ちてる云々問題』の大部分は、『作文に不慣れ』って点にあるんじゃないかと思ってます。
スマホの普及で、漢字や慣用句をちゃんと記憶してないとか、さ。
宿題の答えをコピペやらなにやらで済ますから、アウトプットに慣れてないとか、さ。
実際、そんな感じなんじゃないの?
話が終わっちゃいそうだから、それはそれとして『文章から文脈を読み解く力』の方を見てみましょうか。
『文章から文脈を読み解く』には、ぼくは『コンテクスト(文脈に紐付けられたパターン化された状況)』か、『文法』か、あるいは両方が必要だと思っています。
読解力をあげようと『コンテクスト』を脳に溜め込むためには、本を読んだり会話をこなすなどして、同じ語を使う多彩な状況に触れる必要があるわけです。
あとは文法。
文法が、読解のヒントになります。
逆に『読解力』って多くの部分を文法に依存しているから、『言語によって』かなり異なります。
日本語だと読解できないけれど、英語だと読解可能、みたいなことが普通にあるんですよ。
例をあげてみましょう。
『運転をする場合には、シートベルトをする必要がある。マルかバツか。』
こんな問題が、『運転免許試験』って状況で出題されたとします。
どうですか?
まず『コンテクスト』としては、『これは道路交通法に関する問題を解答するシチュエーションだ』ってこと。
文法的ヒントは、『場合』のニュアンスと『には』の用法です。
この問題は、文法的なヒントを使います。
『とき』じゃなく『場合』って書いている理由と、『には』で範囲を限定している意味を考えなさいよ、と。
『とき』と『場合』ってしばしば混同されるけど、実は『when』と『if』ぐらいにニュアンスが異なる言葉なんだよね。
コンテクストからも『場合』を使ってることからも『when』のニュアンスではないわけだ。
そうして、答えは、『同乗者もシートベルトをしなければならないから、バツ』ってことなんだけど、実際、理屈で読解するのはかなり厳しいでしょう?
ちなみに英語の場合だと、シートベルトが複数形になったり、あるいは、yourみたいな代名詞が入ったりして、明に暗に、『シートベルトは複数あるよ!』っていうヒントが入ってきます。
そういうヒントが多いから、ぼくは、日本語よりも英語のほうが読解力があがると思ってます。
だから国別の読解力調査って、そもそも意味あんのかな? ってw
まぁ、いいや。
お次は『コンテクスト』を使う例をやってみましょうか?
『親しい友人が挨拶もせずに自分のうちにあがりこんで、勝手に書斎に入って本を読んでいる』という状況で、
友人に向かって家主が『Can I help you?』と言った場合、どんな意味でしょうか?
こんな問題があったとしましょう。
『Can I help you?』は、『お手伝いしましょうか?』って意味なんだけど、通常、『不自由している人を見かねて、さあ助けよう』っていう『コンテクスト』で使われる。
自由に好き勝手やってる人に使われる言葉じゃないんだよね。
だから、この文脈で使われる意味は『皮肉』になる。
『なんにも手助けすることができないぐらい、好き勝手やってんな(呆れ)』みたいな感じ。
間違っても、『if you want to.』なんて返してはいけない。
今回はそんなお話。




