48 八月 デート前日に三人寄れば作戦会議
バッと勢いよくカーテンを開ける。差し込む朝日よ、おはよう。あのバーベキューの日以来、清々しい朝が続いている。
淡く叶わない片思いバイバイ。失恋からのメンタル挽回。新たな恋のときめきに乾杯。私の人生の門出に万歳。今日も一日元気いっぱい!
長期休みの日課のランニングを終え、せっせと朝支度をし、急いで部屋の掃除を済ませる。特に今日は隅々までピカピカにする。
というのも、
「やっほー。あ、小町ママ久しぶり〜! これお土産!」
「お、お邪魔しまーす」
ちあきと市香を招いて、女子会をするのだ。
さっそく二人を私の部屋に呼ぶ。今日の会議のお供は、小町ちゃん愛飲ミルクティーと、ちあきと市香がお土産にくれたクッキーたちだ。
紳士ならぬ淑女のような大人な女子会は、カップ同士を鳴らす音で幕を開けた。
「はい! 山城小町、お二人に報告が二つあります」
「おー、なになに?」
「何よ、改まっちゃって」
ちあきは勉強用テーブルの椅子に、市香はローテーブルそばの座椅子に、そして私は立ち上がって頭上に高く挙手をした。
バーベキューのあの日から、言わねばならぬ、というか言いたくて言いたくて仕方なかったことがある。この場をお借りして親友たちに報告いたします。
「まずはー、この度わたくし山城小町、里也に告白しました!」
「……萩原に?」
「……告白?」
あらら? お二人とも怪訝な面持ちだこと。わたくしの悲願の達成だというのに、どうして?
私は空気に合わせてスッと正座した。
「そう、里也に。市香は何も聞いてない? バーベキューのあとに言ったんだけど」
「バーベキュー……。あ! 帰りの電車で謝られた」
「謝る? なんで」
「なんか、ゴミ捨てのときに私以外の女の子と二人きりになってごめん、みたいな」
「うわ、真面目だ」
「里也言いそ〜。想像できるもん」
「勝手に白状しちゃうタイプなんだよね、里也くん」
困ったようなトークで嬉しそうに話す。市香さんや、顔が緩んでいますよ。
ミルクティーを一飲みして続ける。
「それで、僕もっと良い人間になるね、って宣言された」
「どういうこと?」
「何だったっけ。小町に人間できてる、的なことを褒められた? らしくって」
「なにそれ。告白じゃないじゃん」
「でしょ? 告白じゃないじゃん」
「そうだよ。愛の告白なんてするわけないじゃん」
二人がぴーちくぱーちく言い出したので言い返した。テンポの良い見事な返答。三人で顔を見合わせて、笑いをこらえ合う。私たち、息ぴったりすぎじゃん。
「私ね、里也のこと、恋の好きじゃなくて人として好きなんだなって気付いたの。それで人間として好き宣言してみた。どう?」
私としては、ここ数ヶ月にも及ぶモヤモヤが晴れて、ハッピーなんですけれども。どうどう?
