005
彼にこの世界の技法は似合わない
うろうろ、うろうろ。うろうろ……。人間観察中。
うん、やっぱり、染めて無さそうだな。髪の毛。そうだよな、考えたらおかしい。この世界に来てからわりと目にしていたから気づかなかったけど、この世界の人達、髪が赤かったり、青かったり、紫色だったりしている。でも染めてるわけじゃ無さそう。
正確には、染めていないと思うってだけなんだけどね。子連れの親子とか見てると髪の色が一緒だ親子で一致している人達しかいない。例えば、母親が青、子供が青、父親が薄緑。とか。家族間で髪の毛の色が遺伝してるっぽいから、染めているわけじゃないと思うだけだ。
でも確か、人間の髪の毛って遺伝子的に黒とか金とか、茶とか、そういうもの以外って有り得ないんだよな。……んー。この世界の人達と元の世界の人の遺伝子は若干違うってことなのかな。でも、そんな目に見えない出来事なんか、ただの中学生がわかるわけないけどね。
セリアは薄青色の髪の毛だったし、アンデはちょっと赤かったし、シュッテイマンは、僕と同じ黒色だったな。カラフル。この世界はカラフルが基本なのか!?
……他には、特に変わったところはないな。武具屋と防具屋が普通にあって、凶器が簡単に手に入る点を除けば、元の世界と変わりない。
でも、この神聖術店だけはいくら考えてもどんなお店か想像できない。元の世界には間違いなくないお店だけど、本当にこの世界独特のお店なのかすらも謎だ。セリアは僕が魔物と対立したときに、僕が神聖術を学ぶ学生だと思ったと何度も言っていた。つまり、神聖術は魔物に対抗するための技法と予想できる。……これはその技術のお店なんだよな?
……入りたい。入りたいけど、左手の魔剣、ばれないかな?
魔法が忌み嫌われていて、魔剣なんてものを国に持ち込めば、死刑ものらしい。つまり、左手の剣がばれたら、一躍重犯罪者。隠し持っておけるから使わなければ問題ないけど、何が原因でばれるかわからない。
捨てようかな。この剣。邪魔だなぁ。
……キィン!?
何びっくりしてるのさ。この国で生活するのに邪魔なんだよ。わかる? 出来れば聖なる剣とかになってくれよ。
……キィィィ。
しょぼくれてもだめなんだぞ。まったく。今は手持ちの武器が無いし、仕方ないから持っておくけど。ばれない方法とかないの?
「……お?」
左手の違和感がものすごく小さくなった。
気になって袖を捲ってみると、模様が消えて、いや、ものすごく薄くなってるだけだね。もしかして、これで入ってもばれたりしない?
キィン
なるほど。なら安心だ。捨てずに持っておこうじゃないか。ついでだから、この町にいる間はずっとその状態でいてね。
神聖術店といわれるだけあって、中は真っ白い装飾がなされていて、なんだか神々しい。そして水晶が埋め込まれた杖やら、変な十字架が立てかけられてたり、まぁ、色々ある。神聖って言うだけあって、やっぱり元の世界で教会とか神様とかそういうのに関係がありそうなものばかりがならんでいる。なんだ、ただの変なお店か?
「おや、うちのような不人気店に来るとは、物好きな」
お店の奥からおばさんが出てきた。かなり、気品のあるおばさんだ。40、後半? 不思議と、そのおばさんから神聖な感じがする。神聖術だけに。
不人気なお店を選んだのは、人とあんまり関わりたくないからなんだけどね。それに混雑してない方が気楽でいいじゃん。別にいいもの買おうとしてるわけじゃないし。
「シャルイン学生かい?」
この町の神聖術学校の名前が、シャルインなのかな?
「いえ、町の外、村から、来ました。神聖術のお店、珍しくて入ってしまいました」
「……おかしな子だね。それならよりいっそう、うちより大きな神聖術の店に行くだろうに。怪しいね」
げ、鋭いぞ。お、おい、お前大丈夫か。
キィン!
