第四十話 食ってみな。飛ぶぞ(魂が)
たとえるなら、へどろ。
まず、噛んだ瞬間に口の中で生臭い肉汁が破裂して、脳に突き刺さるような刺激臭が鼻を通り抜けていく。反射的に異物を吐き出そうと体が緊急信号を発進していて、喉が飲み込むことを拒絶し、咳き込もうとしたのだが……不自然な痺れが後から襲い掛かってきて、口内を蹂躙して声すら出せない。
まるで毒物。これを一般食材と一般調味料で生みだすなんて、ある意味才能じゃないのだろうか。
(い、息が、できないっ)
ハンバーグ……なのかこれは。見た目だけはハンバーグの『何か』を吐き出したくて仕方ないのだが、凛々子が切り分けてくれた肉片が大きかったこともあり、喉に詰まっていた。
神経毒のような痺れもあって、このままでは窒息してしまう気がする。
だから、やむを得ず……俺は吐き出すことを諦めて、逆に一気に呑み込んだ。
もちろん咀嚼するとあまりの味に意識を失いそうになるので、ほとんど丸呑みである。
ごくんと、胃に押し込んだ。
「っ……! し、死ぬかと思った」
はぁ、はぁ、と息を荒げながら、額からにじみ出ている冷や汗を拭う。
まさかこの部屋で生命の危機に瀕するとは思ってもいなかった。異常事態に鼓動も荒くて大変だ。
(む、胸がむかむかする。胃酸と互角にはりあえるハンバーグって何だよ……!)
胃酸よ、がんばってくれ。
お願いだから、凛々子特性のハンバーグに負けないでくれ!
「やだ♡ ぴっぴったら……死ぬかと思ったくらい美味しかったの?」
一方、毒物の創造主はまるで無自覚がないようだ。
いつも通り無邪気に笑っている。手料理を美味しく食べてもらえると勘違いしているのだろうが、一切の曇りなき笑みはちょっと尋常じゃないくらいかわいかった。
(……自然界の毒を持っている生物って、見た目がめちゃくちゃ綺麗だよなぁ)
ドククラゲ、とか。カエンタケ、とか。ミノカサゴ、とか。
そのラインナップに、タナカリリコも加えていいかもしれない。
「遠慮せずにもっと食べていいからねっ」
そう言って、凛々子は更にハンバーグを切り分ける。
またしても『あーん♡』しようとしていた
(ど、どうする? 我慢して演技を続けるか、メシマズだと伝えるべきか……!)
――俺は凛々子の旦那、という設定。
つまり、凛々子を愛している。メスマズなところも含めて、きっと受け入れているはずだ。
明るくて、気さくで、ポジティブで、かわいくて、料理が好き。
うん、最高の嫁じゃないか。彼女が笑顔でいてくれるなら、料理がまずいことくらい受け入れられるはず。
(……アニメの主人公たちは、メシマズのヒロインを受け入れていた!)
ごはんがまずい。ただそれだけだし、これからゆっくり改善していけばいい。
そう考えると、大したこと無い欠点だ。ここは我慢して、凛々子との結婚ごっこを続けよう。
そして当初の計画通りに『俺たち気が合うな。結婚するか』と伝えて、ゴールイン。
これで部屋から出られて、幸せになりました……とさ。めでたし、めでたし。
そんな結末で、いいじゃないか。
「――ごめん、無理。凛々子、これはハンバーグじゃない。『兵器』だぞ!?」
分かってはいるさ。
この選択肢が、間違えていることくらい。
だが、我慢なんて無理だ。
だって――まずいんだぞ。
文句があるならお前が食ってみろ。飛ぶぞ。(魂が)
それくらい、凛々子の料理はヤバかった――。
【あとがき】
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