眉毛をぴくぴく上げて二人にドヤ顔して見せたら、ちあきが飛びついてきた。
「良いじゃん。よくやった〜!」
「きゃ〜! ありがと!」
抱きつかれてベッドにダイブ。ちあきの全力褒め、大好きだ。
きゃっきゃっ笑っていたら、市香がベッドの縁に顔を乗せた。心配とか不安とか、そういう色の上目遣い。
「小町、本当に……あの、良かったの?」
「うん!」
「なら良かった」
市香がふっと微笑んで、ベッドに上がってきた。
三人並んでベッドに座る。狭いベッドではないはずなのに、二人がくっついてくるせいで狭い。ちょうど良い狭さだ。
「確かに、今日の小町すごくスッキリした顔してるもんね」
「好きなのに好きをやめようって自分に言うの、実はしんどかったみたい」
「言いたいことは言ったほうが身体に良い。溜め込むのってよくないわ」
うんうんと頷き合って、おもむろにティーカップを掲げる。
「わたしよ。告白、お疲れ!」
「お疲れ〜!」
「お疲れ様」
祝福の鐘がカチャンと部屋に響いた。
本日の報告は告白だけではない。私はわざとらしく咳払いをして立ち上がり、二人に向かって振り返った。口の前でマイクっぽく手を丸めて、息を吸い込む。
「さて、続きましてー、山城小町、実はー」
あ、言うの恥ずかしいかも。途端に緊張が全身を走る。マイクを消滅させて軽く口元を手で覆う。あのー、ですね。
「実は、私、京が好き、みたい、です……」
「あー、やっぱり。いいじゃん」
「え! それでそれで!?」
クールなちあきとハイテンション市香。さっきと真逆の反応だ。
「付き合うの!? ついに!?」
「や、それは、まだ、わかんないけど」
「え! なんでよ! 両思いなのに!」
「告白は、私からは、ちょっと」
「ええっ! なんで!?」
「あんたはちょっと落ち着きな。はい、深呼吸」
「あっ、ご、ごめん」
クールとハイテンションが深呼吸で中和されていく。
さらにクールさんが私にクールに問いかける。
「告白しないの、京介がするから?」
「そうそう。ってちあき京から聞いてた?」
「いや何も聞いてないけど」
足を組んで、膝の上で肘を付き、私をすうっと見透かす。
「んで、今日の本題は? 報告だけじゃないでしょ」
バレてたか。私はクローゼットの扉を開けた。両開きタイプのクローゼットの中には、今季のお気に入り洋服たちがいくつかハンガーにかけられている。
「あのねー、今度京をデートに誘ったの」
「自分から? えらい!」
「小町って、結構行動力あるよね」
「それで最強に可愛いデート服を一緒に考えてほしくて」
ハンガーの一つを手に取って二人に見せる。
「今はこういうのにしようかなって思ってるんだけど」
透け感のあるノースリーブのレーストップスでセクシーに、ハイウエストのミニスカートでシルエットは可愛らしく、厚底のヒールサンダルで身長アップかつスタイル抜群に。
「セクシー可愛いファッション! どうどう?」
「あー、可愛い! 天才!」
「小町ってそういうの似合うよね」
「やったー! ありがと」
二人ともから合格判定をいただいた。
「これでもう完璧じゃないの? 何を一緒に考えるの?」
さらに市香から質問もいただいた。いい質問ですね。
「私はこういうのが好きなんだけど、京はどう思うかわかんないでしょ? せっかくのデートだから何が何でも可愛いって思われたくて」
ハンガーをクローゼットに戻し、二人にぱちんと手を合わせる。二人を我が家へご招待した真の理由、それは。
「どうか、私に男ウケファッションを伝授してください!」
ぺこりとお辞儀。さてはて、反応は?
