47 八月 自分の好きな人くらいわかってるよ
お迎え組のちあきと京が市香たちを連れて戻ってくる間に、お留守番組の私と大和で火の通りに時間がかかる野菜やお肉を焼いていく。
なんといっても今日のメインは、スーパーで調達してきた極厚ステーキだ。
「うわ! 美味しそう!」
「マジで俺、天才」
「これは天才の所業」
「逆に怖いわ、自分の才能が」
焼肉奉行大和の天才的焼き加減で、極厚ステーキが美味しく美味しく色づいていく。網目状の焦げ色が施された弾力のあるお肉は、出てきた脂によってツヤツヤ。皆が食べたがるべっぴんお肉だ。
自画自賛をしながら、網の上でこんがり焼かれるお肉たちを見つめてじゅるり。
「早く食いたいな。あいつら、まだ帰って来ないのか?」
「みんな早く帰ってきてほしいね」
「ちあきはともかくとして、京介も萩原も……あの二人は寄り道とかしないだろうしなぁ」
大和が網の上の野菜やお肉たちで整理しながら、「大丈夫かな」と呟く。
確かに遅いけれど、お祭りで道が混んでいるだろうし、お使いを買うのに各屋台で並んでいるかもしれない。四人もいて、それぞれスマホも持っているから迷子にはならないはずだ。
「そのうち戻ってくるよ。京は道覚えるの得意だから、迷わないと思うし」
「いや、それはあんまり心配してないんだが」
言葉を選ぶようにトングを軽く振る。
「京介が萩原といて大丈夫かなーって」
「あの二人、意外と仲良しだよ? 里也は京のこと大好きだし」
「そうかぁ?」
納得が言ってなさそうな声でトングをカチカチ鳴らし、顔を上げた。夕日を浴びて眩しそうに目を細める。
「そりゃ萩原は平気だろうけど、京介はわかんないだろ。平気そうに見えても、あいつだってメンタル最強じゃないからな。思うところはあるんじゃないか、多分」
波が寄って、返して、また寄って。大和の言葉は、遠回しに私にミスを気付かせた。自分のしでかしたことを思い返す。
誘うのはよく考えたつもりだったけど、京の気持ちまで汲み取ってはなかった。京が一番に乗り気になってくれて、勝手に安心してしまっていた。
「ご、ごめん」
「いや、非難してるつもりじゃないんだが」
「けどやっぱり里也誘わないほうがよかったよね、京的には」
「でも、誘わなかったら今度は小町が嫌がっただろ?」
「……うーん」
そんなことない、私は京が嫌がるなら我慢できる、はず。元々こっちは四人でワイワイバーベキューだった。あっちはあっちで二人きりのデートだった。私がもっと割り切って考えていればよかったのだ。
そうだよ、人混みで埋もれる新米カップルを無視して、足を痛めた友だちも放って……おくのはちょっと。
私が苦笑いを返したら、大和も小さく笑った。
「だから京介もすぐに迎え行ったんだよ」
「……うん」
大和が言わんとしていることは、なんとなくわかった。わかってるよ、京の気持ちも自分の気持ちも、好きの意味も。
一瞬テーブルが波音とお肉の焼ける音だけになったとき、ちょうどぴこんとスマホが鳴いた。グループトークに『今から戻る』とメッセージ。
私たちは顔を見合わせた。
「良い子な京介くんには、帰ってきたら美味い肉いっぱい食わせてやらねえとなー」
「なー」
「迎え行ってくれたちあきにも食わせてやらねえとなー」
「なー」
「ご招待した萩原たちにもご馳走してやらねえとなー」
「なー」
世話焼き上手な焼肉奉行がステーキをひっくり返してニッとする。
良い匂いが広がる夕暮れの浜辺で、花火バーベキューまでもう間もなく。
夕日が海に帰って行った頃、薄明の夕暮れと月が佇む夜が同居する夏の浜辺には、おとなしいさざ波の息の音とともに時折涼しい海風が訪れる。
点々と建てられた柱たちを繋ぐ吊り下げライトが雰囲気のある光源となって、一層美味しそうにお肉を美味しそうに照らす下、私は人数分の紙皿や割り箸を用意していた。
