032 プロローグ
Side シェス
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「ユウ。あの時一体何がったの?」
あの事件から結構日がたったけど、未だにユウがおかしい。
ユウの左手が茶色く変色したままで、少しずつその範囲が広がっている。長袖で隠しているけど、このまま変色した範囲が広がっていけば隠せなくなっていく。
まだある。ユウは私達の家に着て、目を覚ましたその日から、剣の訓練を毎日欠かさず行っていた。学園で神素を学んだ日からは、剣の訓練に加えて神素の訓練も毎日行っていた。その日課のような訓練を、事件が終ってからユウはしばらく訓練を休んだ。休むだけなら、別に私も気にしなかった。
けど、先日急に訓練を再開したと思えば、鬼気迫る様子で訓練を行っていた。毎日4時間以上は動きっぱなしで、何かに怯えるように剣を振るっていた。
訓練だと言うのに、余裕がない。心配だ。訓練で追い込むのは体であって、心じゃない。このまま無茶な訓練しているとユウが壊れてしまう。クレリアもその点を凄く心配していた。
だから、私は思い切ってユウを部屋に呼んで、聞いてみることにした。
……ユウもあの事件の話をお父さんに聞いたらしい。
ユウが広場にいなかった時間に何をしたかなんとなく予想がついている。クレリアを助け出そうと無茶したユウだ。例のフェンリル所持者から生き延びた騎士達の謎はユウが関わってるに違いない。
「……シェス、怒ってる?」
ユウは部屋に入ってから一度も私の顔を見ようとしない。たしかに、それで感じる怒りもあるけど、私はそれ以上に怒っていることがあるよ。
「怒ってるよ。何で怒ってるかかわかる?」
「……勝手に動いてごめん」
「そこじゃないよ!」
私は、お父さんの話を思い出して、自分の立てた推測を頭の中で整理する。あの場で、伝説の武具、フェンリルが振るわれたのは確かだ。なのに、あの場にいた全員殺されておらず、数人の騎士だけが犠牲になった。そして、あの場で最後に倒れただろう上位騎士が倒れるまで、腐った死体はなかったと言っていた。それから推測するに、あの場でフェンリル所持者が腐らせるような攻撃を出す必要がある相手が現れたんだと思う。
上位騎士は気絶する寸前に、魔素の収束があったような気がするとも言っていたらしい。多くの人は気のせいなんじゃないかと取り合わなかったけど、私にはそれがユウがいたと言う証拠なんじゃないかと考えた。だから。
「ユウは、フェンリルの所持者と交戦したんじゃないの?」
と、私は疑っているわけだ。
「……!!」
ユウの表情が凍りついた。私の考えは、大方間違って無さそうね……。
「なにが、あったの?」
私は、その際にユウが無茶したのが許せない。友達は友達をなるべく心配させてはいけないし、悲しませてはいけないものだと聞いた。私は、ユウが、初めての友達が死んだら悲しい。
「……」
ユウはうつむいたまま何も語ってくれなかった。私じゃ、私じゃ力になれないの……?
「ねぇ、ユウ。私は、友達よね」
私がそういうと、ユウは泣きそうな表情になりながら「友達だよ」と言った。私はなんだか嬉しくなった。
「じゃあ! 私がユウの力に」
「……でも!!」
ユウの拒絶の叫び。その叫びが私の何かを貫いて、私の喜びをかき消した。何が、起こったの?
「これは僕の問題で、僕がどうにかしないといけない……僕が」
「私じゃ、手伝えないの?」
ユウは、一体何を背負おうとしているの……?
「……」
心配だ。こうやって私と話している間もユウはずっと苦しそうに顔を歪めている。今にも泣き出しそうなのに、ぐっと堪えている。泣きたいのなら、泣けばいいのに。私の前じゃ泣けないの?
