一話 運命の悪戯
でも、どうか勘違いしないで欲しい。
現実とファンタジーなんて本来は対極に位置するもので、それが相見えるなんて事は絶対にないのだ。
その証拠に、俺は別に何も特別な存在という訳でもなければ、異世界から引っ越して来たという訳でもない。
もちろん魔物が別世界とか別次元から侵略しようと攻めて来たのでも、当然それによって何かこちらの世界に影響があったからこうなっているのでもない。
K市はごく普通の街だ。そして俺もまた本来はごく普通の、この付近にある高校に通うごくごく一般的な学生に過ぎないのである。
あの時までは、そうだった。
あれは一月程前の事だ。
俺、市奈々井翔はいつも通り朝に学校へと向かい、その後何の問題も無く授業を終えて高校を後にし、帰路を辿っていた。
つまり普段と同じ。何の代わり映えもしない当たり前の日々、日常だ……そのはずだった。
でも、その日だけは違った。その日から全てが変わってしまった。
それは帰り道を歩き進め、もう間も無く家に着くという頃だった。
「キャー!!」
突如、横断歩道を通り過ぎた俺の耳を劈くような悲鳴が聞こえ、振り返ると。
そこには赤信号にも関わらず車道へと飛び出した少女と手を伸ばす母親、そして。
少女に迫るトラックがあった。
多分、あの子は急にそのような行動を取ったのだろう。判断が遅れ、母親の差し出した手も今の少女にとっては遥か彼方。
それよりも先にあの鉄の塊が少女の手を取り、そのままあの世へと引き連れて行ってしまうであろう事など言うまでもなかった。
今この場に、俺がいなければ。
そう、あの時少女を救えたのは俺だけだった。それは誰の目にも明らかだった。
だから俺は走った。そして少女を突き飛ばし、代わりにトラックの餌食となった。
……正直、衝撃のためかそれ以降の記憶は朧げなのだが。
自身から流れているのだろう血液の匂いを鼻にし、まるで溺れているかのような錯覚をしたのだけはよく覚えている。
そうして、俺は死んでしまったんだ。
ごめん、さっきのは嘘だ。
本当はあの後、何とか一命を取り留め今に至る。つまり、俺は生きている。
でも『死んだ』と思ったのだけは本当だ。あの時の俺はまさに一貫の終わりという感じで、それ程強く死を意識してしまっていたんだ。
それに次に目が覚めた時、妙な夢を見たから尚更にだ。
まあ、それが夢じゃなかったって事には、もう少し後になってから気が付いたんだけど。
俺が死の淵から蘇った時、こじ開けた瞼が映し出した景色は病室の天井や、医者や看護師の顔ではなかった。
そこは何も無い、けれど暖かい謎の空間で、俺以外にはただ一人、目の前に女性が佇んでいるのみだった。
「こ、ここは……?」
「あらあら、やっぱり目を覚ましてしまったのですね。まあアナタにとっては朗報なのでしょうが、いやはや困りましたねぇ〜」
俺が覚醒した事を知ると、何故だかその女性は困り顔であたふたとし始めた。
でも、そんな風にされた所で、現状すら把握できていない俺の方が困っている事は明白な訳で、黙っているしかなかったのだが。
数秒後、漸く話し始めたその女性の言葉に。俺は更なる混乱に叩き落とされる事となる。
「……とにかく、目覚めてしまったのですから仕方ありません。そこのアナタ、これから私の言う事をよく聞いて下さいね?俄かには信じられないでしょうが、全て真実ですから……」
「は、はぁ……」
しかしそう前置きされても、簡単に受け入れられはしなかった。
「アナタは死の淵にいました。ええ本当に、それはそれは危ない所だったんですよ?もう僅かでも傷が深ければ間違いなくお亡くなりになっていたでしょう。
でも、生還してしまった。生還してしまったのです。アナタはこれから息を吹き返し、元いた世界へと戻る事ができますでしょう。
ですが、そうなってもアナタは恐らく……元のような生活には戻れないでしょうね。
アナタはもう、こちらへと足を踏み入れてしまった。意図せずとも一度冥府へと立ち入り、世の理とは異なる世界。
つまり、〝異世界〟への扉を開けてしまったのですから……」
突然冥府だの異世界だのと、訳のわからない単語で説明された所で。
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