そのとき私の背後に人の気配がよぎっ、
「ただいまー!」
「わっ。お、おかえり」
ちあきに飛びつかれた。
「ちあき、小町が潰れるぞー」
「ぺちゃんこにする勢いだった」
「うっさい。早く小町に見せたかったの」
テーブルにベビーカステラの袋を置く京と、網の番人をしている大和から、ふんっと顔をそむけて、私ににんまり笑いかける。
「はい、小町。いちご飴どうぞ」
「ありがと。わ! 可愛い!」
「でしょ〜!」
袋に入れられたいちご飴は、綺麗な円錐形のつやつやイチゴが四つ棒に突き刺さっており、ハート型の練乳やチョコチップで大変キュートに飾り付けられていた。
「か、可愛いすぎ! こんな可愛いいちご飴があるなんて。ありがとう!」
「可愛いよね! 持岡さんが教えてくれたの」
ちあきが振り返った先には、ややレトロチックな柄の浴衣をまとい髪を結い上げた可愛い市香と、いたって私服な里也がいた。
「別にー。たまたま屋台見かけただけだから」
「とか言って、最初に見かけたとき『ああいうの小町好きそう』って言ってたよね」
「ちょっ、言わないでよ」
市香が里也の腕をぺちっと叩く。か弱い攻撃だ。
靴擦れの様子はどうだろう。私は紙皿をテーブルに並べながら、市香たちの前にもお皿を置いた。
「二人も来てくれてありがと。呼んで大丈夫だった?」
「僕のほうこそありがとう。助かったよ。ね、市香ちゃん」
「うん。こっちのが断然人少ないし」
「小町もいるもんね」
「だから言わないでってば、もう」
またまたぺちっ。喧嘩風いちゃいちゃを繰り広げられている。険悪なのか良好なのか。喧嘩するほどなんとやらってやつだ。
照れたみたいに前髪を整えて、市香が私に一歩近付く。
「私と海府さんもいちご飴買ったの。一緒に写真撮ろ」
「お、いいねえ。今日の可愛いを全部永久保存しなきゃ!」
「よし、動画も撮っちゃお!」
「あーあ、まーた始まった」
「小町たちって自撮り好きだよね」
「おーい、ステーキ焼けてるんだが」
女子三人で自撮りを始めたら、男子三人が何か言い始めた。
「あ、そういえば僕、まだ今日一回も市香ちゃんと写真撮ってないな」
「混ざりに行けば?」
「え、僕一人で? 倉崎くんも行こうよ」
「俺が行くなら大和も来いよ」
「ん? 俺がいないと寂しいってか? 仕方のないやつらだな」
結局男子たちも参加してきた。近くにいた人に集合写真をお願いして、何度かパシャリ。
水着の上からTシャツとミニスカや短パンを着た私たちと、浴衣姿な市香と私服の里也。未来で見たら、このちぐはぐさもきっと良い思い出だ。
写真撮影に夢中になり、どこからか漂ってきた焦げる匂いで慌ててお肉を食べ始めたところで、花火大会が始まった。
花火を見つつ、お肉や野菜やスイーツたちを食べつつ、写真も撮りつつ、そして話しつつ。私たちのバーベキューはせわしない。
「やば! ステーキ美味しすぎ!」
「表面カリカリになって逆に美味い的な」
「でかー。ちょっと揺れたね」
「な。すげえな」
「市香ちゃん、これ美味しいよ」
「ん、ほんとだ。あ、花火すご。見た?」
ギクシャクとは程遠く、どんちゃん騒ぎともならないような良い子の範疇で盛り上がって、内心ほっとする。みんな、ちゃんと楽しめて良かった。
花火を見上げながら紙パックジュース片手に、肩の力を抜いたそのとき。
「小町小町」
「うん?」
同じくジュース片手の京が、海のほうを指さした。
「海近いほうが花火よく見えそうじゃね」
「ほんと?」
「ちょい見に行こ」
私はテーブル全体を見回し、頷いた。
よく見えるならみんな誘えばいい。でも、私だけ誘ってきた。その理由はわかっている。
だから私も誰も誘わずについていく。その理由、京はわかってる?
