終わりの始まり
一通り説明を受けたエミリアは受け止めきれたとは言いがたく、少しばかり呆然としていた。
疑問が浮かぶ。
「アルは賭けで何を勝ち取ったの?」
「君の婚約者に戻ることはもちろんだけど、側近に取り立てていただくことになったよ。殿下のね。」
「そ、側近?!」
とてつもない大出世ではないか。
エミリアあまりのことに目を見開いた。一貴族の青年が抜擢されることなどそうある話ではない。
殿下に目を向けるがどうやらそのことに関しては不満はないらしく、「こやつは頭が良く回るからな」と口添えをするくらいにはアルフォンスのことを気に入っているらしい。
(なんだか凄いことになったわ…)
いつのまにかエミリアの髪の毛をくるくると弄ってくるアルフォンスを注意する気にもならない。
「そういえば…」
ふいに殿下が口を開いた。
「エミリア嬢は私に嘘を申したな」
「ひぇッ?!」
まさかそこを言われるとは思わなかった。賭けに必要な流れとは言えたしかにエミリアは王女殿下相手に嘘をついた。
「嘘を、申したな?」
念を押された。
エミリアは諦めたように頷き、か細い声で「間違いございません、嘘を申しました。」と答えた。
隣のアルフォンスは怪訝な顔をしながらも何も言わない。
「償ってもらおうか」
アルフォンスの手がぴくりと止まった。
エミリアはゴクリと唾を飲み込む。
殿下はにんまりと笑っている。
「つ、謹んでお受けいたします…」
エミリアは仕方のないことだと内心項垂れる。アルフォンスを守ろうとしたとは言え嘘は嘘だ。王女殿下は顎に手を当て思案している。
「ああそうだ」
殿下は何か思いついたらしい。
思いつきの罰というのも恐ろしいが償える内容であることをエミリアは祈った。
「侍女になれ、私専属の。」
「へ…?」
「そなたのアルフォンスへの忠誠心は信頼出来そうだからな。私もそれを利用させてもらおう。」
殿下はうんうんと納得顔で頷く。
そんなのエミリアにとってはアルフォンス並みの大抜擢であって罰でもなんでもない。むしろ良いのかと顔色を伺ってみるが彼女は満足そうな表情のままだ。
「私のような者でよろしいのですか?」
「ああ、実は探していた所だったのでな。期待できる部下が二人も出来て実に喜ばしい。そなた等の働きには大いに期待している。」
殿下はソファの背もたれにゆっくりとした動きでもたれかかった。
雰囲気からしてどうやら話は終わりに近いらしい。
「ところで」と次に口を開いたのはアルフォンスだった。
「僕が側近になるなら殿下も上を目指してくださいね。お飾りのおまけはごめんです。」
「…突然何を言いだすかと思えば…貴様エミリア嬢にいい所を見せたいだけであろう。同じ職場だからと喜んでいるというところか…わかりやすい…」
この二人がこの数ヶ月でどれほど親しくなったかは知らないがエミリアはアルフォンスの言い方や振る舞いに内心ヒヤヒヤした。
だが、そんな心配を当の本人は気が付きもしないで続ける。
「そうですが何か?エミリアは彼女の父君のように“仕事のできる男”が好きなので。ましてやエミリアが殿下の侍女となるならば手も抜けませんからね。」
「なるほど、ある意味やる気を見せているというのか。エミリアを侍女にしたのは正解であったかもしれんな。…くそ、では爺共を呼べ。」
殿下は何かを決意したかのように眉間にしわを寄せて苦々しい表情で言った。
「何をされるのです?」
エミリアが首を傾げて問う。
「私は王女だぞ。上は王しかあるまい。」
アルフォンスは「確かに、」と言いながら夜会に出ていた大臣たちを呼び寄せた。
そこからは速かった。
「王を目指す」との宣言を聞いた大臣たちはワッと歓声を上げ、王女の気が変わらぬうちにと翌日からは王女を時期王にするための手続きに全力を注いだ。
元々才気溢れる正妃の娘である王女が時期王になることに反対する貴族はほぼおらず、側室の息子たちは憧れていた大好きな姉のためにそれぞれ国境付近を治めることに従事した。
エミリアは言う。
「こういうのをめでたしめでたしって言うのかしら。」
血が流れることのない後継問題は少ない。平和にことが進んだ奇跡を目の当たりにした今エミリアは改めて王女殿下の素晴らしさを実感していた。
でもアルフォンスは違った。
「国なんてどうとでもなればいいさ。僕らが結婚して初めてめでたしめでたしだよ。」
熱っぽい視線を送るもののエミリアは気がついていない。だが彼女がもじもじと指を遊ばせているあたりまずまずの手応えを感じる。
王女殿下に仕事を与えられて以来エミリアもアルフォンスもしばらくは結婚どころではなくなってしまった。
そのことを恨みつつも毎日エミリアと過ごせるのは満更ではない。
「おい貴様らもうじき式典が始まる。プロポーズは後にしろ。」
王女殿下はうっとりとエミリアを見つめるアルフォンスにうんざりしつつ窘めた。
「さぁ、行くぞ。皆が待っている。」
アルフォンスとエミリアは気持ちを引き締め恭しく頭を下げた。
「「はい、陛下」」
女王陛下が最も信を置く側近と侍女が結婚をするのはこの数ヶ月後のことだった。
読んでいただきありがとうございました。だいぶ前に書きかけが放置されていて思い出しながら書きました。
矛盾点あったらすいません。