任せておくぞ!
「……今、お前さんから変な気配を感じたんだが、気のせいかね。怪しいね」
「あ、あはは。大きいと、値が張る、ばかりだろなぁって、気後れしちゃいまして」
お前もう絶対しゃべるなよ!? ここで分けわかんない音立てたらへし折るからな!?
「……それで、うちに何のようだい。怪しい坊や」
「えっと、僕でも神聖術って、使えます?」
「……買い物しに来たんじゃないのかい?」
ああ、もうボロボロだよ!
「変な子供だよ。怪しいね……。まぁ、付いてきな。調べてあげるよ」
連れて行かれたのが真ん中に大きな水晶が鎮座した小さな部屋。
「触れな」
言われたままに、左、いや、右手で触れる。すると水晶はかすかに光りだす。おお、何だこれ。おばさんも水晶に触れる。そして、一言僕に言い放った。
「才能無いねぇ」
人が感動している最中になんて事を!?
「一応邪法の反応があったから見てみたが、そっち方面でもまるきり才能ないね。神素も魔素もめっきり駄目か」
邪法って確か、この国が忌み嫌ってつけた魔法の2つ名だったかな。いやいや、魔法自体は忌み嫌われてるけど、それ自体は邪法じゃないはず。いやいや、それよりも。才能がないって、もしかして、魔法とか神聖術は使えないってこと!?
「ちょ、ちょっとおばさん。どういうこと」
「まだ238だよ!」
嘘、だろ?
それは元の世界ではよぼよぼのおばあさんどころか二度死んでもお釣りがくるレベルだよ。元気に叫ぶなんてもってのほか、って言うかどう見ても50代近くです本当にありがとうございました。
……はっはっは。
「いやいや、年齢のわりに若い、認める、でも、238は、十分おばさん」
「おのれ糞餓鬼。エルフを愚弄するきか!!」
「へ?」
……エルフって、あれだ。長寿で耳がとんがってるやつ……耳、とんがってるー!
「うぉ、エルフ、初めて、見た」
僕の素の一言に、おばさんはあっけに取られたような顔をして、口を開いたままとまった。
「はぁ? ……おまえさん本当に田舎者だな。この国にいれば1度くらい見かけたことはあるだろうに……。それに、言葉遣いも下手だな……田舎者は皆そうなのか?」
怒りから反転、急にかわいそうなものを見る目で僕を見てきた。や、やめて! なんか心が痛い! 元の世界じゃ別に田舎に住んでいるわけじゃ……。
「……それで、才能ないって、どういうことですか」
ちょっとショックを受けて元気がなくなっているけど、めげたりはしない。だって、才能ないから使えないって決まったわけじゃ。
「そのままだよ。おまえさんには内包神素値と魔素値が圧倒的に低い。放出系の魔法も神聖術も使えんだろうな」
アウトぉおおおおおお!! 畜生!! ……んで、内包神素とか魔素とかなにさ。
「ないほう、しんそ? まそ?」
そういえば、初めての単語だ。素材の素に、神と魔っていう字がついているみたいだけど。魔力とかそういったものかな?
「簡単に言えば体の神素と魔素の放出レベルがものすごく低いってことだよ。これじゃ術を唱えても吐き出すエネルギー少なすぎて発動なんてしないね」
「……」
ちょっと、魔法が使えたら空を飛ぶとか、そういう夢、誰でも一度は考えるじゃない?
僕もそういった一人だったんだけど。……はぁ。
「そうですか……帰ります」
「まぁまておまえさん」
「なんですか」
「そんなお前さんでも術が使えてしまう道具があるのじゃ。ひとつ1万5000ギス」
高い!? でも、術が使える……!?
「……見ましょう」
見え透いた釣り針に僕はあえて釣られよう!!