「ごめん。シェス。これから屋敷の掃除しないと」
生気の感じられない笑顔を浮かべて、ユウは私の顔を一度も見ることなく部屋を出て行こうとした。
「ねぇユウ。お願いだから、死なないで」
私がそう背中に声をかけると、ユウが立ち止まり、肩を震わせた。
「どうして、そういうことをいうの?」
ユウが、そう呟くと、すぐに動き出し、部屋を出た。どうしてって。
「私は、友達を失いたくない……」
まだ、友達として信用されてないのかな。できれば、ユウと親友になりたいのに……。こんなにも、ユウとお話をしたいと思っているのに。なにか、いい案ないかな。
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Side クロムン
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……昨日、シェスから、シェス様からお願いをされた。ユベルの様子がおかしいからどうにかして欲しいと。クレリアも同じことを言っていた。
「……」
僕っちとユベルは友達だ。僕っちの数少ない友達だ。だから、どうにかしてあげたい。
時々、ユベルは発言と表情が矛盾することがある。例えば、僕とユベルが始めてあったあの日。訓練の時間に、ユベルの剣の技が馬鹿にされたとき、ユベルは自分は怒っていると言っていた。でも僕っちにはそのときのユベルの表情が悲しんでいるように見えた。
そうなってしまう原因をどうにかしてあげればいいんじゃないかな? 嫌な出来事があったら良い思いをさせればいい。僕っちはそう思って、僕っち秘蔵のコレクション(写真)を持ってユベルに会いにきた。
わけなんだけど。
「……!!」
誰もいない南広場で無言でずっと剣を振るっているユベルに、僕っちは声をかけれない。ユベルが怖いと感じているわけじゃない。話しかければ、すぐにでもユベルは僕っちと話をしてくれるだろうと思う。
ただ、剣を振るうユベルの姿が、とても壊れそうな、ひびの入ったガラスのように見える。僕っちが声をかけたら、死んでしまうんじゃないかって思うほどに。
酷い身体強化だ。
ちゃんと神素が練ってない。力の配分がおかしいから、体が無茶苦茶な動きになっている。ほころびが多すぎて、せっかく施した身体強化のエネルギーが漏れてしまっている。
……こんな動きをしていたら、すぐに毒素がたまって動けなくなるはずなのに、かれこれ30分はこの状態で動き続けている。
とてつもなく毒素浄化速度が速いのか? 稀に、そういう人もいる。だからユベルがそうだって聞いても驚かない。でも仮に、ユベルが毒素を溜めない人間だとしても、こんな動きをずっと続けていれば体を壊す。
そうと知ってるのかどうかはわからないけど、ユベルは苦しそうに顔をゆがめて、歯を食いしばって剣を振るっている。無茶苦茶な神素の練り方なのに、剣筋はしっかりしていて、綺麗だ……。
「がぁ!?」
「……ユベル!!」
やっぱり、体を壊した!! 滅茶苦茶に練った神素の奔流が体に負担をかけすぎたんだ! 無理やりにでも止めればよかった!
「はぁ、はぁ……クロムン?」
「……何してる馬鹿。適当にやりすぎだ」
治癒術を、い、いや駄目だ。でも、友達が、苦しんでいる。
「そうだ、病院に」
「いや、いい。大丈夫」
何が大丈夫なもんか。左手が赤くはれ上がっている。一番神素の流れが雑で、負担がかかっていた場所だ。
「……左手が使えないなら、右手を使うから、大丈夫」
「……ユベル」
こんな雰囲気で、僕っちのコレクションを見るかどうかなんて聞けるわけがない。
「……僕、もう帰るね。あ、この間は訓練すっぽかしてごめん。僕から頼んどいて……。でも、クレリアがまだ訓練したいって。だから、付き合って欲しいんだ」
僕っちに押し付ける気か?
「……ユベルがやれよ」
「あはは、だよね。ごめん、クロムン……」
「……待ってよ、ユベル!!」
僕っちに謝るとすぐにユベルが走って行ってしまった。
……誰にもいえないような悩み事があるなら聞いてあげたい。でも、僕っちが誰にもいえないような隠し事をしているのに、人の事なんて聞けない。
「……ユベル」
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左手が痛い。
……魔剣に何度呼びかけてみても、治癒能力は発揮されない。
左手がまったく動く気配がない。魔剣が存在する左手に神素なんか流したら、そうなるか。
それにしても僕は何をしているんだ。迷惑はかけられないとか言って、迷惑かけようとするなんて、アホか僕は。
……僕は、強く慣れてるのかな。アンデ、ディハイルさん……。
Side ???