「男ウケ? 自分ウケしかわかんなーい」
「小町が知らないのに、私が知ってるわけないじゃない」
え。和気あいあいとしていたはずの部屋が沈黙で染まる。三人寄ればなんとやら。なんだこのことわざ。大嘘である。
が、しかし。ちあきが即座にスマホを手に取った。
「よし、外部の手を借りるしかないね」
「誰かに聞く?」
「私の知り合いの男子、里也くんしかいない」
「じゃこの機会に好きな傾向聞いときな。私は大和に電話するわ」
「大和、出てくれるかな」
「私からの電話よ? 今は出れなくても絶対折り返してくる」
「な、なにその自信……。里也くんは出るかなぁ」
私たちには知恵がなくとも友人がいる。三人寄れば人脈無敵。
優雅な午後の女子会ティータイム。甘々なミルクティーとサクサクのクッキーと、通話を繋ぐスマホを添えて。
部屋に軽快な音楽が鳴って、ちあきが止めて、それでも鳴り続け、やがて止まった。
『はーい』
出た! 三人でワクワクしながら市香のスマホに集まる。スピーカー、オン。
「ねえ、里也くん今時間大丈夫?」
『家だから大丈夫だよ。何かあった?』
「えっとー」
ヘルプのアイコンタクトにちあきが応える。雑談無用、いつだって単刀直入。
「萩原ー、彼女に着てもらいたい服ってどんなの?」
『えっ、海府さん?』
「前みたいに、市香が着たい服がいいっていうのは無しだからね!」
『小町もいるんだ? 三人とも仲良しだねぇ』
私も応戦したら、ニコニコしていそうな声色が返ってきた。
急な通話にも怒らず突然の質問にも動ぜず、マイペースなふわふわに包まれて、私までふわふわな言い方になってしまう。
「仲良しでしょー。今日は私のおうちで女子会してるんだよ」
『良いね、女子会。楽しそうだ。それで僕に何の用かな』
「それでね、男子ウケファッションの話をしててね」
『男ウケ?』
「里也が彼女に着てもらいたい服って何なのかなーって思ったの」
『僕が市香ちゃんに?』
小さな『そうだなぁ』とともに、通話の向こうからぎし、と椅子に座り直す音を拾ったのち、ニコニコの欠片もない低まった声が返された。
『……言えば、市香ちゃんが着てくれるの?』
「うわ、ガチトーンじゃん」
「明らかに想像してた間があったね」
『え』
「着させる気満々って感じ」
「市香、気を付けてね。変な服は着ちゃダメだよ」
『ちょっ、ちょっと!』
あっ。つい、いたずら心が。
ちあきとむふふと目を合わせて市香を窺うと、ぷくっと膨らんだほっぺたが赤くなっていた。
「こ、この変態!」
『ちがっ、もう、からかわないでよ。この女子会怖いなぁ?』
そんなぁ、なんにも怖くないですよぉ。新米カップルを遊ぶつもりなんて、これっぽっちも全然なかったんですよぉ。
里也は呆れ笑いながら、市香に『違うからねー、冤罪だからねー』と繰り返す。
『本当に変な想像とかはしてないからね。僕、露出が多い服とか好きじゃないし』
露出が多い服とか好きじゃない? ふと、本来の電話の目的をハッと思い出す。
「里也里也、ミニスカはセーフ?」
『ダメだよ、あんな短いの』
「えっ! じゃあどの丈ならいいの? 膝上は?」
『膝上? それはミニスカートじゃないの?』
「ええっ! 違うよ!」
私はクローゼットを全開にした。ミニスカがダメだなんて予想外も予想外、寝耳に水ってやつだ。むしろ男ウケしそうだと思ったのに。
ならば、もしかして。私はさっきの全身コーデのハンガーを取り出した。
「もしかしてノースリーブもダメ? レースの可愛い感じなんだけど、京嫌がるかな」
『それって袖がないやつだっけ。嫌な人もいると思う』
「ええっ!? なんで!? 可愛いのに」
絶句する私を前に、ため息が聴こえてきた。
『あのねー、外には本物の変態もいるんだよ? あんまり危ない格好はしてほしくないんだよ。小町がよくても、倉崎くんは心配するんじゃないかな』
私をたしなめる真面目な言葉が、すとんと胸に落ちてくる。そうか、これは里也の好き嫌いの話ではなく、私の危険度合いの話だ。
電車で変な人から見られている気配を感じたことは何度かある。思い返せば、京と電車に乗るときは、京は私を壁際にいさせてくれるから、そういうのはなかったような。
……ん? 京?