晴れた夜空に花火が打ち上がる度に、砂浜についた二人分の足跡が照らされる。バーベキュー場所から波打ち際まで、海に沿って続いていく。
実はジュースはすでに空っぽで、若干花火は見飽きていた。それでも戻る気にもなれずに、二人で歩いていく。
後ろを見れば、結構バーベキュー会場から離れたところまで歩いてきたことに気付いた。同時に、京に言いたかったことも思い出した。
「ねえ、京」
「へい」
「市香たちのお迎え、ありがとね」
「あー、全然。萩原も今回はちゃんとわかりやすいとこで待ってたんで、探す手間はぶけたし」
そうだけど、そうじゃなくてさ。なんて言えばいいかな。
「いつも私のお願い聞いてくれてありがとう」
「え、急にどしたの」
「いつも叶えられてばっかりだから、改めて言ってみた」
「え〜、俺的にはまだまだ叶えさせ足りてないすけど〜」
そんなの、こっちだって、お返しし足りてないんですけど〜。私は昼に編んだツインテールの先を指でいじった。
「京は何かお願い事とかないの?」
「叶えてくれるんすか?」
「なんでもかもーん」
「んじゃツーショ撮って」
「ツーショ?」
迷う素振りはゼロのノータイム回答をいただいた。ツーショって、二人で撮るだけですけれども。
「それでいいの?」
「それがいいんすよね〜」
「ほんとにほんとに?」
「ほんとにほんとに」
へへっと照れ笑い。無邪気な笑顔が華々しい花火すら背景にしていく。そ、そんなに嬉しそうに言われたら、私も嬉しくなっちゃうんだけど〜。
スマホのインカメを起動させて花火に背を向ける。またたく間に咲いては消えゆく満開の花々と今日の私たちを、パシャリ。
花火が終わり、バーベキューの道具を片付けていく。レンタル用のグリル、使い捨ての網や紙皿、お箸。ゴミをまとめて分別していく。
京と大和がレンタル品の返却をしに行ってくれ、ちあきは持参物の整理整頓、私はゴミを捨てに行くことにした。袋を持ち上げて、残りのゴミがないか確認。よし、無し。レッツゴー。
こんなにもゴミ少なかったっけ。と思いながら歩いていたら、何やらウロウロしている人がいる。あと後ろ姿、間違いない。
「里也!」
「あ、小町」
振り返った手には大きめのゴミ袋。なるほど、里也も片付けしてくれていたらしい。
ゴミ袋を持ったままウロウロ。それすなわち。
「ゴミ箱はこっちのほうだよ」
「ありがとう。どこにあるかわかんなくて」
「暗くてわかりづらいよね」
並んでゴミ箱へ向かう。同じことを考えている人が多いのか、早足の人が何人か横切っていく。
「小町、今日は呼んでくれて本当に助かったよ」
「良かった。デートしてるのを呼ぶのもどうかなって思ってたの」
「そんなの気にしないでよ。デートはいつでも誘えるし」
おお。これからもたくさんデートに誘うつもりの発言だ。そんなにも好きなんだな。
「市香のこと、ほんと好きだね」
「そうかな。小町たちのほうが、ほんと好きって感じじゃない?」
「えー?」
「海府さんといつも抱き合ってるし」
「ちあきとのハグは挨拶だもん」
「市香ちゃんも小町にはくっつきに行くし」
「市香とのハグも挨拶だもん」
ゴミ箱に着いた。里也が声に出さずに肩を震わせて笑っているのを、外灯が教えてくれる。あのー、何がそんなに面白いんですかねー。
「なにー?」
「いや、小町のそういうところ、どんどん真似していきたいなって思ってさ」
「そういうところ?」
「好きの表現をためらいなくできるところ」
なにそれ。目をぱちぱちさせる私に、里也がふっと目を細める。
「僕、そういう小町を見習って、告白しようって思ったんだよ」
私を見習って告白? 知らぬ間に里也の背中を押していたことを知った。私ってそんなに好きを表現できてる? 自分の告白はできていないのに。
そうだ、私は自分の告白すら。
「告白とか恋愛なんて自分には程遠くて、本当は言うつもりもなかったんだけど、小町見てたら案外簡単なのかもって思ったんだ」
里也の目元に、外灯が影を落とす。もさもさヘアのメガネ姿のときみたいだ。
敬語でおどおどしていて、話しかける度に驚いていた萩原くん。律儀で真面目で優しくて、笑うと可愛い。照れるともっと可愛い。
美術部で字が上手で、料理も上手。女子にはなかなか話しかけられないくせに市香とは喋るような、ずっと一途に市香を想っている人。
好きだ。いつの間にか好きになっていたときから、気持ちに気付いて失恋して、そして今も。
ぼんやり見つめる私に、里也がこてんと首をかしげる。
「えと、好きって思ってても言えない感覚、小町はわかんない?」
「わかるよ。私も言えてないもん」
「好きって? え、倉崎くんに?」
「ううん」
勢いよく里也の持っていた分の袋も持ち上げて、二つまとめてゴミ袋に放り込む。
「私、里也が好きだよ」
あ、思ったよりすんなり言えた。直後ニコニコおねむさんの顔が浮かんできて、独りでに笑ってしまう。あぁ、もう、わかってるよ。
改めて声に出して耳に届いて脳で処理して理解して。私はやっぱり里也が好きだ。でも、この好きは恋愛的な意味じゃない。そう断言できる。
彼女のために絆創膏買ってくる優しさも、他人の良いところを取り入れようとする真面目さも、彼女に一途な誠実さも全部好きだ、けど。
目の前で「え」と小さく驚く、好きな人にウインクを飛ばす。
「あ、もちろん人間としてね」
私はちあきも大和も市香も里也も好きだけど、恋してるのは京だけなんだって。それくらいちゃんとわかってるよ。