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「神魔剣所持者を見つけた」
「……それで?」
ずいぶん楽しそうに笑うな。腹が立つ。
「学園にいるだろう男だ。黒い髪で、黒い瞳をしている。かなり珍しい色だ。少し注意深く探せば見つかるはずだ。見つけ次第、捕まえろ」
「……俺が神魔剣所持者を捕らえる? 無理に決まっている」
「そのための『力』だ。やれ」
……くそ。
「……あいつは、無事なんだろうな」
「勿論だ。ずいぶん私に尽くしてくれるよ」
……いっそのこと、あいつと同じように俺も操ってくれれば楽なのに。力を欲したばかりに、こんなことに……。
「わかった。やる。やってやるよ糞野郎。その代わり、そいつを連れてきたら、あいつを、解放しろ」
「つれてこれたらな」
……連れて来てやるさ。クソッタレ。
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Side クリス
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「……そうか、そんなことになっているのか」
『そうなんだ。戻って来れないか、クリス?』
聖なる都に封印されていたフェンリルが盗み出された。そして、癒しの都がその所持者に襲われた。フェンリルは神魔剣の1つだ。ならば、僕の持っている神魔剣でなければ対応はかなり厳しいだろう。
「クリス、どうする?」
「……ティアナ。ちょっと待って欲しい」
「うん」
どうするべきか。友人の情報だと、確かにこのままだと危ない。エイオーツに一度向かうべきだ。
まったく、久々に連絡を取ってみればそんな状況になっているなんて、考えさえしなかった。
しかし、こっちの戦争も放っておけない。これ以上放置すれば死者が増えるばかりだ。もう少しで黒幕にたどり着けそうなんだ。この機も逃せない。ここからエイオーツには最短でも10日間はかかる。往復している間に、こっちがどうなってしまうかわからない。
「急いでこっちのことを終らせる。エイオーツには必ず行く」
『最短でどれくらいかかる?』
国のこともある。黒幕を潰すだけじゃ、足りないだろう。黒幕を潰して、さらに戦争を終らせる。……10日でやってみせる。
「……。20日。20日まっててくれ」
「えちょっとクリス!? 10日でこっちをどうにかするつもり!?」
『わかった。こっちも頑張る。そっちも頑張ってくれ』
「ああ、じゃあ、またな」
僕はレムリア大陸のみで作られる魔素を用いて電気信号のやり取りで連絡を取ることができる、ものすごく貴重な通信機器のボタンを押して、通信を終らせた。……やっぱり、この道具は凄い。大量生産できるようになったら、世界中でいろいろなやり取りが素早くなるだろうな。ムー大陸の人も早く魔素の研究を始めればいいのに……。
「はぁ~~~~~~! 信じられない! 10日よ!? 全部終ると思ってるの!?」
僕が通信機器に対して感動しているところに、ティアナが悲鳴を上げている。でもフェンリルが持ち出されたんだ。急いだほうが良いに決まっている。
「ああ、10日で終らせるぞ!」
「……。一度言い出したら聞かないわよねクリスは……。いいわ、やってやるわよ!!」
しかし、一体誰が盗み出したんだ? フェンリルの周りに……僕の神素量で多重に形成した、複合聖域の神素を利用した半永久的に持続する結界を仕掛けたはずなのに。結界の仕組みを知らない人間が解除なんて出来るわけない……。いったい、誰が……?
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「!!」
……朝、か。
「最悪の目覚めだなぁ……」
最近毎日、嫌な夢を見る。僕が死ぬ夢。フェンリルと対峙して、僕の体が治ることなく腐って死んでしまう夢。……それだけ、自分でも気にしてるってことなんだろうな。早く、克服しないと……。
「ユウ!!」
「うわぁ!? な、なに!?」
突然僕の部屋の扉が勢いよく開け放たれ、シェスが満面の笑みで僕の部屋に入ってきた!! な、なんだなんだ!?
「ユウ! 今日は休みだよ!」
「あ、あ、うん? うん」
な、なんだ。今日は何かあるのか……!? えーと、何かあったっけ。 ……駄目だ、寝起きで頭が回らない。
「出かけるよ!!」
「はぁ」
「早く着替えて着替えて!!」
「え、ちょっと? ちょっとー!?」
使用人兼ボディガード生活 68日目
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向井 夕 (むかい ゆう) 現状
武器 神魔剣?
聖剣 ベルジュ (青い剣
↓修理中
聖剣 フラン (赤い剣 損傷:中
防具 寝巻き
重要道具 なし
技術 アンデ流剣術継承者
魔素による身体強化
神素による身体強化
異世界の言葉(少し読み書きが出来る
中学2年生レベルの数学
暗算
神魔剣制御
霊感
職業 スタンテッド家使用人兼スタンテッド嬢ボディーガード
2012/05/07 誤字、おかしな点の修正。表現の一部