「なんで京って」
『わかるよ、バレバレだよ。多分小町って、自分で思ってるよりもわかりやすいよ』
電話口からでもニヤニヤが伝わってきた。そんなこと……あるの? ちあきと市香を見たら、紅茶を飲みながらこちらを見上げる目が、どことなくニヤニヤしている。そんなことあるらしい。
『倉崎くんとデートにでも行くのかな。楽しんで来てね〜』
爽やかなふわふわに応援された。なんだか照れるような、嬉しいような、むず痒い気持ちだ。
里也のアドバイスを参考に露出控えめデートコーデを三人で検討し、追加のおやつでポテチを食べ、最強スナック菓子を話し合い、秋の新作お菓子の話をしていた、まさにそのとき突如テーブルから軽快な音楽が鳴り響いた。
「電話だ」
「誰?」
「んー、大和だ。なんだろ」
ちあきが通話に出ると、スピーカーにしてなくても聞こえてくる音量で声がした。
『お、出た。ちあきが電話かけてくるとか珍しいな。どした?』
『え! 相手姉御!? やっほ〜』
『姉御元気してるー?』
「ちょっと、外野がうるさいんだけど」
ちあきがむっと眉を寄せる。時刻は夕方、男バスは部活終わりだろうに、元気いっぱいだった。
皆が喋ると誰が何を言っているのかわからないのでビデオ通話にして、私は早速本日の議題を取り上げた。
「私たちね、男ウケファッションを調査してるの」
『男ウケ?』
『俺らが好きそうな服ってこと?』
「そうそう。女子に着てきてもらいたい服、みたいな」
『女子の服? わかんね〜』
『似合ってたらなんでもいいんじゃね?』
男バスが口々に喋る中、大和が小さく呟く。
『……あー、明日だっけ?』
「え、デートって明日なの?」
さらっとちあきが言葉を拾った途端、画面の向こうがざわつき始めた。
『デート!? 行くの!?』
『あぁ、かき氷食い行くらしい』
『お嬢が? 大和と!?』
『俺なわけないだろ』
男ウケファッションが知りたい、デート前日の私。相手は大和でないとなれば。男バスたちが察した表情になっていく。
『マジで? まさか京介!?』
『マジマジ。京介のくせに課題全部終わらせてるから、なんかあったのか聞いてみたら、無駄にニヤニヤしながら教えてくれたんだわ』
『京介〜! ついにやったな!』
「小町とのデートあるから課題終わらせたってこと?」
『愛の力じゃん』
「あいつ、根は真面目だしね」
『課題してなかったら小町はデートやめて勉強しようってなるもんな』
『今までその手で勉強会やってたのにな』
当事者をほったらかしにしてわちゃわちゃ騒がれている。なんか、変な感じだ。
『やべー。俺も彼女欲しいんだけど!』
『まだ付き合ってないだろ、まだ』
『京介にも電話しようぜ』
『あいつどうせゲームしてんだろ』
『寝てるに一票』
『いや、夕方だから寝起きかも』
『出るまで結果はわかんねえな』
シュレディンガーの京介とか当たってたらコンビニアイス買ってとかなんとか言って、男子たちが笑いながら通話をかけようとしたとき、私たちの画面にぴょこっと通知が現れた。スマホが残りの充電が少ないと抗議している。
「充電ないから電話切るねー」
『え、切っちゃうの』
『小町、明日楽しんでこいよ』
「はーい。ありがとねー」
『良い報告待ってまーす』
『ばいばーい!』
「ばいばーい」
騒がれるだけ騒がれてビデオ通話が切れた。終始男バスの空気に乗せられっぱなしだったけど楽しかった。たまには男子のバカ騒ぎを眺めるのもいい。
ばふっとクッションにもたれ、二人を見つめる。
「色々聞いてくれてありがと」
「いいってことよ。明日、楽しんできな」
「また話聞かせてよね」
里也と話していたときも思ったけど、なんだか不思議に思う。恥ずかしいと嬉しいが混じっているのに、不快じゃない。自分の京の話、前は対応に困って仕方がなかったのに。
今まで京もこんな感じで応援されてたのかな。応援される恋っていいな。




