21 詮議の、日
詮議の日の王宮大広間は、あの夜会と同じ顔ぶれだけれども茶会とはまるで違う温度だった。
玉座に国王陛下。左右に居並ぶ重臣と貴族。そして正面に、宰相クナイプが立っている。初めて間近に見るその人は、細身の物静かな老紳士だった。十年、私たちの悪評を育てた男は、意外なほど善良な顔をしていた。
「これより、グランハルト公爵夫人への疑いにつき詮議を行う」
宰相の口上は、見事だった。毒婦の三度の破談。薬草の知識。茶会で倒れた侯爵未亡人。事実が、噂ではなく記録として正しい順序で並べられていく。ああ、これが「本物」の手口なのか、と私は妙に感心してしまった。嘘はひとつもない。ただ、すべての悪事の矢印が私に向くように、向きだけが揃えてある。
「——以上。事実は、雄弁にございます」
「では」
隣で、旦那様が立ち上がった。左肩の負傷を隠しもしない正装で。
「こちらも、事実を、述べる」
それからの半刻は、六日分の戦果の投入だった。口下手な旦那様の声色は今日は一層、低く、私には心地よい。
給仕リタの証言。余興の薬と騙されて雇われたこと。前金の袋の封蝋。捕らえた刺客四人が口を揃えた雇い主の手配経路。ユリウス様の鑑定書——毒は青鈴草、王都でこれを育てられる温室は一箇所だけであること。そして私の古い借用書の写し。ローデン子息の賭博の貸し主に押された、宰相府の紋。
一つ一つは、ただの点だった。それが順に並べられるたび、広間のざわめきが深くなる。宰相の眉は、最後まで動かなかった。
「……感服いたしました。ですが陛下、いずれも状況の綾。封蝋など、いくらでも偽造が」
「わたくしが、証人ですわ」
凛とした声が、貴族席から立った。
アデーレ・ローデン様だった。金の巻き毛を揺らして中央へ進み出ると、彼女は手にした扇を、ぱちりと音を立てて畳んだ。
「我が家の温室の青鈴草が、この春、株ごと三度持ち出されました。父の指示で。運び先は宰相府の別邸。……それから兄の借用書は、本物です。兄を賭博に誘った『友人』が誰の紹介だったかも、わたくし、調べてまいりましたの」
「アデーレ! お、お前、何を、なぜ」
顔色を失ったローデン伯爵に、令嬢は振り向きもしなかった。
「お父様。わたくし、嘘をつく女に成り下がるのはごめんですの」
伯爵が崩れるのは、早かった。すべては宰相閣下のご指示で、と叫ぶ声が広間に響くと、宰相がゆっくりと目を閉じた。
それでも老紳士は、最後の矢を放つ。
「……陛下。よしんば茶会の件が仕組まれたものであれ、グランハルト公が『残虐公爵』であることは変わりませぬ。百人斬りの猛禽に、これ以上の権威をお与えになるは」
「その件だがな、クナイプ」
陛下が初めて口を開き、玉座の脇に置かれていた紙の束を、どさりと卓に載せさせた。
「雪の谷の生存兵、百名。全員の署名入りの嘆願書だ。『我らが命は閣下に帰されたもの、閣下の名誉のためならいつでも登城する』とある。数はぴたりと合うぞ。斬られたはずの百人、全員生きて、全員この男の側につくそうだ」
ギルベルトが、素知らぬ顔で目を伏せていた。いつの間に集めたのか。あとでいつもは一つしか食べさせてもらえない菓子を山ほど焼いてあげなくては。
「の、う、クナイプよ。お前のその芸を、余は十年黙って見てきた。グランハルト、今日は良いものを見たぞ! 」
陛下は満足そうな笑みを浮かべた。宰相はしばらく立っていたが、やがて纏っていた何かが剥がれ落ちるように深く頭を垂れた。衛兵が両脇につくと、彼は私を一度だけ見た。恨みでも憎しみでもない、書き損じた原稿を見る作家のような目だった。
* * *
「これにて詮議は落着。公爵夫人の疑いは晴れ、残虐公爵の悪名も虚構と定まった」
広間が安堵に緩み、私も膝から力が抜けかけた、そのときだった。
「時に、若夫婦よ」
陛下が、金髭の奥でにやりと笑った。すべてを知って面白がる目で。
「そなたらの縁は、悪評同士を娶せるという王命であった。だがもはや、そなたらに悪評はない。……つまり王命の理由も、消えたわけだが」
心臓が、氷の手で掴まれる。
「枷は外してやろう。望むなら、この縁組み、白紙に戻すこともできるが——どうする?」
広間が、しんと静まる。数百の目が私たちに集まる。隣の旦那様は、彫像のように固まって動かない。ほら。いつもの暗い声が、棚の奥から囁く。
<言ったでしょう。悪評が消えれば、理由も消えるって>
私は、口を開いた。