進められた道具は3種類あった。
魔物を浄化する浄化術の込められた腕輪。
体力を回復を促進させ、毎日の暮らしが楽になる治癒術が込められたネックレス。
神聖術初級以上中級以下の威力を誇る神聖波動術と、辺りを照らす閃光術が込められた指輪を薦められた。どれもこれも神聖術の一環らしいけど、神聖術っていうのは細かく分類されているのか?
「他の商品よりかなり高いよ? 1万5000ギスって」
僕は変な水晶が埋め込まれた杖を指差す。それには7000ギスと書いてあった。明らかに詐欺だ!!
「馬鹿もん。お前さんは自身の扱う術を強化する道具なぞ必要ないだろう。あらかじめ神素が込めてあって、誰でも使えるような道具でないと意味ないだろう」
「うっ、まぁ、そうか……」
でも1万5000ギスもあれば、一週間暮らしていけるぞ。
「しかも、あのでかい店には売ってない」
エルフは238には見えない艶の失われていない唇を小さく歪ませ、嗤った。怖い。
「えっと、貴重なの? これ」
「私のお手製じゃぞ。エルフだから作れる」
「……本当?」
こういう道具はエルフだけが作れるってことか? そういえば、今までずっといろんな人を観察してきたけど、耳がとんがっている人は見たことない。つまり、エルフは珍しい存在。そんな珍しい存在が作る道具も、また珍しい。のか?
「本当じゃ。今ならサービスで神素を込めてやろう」
まだ込めてないのかよ! とは突っ込まない。
「……じゃあ、指輪頂戴」
2種類こもってるんだから、お得かもしれない。という安易な発想だ。
「毎度。ミエルという。これからよろしくの」
「え? えっと、僕は向井 夕。ユウって呼んでください」
「おかしな名前じゃの。怪しいの」
ひっひっひっと笑う魔女みたいなミエル。この人、今へんなこと言ったぞ。
「それより、これからよろしくって」
「私にしか神素は込められないからの。尽きたら、有料で込めてやる」
これは、もしかして嵌められた? 男のロマンを弄ぶ悪女のような手口だ!! とは紳士な僕は突っ込まない。せいぜい。
「せこいおばさんだ!」としか言わない。
「何だって!? なら指輪の初回エネルギーチャージサービス抜きでもいいんだよ!?」
「綺麗なお姉さん! お金のない僕に慈悲の恵みを!!」
弱い! なんて弱いんだ僕は!! この厳しい社会の中を腰を低くしないと生きていけないなんて僕はなんて弱いんだ!!
……何してるんだろう、僕。
使い方を色々教えてもらい、最後に神素を込めてくれた指輪を貰った。う~ん。変な模様が彫り込んであるシルバーアクセサリーにしか見えないな。銀にしては鈍い輝きだから、素材は銀じゃないのかもしれないけど……。
「またご贔屓に」
嫌らしい笑みが怖くも、綺麗でもある……。もう、僕完全に毒されたよ。こうなったらお得意さんにでもなろうかな。
腕のいい神聖術道具店のエルフの店長ミエル。よし、覚えた。さて、セリアを迎えに行くか。……あれ?
エルフ?
『エルフ』
「エルフ……?」
元の世界の発音と、こっちの世界のエルフの発音がほとんど一緒だった。
ん? どゆこと?
……まぁ、そういうこともあるのかな。
異世界生活91日
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向井 夕 (むかい ゆう) 現状
武器 魔剣ライフドレイン
防具 異世界での服
重要道具 ミエルお手製神聖術付与指輪( 神聖波動術 ・ 閃光術 )エネルギー*100%
所持金 5000ギス (家に3000ギスと500円を置いてきている。
技術 剣道2段
異世界の言葉(聞く、話す、ちょっと読む、ちょっと書ける
中学2年生レベルの数学
職業 デトラオン(悪魔の)食堂店員 (バイト)
仕組みがよくわからない指輪を手に入れた!
2012/5/22 見直し、表現の修正、誤字の修正などなど