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41 七月 思い出に残る究極の誕生日プレゼント

 里也と市香が付き合い始めた。二人からそれぞれ個人トークのメッセージで報告された。

 比較的おとなしい二人だからか、SNSで大っぴらに自慢するような投稿はなく、かといって個人トークの内容が大幅に変わるということもなく、だから私も変わらぬように努めた。


 変わっていくのはカレンダーの日付だけ。

 そうして、刻一刻と大事な日が近付いてきた。




 夏休みになって間もないある日、私は気合を入れてオシャレをしては、お財布にお金があることを確認してから家を出た。向かうのは地元の駅とも学校の駅とも違う、ちょっぴり都会な百貨店がある駅だ。

 夏といえば、夏休み。夏休みといえば、ちあきと大和の誕生日だ。二人の誕生日は近いので、小学生時代からみんなを集めてパーティーを開く習わしがあるという。

 そして誕生日パーティーといえば、もちろん誕生日プレゼントが必要だ。なので、


「ごめん市香、待たせた?」

「ううん、私も今来たとこよ」


 私は市香と一緒に、ちあきに贈るデパートコスメ、デパコスを買いに来ていた。待ち合わせは駅直結の百貨店の前。

 背伸びしたお買い物に合わせて、二人とも背伸びした流行りの厚底サンダルなんて履いちゃったりして。




 本当は金銭的緊急時の助っ人としてお母さんを連れてくる予定だったけれど、


『ちょっと!

 全然遊べる日ないじゃない!

 なんでこんなに予定つめつめにしてるのよ!』

『じゃあ私は小町と一緒に買った服をいつ着ればいいわけ?』

『デパコスなら私も見てみたいんだけど

 お母さんより私を誘いなさいよ!』


 などと市香に怒られてしまったので、お母さんの代わりに市香を連れてきたのだ。

 宣言通り、以前私と一緒に買った夏服をばっちり着こなしてきた市香を見て、私はぼんやり感想が漏れた。


「もしかして市香って、案外、私のこと好き?」

「何よ。文句ある?」

「いや、その……」


 一応、私たちは恋に勝った者と敗れた者のわけで、居づらくなったりしないかなーなんて。友だちでいられるはずだと覚悟していても、やはり心どこかで揺らぐものがある。

 苦笑いで誤魔化す私に、市香がふんと唇を尖らせて私の腕に手を回した。

 

「仕方ないでしょ。小町は結構ビビりなんだから」

「えー? ビビりじゃないよー」

「でも、私がこうでもしないと、小町は勝手に遠慮しちゃうでしょ?」


 う。完全に図星で言い返せなかった。そうです、居づらくなっていたのは、実は私のほうです。普段のように接していたつもりでも、お見通されていたらしい。

 市香が百貨店の中できらめくゴージャスな世界をちらりと見ては、ぎゅっと組んでいる腕に力を込める。


「見に行くんでしょ、デパコス。私、ああいうの見るの初めてなの。ちゃんと案内してよね、小町」 


 身長的にも友情的にも成長途中の私たちの、背伸びしたがりなお買い物デートが始まった。



 お上品なマダムたちや活気ある大学生たちに紛れて、お誕生日プレゼントになりそうなデパコスを探す。

 化粧品の様々な香りに包まれて、優雅でたおやかな美容部員さんたちの笑顔を浴びながら進む、ドキドキの店内。行き慣れたお母さんも心強い味方のちあきもいない上に、横では市香が興味津々そうにキョロキョロしていて緊張が伝播してくる。


「ねえ、どこ行くどこ行く?」

「とりあえず気になったとこ行こ」

「あ。あのブランド、Emiemiが動画で紹介してたところじゃない?」

「お、しっかりEmiemi見てるんだ?」

「こ、小町がよく話題にするから、仕方なく見てるだけなんだから」


 Emiemiの好きなブランドの店舗にふらりと立ち寄って、綺麗に陳列されたリップの一つを手に取る。細やかな装飾があしらわれた蓋を開けて現れるのは、濃厚な真紅。


「わ、綺麗」

「デザイン可愛い」

「甘い匂いする」

「なんだろ。お花の匂い?」


 可愛いね素敵だねと言い合っていると、アドバイザーの人がやってきて色々な商品を紹介してくれた。さすが専門家、私たちの好きそうなものを教えてくれる。


「今夏の新色だって。こんな色出てたんだー。可愛い」

「ねえ、これ可愛くない?」

「市香絶対似合うよ、その色! ちょっと試させてもらお」

「そんなことできるの?」

「できるできる!」


 誕プレ選びから完全に脱線。ひゃー、なんと可愛らしいお色なのか。自分たちできゃっきゃっと盛り上がってしまう。あれもこれも可愛くて困っちゃう!

 私が気に入ったのはみずみずしいスイカ色のクリームリップ。いやはや、この子をお持ち帰りするにはどれだけのお金が必要なのか。そっと値段を確認し、ヒュッと息を呑んだ。この子をお持ち帰りすると、ちあきの誕プレ代が足りなくなる。

 私たちはアドバイザーの人に「ちょっと考えてみます〜」と購入お断りの決まり文句を告げて、リップたちとお別れした。


「デパコスってやっぱ高いね……」

「大人な世界だ……」


 さて、当初の目的を遂行しようか。気を取り直して、誕プレ選びだ、誕プレ!




