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32話 三人の絆が完成

 

 大会まで、あと一日。


 夜道。

 街灯の下。

 いつもの場所。


 でも今日は

 空気が違う。


「なぜ私がセンターなんですか」


 黒川誠が、中央に立っている。

 コート姿。

 だが、いつもより背筋がピンと伸びている。


「エースだからだ」


 桐谷課長が、右側に立っている。

 スーツ姿。

 肩幅が、月光に映えている。


「実況担当はどこ!?」


 ことみが、左端で腕を組んでいる。

 完全に戸惑っている。


「杉野は声量で中央だ」

「配置がボディビル基準!!」


 三人が並んだ。

 街灯の下に、三つの影。

 通行人が、遠回りをした。

 犬が、吠えた。

 猫が、二度見した。


(何この空間)

(何の儀式)


「今日は最終調整だ」


 桐谷課長が、低く言った。


「三人で仕上げる」

「三人で?」


 黒川が、静かにうなずいた。


「筋トモ・シンクロポージング」

「そんな競技ない!!」

「今作る」

「作るな!!」


 黒川が、コートに手をかけた。

 バサァ。

 脱いだ。


 桐谷課長も、ジャケットに手をかけた。

 バサァ。

 Yシャツを脱いだ。


「脱ぐなって言ってるのに息ぴったり!!」


 月光に照らされる、二体の筋肉。

 圧。

 壁。

 もはや建築物。


 ことみは、思わず一歩下がった。


(物理的迫力がすごい)

(二人同時だと、圧が倍)

(いや、倍じゃない、二乗だ)


「では」


 黒川が、構えた。


「では、じゃない!!」

「カウントを」

「私!?」

「杉野、頼む」


 桐谷課長が、真剣な顔で言った。


「私が指揮者!? シンクロナイズドスイミングのコーチみたいな役!?」


 ことみは、深呼吸した。


(落ち着け私)

(これはただの筋肉)

(歩くタンパク質)

(でも、なんかすごい)


「……いきます」


 二人が、構えた。

 無駄に真剣。

 本気の顔。


「3」


 黒川の背中が、膨らんだ。


「2」


 桐谷課長の血管が、浮き出た。


「1」


 ことみが、叫んだ。


「筋トモ・フロント!!」


 バァン!!

 二人が、同時にフロントダブルバイセップス。


「名前ダサぁぁぁ!!」


 そろっている。

 角度が、同じ。

 呼吸が、同じ。

 キメ顔も、同じ。

 なぜか、完璧。


(なんで息ぴったりなの)

(練習したの)

(いつ)


「続けて」

「まだあるの!?」

「サイド・筋肉確認!」

「技名の語彙力!!」


 二人が、同時に横を向いた。

 サイドチェスト。

 胸筋が、押し合っている。

 距離が、近い。

 近すぎる。


「密です!!」

「これは信頼の距離だ」

「物理的に近いだけ!!」


 ことみは、叫びながら

 ふと、気づいた。

 黒川が、いつもより落ち着いている。

 桐谷課長が、少し誇らしげだ。

 二人とも、笑っている。

 楽しそうに。


「黒川」


 桐谷課長が、ポーズを解いて言った。


「大会は一人だ」

「はい」

「だが」

「はい」

「お前は一人じゃない」


 ことみの胸が、少しだけ熱くなった。


(……この人たち)

(真面目に言ってる)

(筋肉でシリアスなこと言ってる)


「実況がいます」


 黒川が、ことみを見た。


「プレッシャー!!」

「そして」


 桐谷課長が、続けた。


「背中を見てきた仲間がいる」


 黒川は、わずかに笑った。

 いつもの穏やかな笑顔。


「……心強いです」


 ことみは、照れ隠しに両手を腰に当てた。


「勘違いしないでくださいよ」

「はい」

「私は筋肉を応援してるんです」

「はい」

「人間も、ついでに」

「順番!!」


 三人の目が、合った。

 なぜか、笑ってしまった。

 理由は分からない。

 でも、笑った。


 最初は、ただの変態だった。

 いや、今も変態だけど。


 変態を認めたら。

 筋肉を認めたら。

 なんだか、世界がちょっと面白くなった。


「黒川さん」

「はい」

「優勝してください」

「はい」

「無理でも」

「はい」

「全力で脱いでください」

「任せてください」

「安心感!!」


 桐谷課長が、腕を組んだ。


「よし、最後だ」

「まだあるの!?」

「三人で」

「三人!?」

「トリプル・ダブルバイセップス」

「語感だけ強い!!」


 三人、並んだ。

 黒川、中央。

 桐谷課長、右。

 ことみも、左。


「え、私も!?」

「筋トモだろう」

「えっ」


 一瞬、言葉が詰まった。


(筋トモ……)

(私も……?)


 嫌じゃなかった。

 むしろ、嬉しかった。


「……仕方ないですね」


 ことみは、ぎこちなく腕を曲げた。

 上腕二頭筋を、作ろうとした。

 でも、全然盛り上がらない。


「そこは肩を少し上げて」

「指導入るな!!」

「呼吸を止めるな」

「私、酸欠!!」

「力を入れすぎだ」

「分かんない!!」


 三人でポーズ。

 完璧ではない。

 ことみの腕は、ほとんど盛り上がっていない。


 笑っている。

 三人とも、笑っている。

 それで、十分だった。


「……はい、写真」


 通りがかりのおばあちゃんが、スマホを向けた。


「え!?」

「いい笑顔ねぇ」

「撮らないでください!!」

「はい、チーズ」


 パシャ。


「撮った!!」

「いい記念になるわよ」

「記念にならない!!」


 おばあちゃんは、にこにこしながら去っていった。

 三人は、顔を見合わせた。

 また、笑った。


 その夜。

 街灯の下で生まれたのは、

 奇妙で。

 うるさくて。

 ちょっと誇らしい、

 筋トモという名の絆。


 大会は、もうすぐ。

 勝負は、一瞬。

 でも、この時間は消えない。


「杉野」


 桐谷課長が、ことみを見た。


「はい」

「大会当日も」

「はい」

「実況を頼む」


 ことみは、にやっと笑った。


「任せてください」


 黒川が、静かに言った。


「三人で、完成ですね」


 ことみは、首をかしげた。


「いや」

「ん?」

「完成じゃないですよ」


 二人が、ことみを見た。


「まだ、伸び代あります」


 沈黙。


 三人、同時に笑った。

 筋肉も。

 変態も。

 友情も。

 まだ、育つ。


 ことみは、帰り道で思った。


(私、筋トモになったんだ)

(変態と、課長と、私)

(なんか、変な組み合わせ)

(悪くない)


 星が、きれいに見えた。

 明日は、大会。

 黒川が、ステージに立つ。

 ことみが、実況する。


(……緊張する)

(でも、楽しみ)

(黒川さんの筋肉、ちゃんと見る)

(そして、ちゃんと叫ぶ)


 ことみは、小さく笑った。

 鍵を開けながら、

 小さく呟いた。


「……筋トモ、か」

「悪くない」


 その言葉が、夜風に消えていった。





次回予告:

「第5部、開幕! ついに――大会当日! 黒川誠、ステージに立つ! 筋肉は、誰のために輝くのか……!」

 33話「筋肉イベント炎上」に続く


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