 あれやこれやと言い合いながら化粧品の階を楽しみ、誕プレを選び、ついでにバッグの階や靴の階も散策し、なんだかんだ十分に堪能して百貨店を出た。

 近くにあったレトロなカフェでまったりお茶タイムしながら、楽しめて良かったなーと思った。最初の不安な気持ちが杞憂も杞憂であってくれて本当に良かった。


 出てきたぷるぷる可愛いクラシックプリンたちを一枚二枚と記念撮影しているとき、スマホの画面にぴょこんとメッセージが出てきた。

  

『もう大和たちの誕プレ買った?

 まだなら一緒に買いに行くのどうすか』


 スマホを持ってしぱしぱ瞬きする。京からのお誘いだ。


「どうしたのよ」

「京がちあきたちの誕プレ買い行こって」

「ざんねーん、私ともう行ったもんねー」


 市香がふふんと目を細める。やたら得意気で可愛いドヤ顔だ。それはそうとして、京にはどういう風に断ろうか。


「こういうの、断るのってどんな感じに言えばいいかな」

「普通に、私と行ったからでいいんじゃないの?」

「あ、確かに。そっかそっか」


 目からウロコがポロポロ。そうでした、正当な理由があったんでした。

 なぜか頭の中でなんとなく、京を意識していないようなナチュラルな断り方を、避けてるような雰囲気が出ないような断り方を、なんて考えてしまっていた。

 二人きりで一緒に買いに行くって、それはどう見てもデートなわけで、断ったら京が悲しむかもしれないわけで。傷付けないように断らなきゃな、なんて。

 やだな、逆に意識してるの、私のほうじゃん。


「え、何。倉崎くんとなんかあったの?」


 あははーと照れ笑いする私に、市香が身を乗り出して小声気味で聞いてきた。なんかあったといえば、なんかあった。おおありだ。

 私はアイスミルクティーを飲み込んで、ぼそっと答えた。


「その、こ、告白、されまして……」

「えっ!」


 市香の目に輝きが増した。さらに声量も増した。そうだ、市香はこういう話が好きだったんだった。


「いやでもね、タイミングがタイミングだったし、慰め的な感じだったから」

「返事は返事は!?」

「だから、慰め的なやつだったから、返事とかは、別に」

「えー! なんで!」


 あの、そんなに過剰なリアクションされると、余計に恥ずかしくなるんですけれども。

 今日イチ元気が出ている市香さんをちらりと見上げる。


「市香こそ、なんでそんなにはしゃいでるの」

「だって、倉崎くんって小町のことめちゃくちゃ好きじゃない!」


 め、めちゃくちゃって……。


「けど、テンション上がるようなことじゃ……」

「だって、ねえ! 今までのずっと見てきたらこうなるでしょ!」

「そ、そうなの?」

「だって、ほら! あ、これ私が言っちゃってもいいのかな」

「なになに、教えて」


 自然に、二人とも椅子を前に引いて距離を詰めた。こそこそ小さく秘密のお話だ。


「一年の一学期のときは、倉崎くんはちあきか小町かどっちか好きそうって言われてたんだよね」

「……え? 一学期のときから?」

「そうそう」


 そんな遥か昔から、だと。一年の一学期って、そんなに噂されるようなことあったっけ。ピンとなる出来事が出てこない。


「だって倉崎くんって小町と海府さん以外の女子と話してるとこあんま見たことないし」

「え、そうなの?」

「小町たちと話してるときはニコニコしてるからわかりやすいよねーってなってたんだよね」

「えっ、そうなの!?」


 ついつい驚きで声が大きくなってしまった。口元に手を当て、息を吸って落ち着かせる。

 わかりやすいって、なんだそれ。脳内で振り返る記憶に出てくる京は、基本いたずらしたげにニコニコしているか、ゲーム徹夜明けで眠たそうにしているかのどっちかだ。ニコニコおねむさんが京の通常運転ではなかったのか。


「それで、九月に小町だって判明して」

「九月?」


 具体的な数字が突然降って湧いてきた。九月に何かイベントあったっけ。


「なんで九月?」

「小町たち、九月にデートしたんじゃないの?」

「九月に? そんなのあったっけ」


 私はSNSを開いた。遊びに行ったのならば写真付きで丸ごと投稿しているはずだ。自分の投稿欄を急いで遡っていく。球技大会、ケーキ、京の家、お花見……。


「部活の倉崎くんの同中の子が言ってたんだけど、倉崎くんってすぐ別れたけどちょっとだけ彼女いたんだって」

「うんうん」

「その彼女とすら一回もデートしなかったらしいんだけど、小町とはデート行ったからって」

「えー? それってほんとに私?」


 イースターネズミー、バレンタイン、お正月、クリスマスネズミー、クラスマッチ、打ち上げ焼肉、文化祭、ハロウィン……。投稿が多い、多すぎる。どこだ、九月。

 スクロールしまくると、ネズミーサマーまで戻りすぎてしまった。すいすいと指を動かし、私は思わずピタリと止めた。二人でスマホを覗き込む。


 九月のデートの思い出、それは私と京がおばけのカチューシャを被っている投稿だった。画面の向こうの一年弱前の私はばっちりキメ顔で、京はふにゃっと緩んだ満面の笑みだ。


「……京、めちゃくちゃ嬉しそう」


 なんで行ったんだっけ。思い出して、じわりと顔が火照った気がした。

 今思えば変な話だ。京のおうちのネズミーグッズは片手で数えられるほどしかなかった。なのに、京のお誕生日のお祝いに、ハロウィンネズミーに二人きりで行くなんて。

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