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32 五月 放課後Wデートにはケーキがよく似合う

 そういえば五月末期限のギフト券があったなぁと思い出したのは、五月も半ばの頃だった。対象は、たまに行くチェーン店カフェのもの。

 うーん、誰か誘おう。


「市香、放課後って暇?」

「何よ」

「一緒にカフェ行こ」

 

 ということで、市香を捕まえた。

 教室を出て階段に向かう。急ぎ足で抜かしてくる運動部たちを見て気付いた。 


「あ、そういえば今日は部活ないの?」

「今日は自由参加日なの」


 美術部には、週に一日行っても行かなくてもいい日があるという。息抜き日、いいことだ。

 階段に差し掛かったところで、上からたたたっと小走りで駆け下りる音がしてきた。またもや運動部か。避けようとすると、


「ちょっと待って、そこの二人」


 声をかけられた。学校内でナンパされるのはさすがに初め……ナンパじゃなくて里也だった。メガネの奥の瞳がにこっと笑う。


「小町は帰るのかな。市香ちゃん、一緒に部活行こうよ」

「いや私、今日は休むから。自由参加の日だしいいでしょ」

「あー、今日ってその日だったっけ」


 並んで階段を降りていく。

 三階と二階を繋ぐ踊り場から二階の廊下へ。ちなみに、教室がある棟と美術室や音楽室のある芸術棟を結ぶ渡り廊下は、二階と三階にある。二階は屋根付き、三階は青空天井の渡り廊下だ。

 里也はここでお別れかと思って足を止めたら、当の本人も足を止めた。


「うん、僕も休もうかな」

「里也くんは行ったら? 団Tデザインまだ終わってないんでしょ」

「あれは先生と最終チェックするだけだから明日でも問題ないよ」

「とか言っちゃって、同じ団の可愛い後輩が待ってるじゃない」

「可愛いって……。市香ちゃん僕が困ってるの知ってるくせに」


 面倒くさそうに眉を寄せる。初めて見た、里也のそんな表情。


「困ってるの?」

「そう。新しく入ってきた子がちょっとね」

「前に言ったでしょ、里也くんにばっか話しかける子」

「あぁ、例の一年の」

「悪い子じゃないんだけどね」


 苦笑いで済ませるのは優しさの証拠だ。対して、市香はわかりやすく不機嫌になった。

 

「普通に迷惑でしょ。返信遅いと、何してたんですかっていちいち聞いてくるんだって」

「わお」

「その子は結構スマホ確認するみたいで、僕はあんまりスマホ見ないからさ、感覚の違いがね」


 里也がフォローを入れる。しかし、市香がすかさず再びアタック。


「あと、集中したいのにずっと里也くんに話しかけたりね。あれ本当やだ。うるさいし」

「へえ、そうなんだ」

「いっぱい質問する姿勢はいいことなんだけどね。そこから雑談になっちゃうのがなぁ」


 これには里也もお手上げ。美術部、大変そうだ。


 が、今の話を聞いて、私の背中には嫌な汗がだらだら流れていた。返信が遅いと相手の様子が気になるだと。まさに私だ。話したくて質問でも何でもいいから話しかけるだと。どう見ても私だ。一年生の子、里也にアプローチする私と完全に一致。

 夜に里也とメッセージのやり取り中に返信が遅いなと不安になったこと、幾度あるやら。とにかく話していたくてどうでもいい雑談で話を引き伸ばしたこと、数知れず。


 ダメだ、私には一年生の子を悪く言う資格などない。むしろ、二人の言っていることがそのままそっくり私にグサグサ突き刺さって涙が出そうだ。

 ああ、やめて。もう悪口を言わないで。私の引きつり上げた頬筋ももはや限界。ぷるぷると震えている。



 というか、あれ?

 私と同じってことは、


「やー、マジでそれわかるわ。あ、小町!」


 ちあきが友だちと話しながら上から降りて来た。私に飛びつき、抱きついて勢いのままにくるりと一回転。そしてお別れ。


「夜通話しよ! ばいばーい」

「はーい。ばいばーい」


 ちあきは再び友だちと話しながら降りて行った。

 ええと、それで何の話だっけ。里也たちのほうを向いたら、市香に不思議そうな困惑してそうな、微妙な顔をされた。


「小町って、海府さんとはいつもああなの?」

「ああって?」

「近くない? なんか」


 そうかな。気にしたことなかった。


「市香にも近寄ろっか」


 ぴょんと一歩近くに飛ぶと、ほんのり赤い顔で「そうじゃなくて」と言われた。そうじゃなかったらしい。

 ところで、ちあきが降りてきたということはA組のHR終わったということ。続々とA組の顔触れが私たちを追い越していく。


「あ、倉崎くん」

「おー。どした、そんなとこで」


 その中にはもちろん京もいた。二階の廊下とかいう変な場所でたむろする私たちに京が加わる。


「里也くんが部活サボろうとしてるの」

「マジぃ?」

「今日は参加自由日だからいいんだよ」

「あそ」


 美術部に興味なさそうな反応だった。というか、帰りたそう。愛しのゲームの元へ帰りたそう。

 そんな様子を気にも留めないで、里也が京に笑いかけた。


「倉崎くんってこのあと暇?」

「時間はあるけど」

「僕たちもどっかお出掛けしようよ」

「萩原と? 小町は」

「市香とカフェ行く」


 私は市香にぴとっとくっついたら、里也はしゅんと羨ましそうなハの字眉になり、京は呆れすぎて「はは」と笑いを漏らした。


「ね、僕たちも混ざろうよ」

「じゃあ、ちょっとだけな」


 そうして、ひょんなことからWデートになったのである。




 窓から見えるのは黄色みが強い夕焼け前の空。流れるBGMはスローテンポなジャズ。満ちる香りは、ほろ苦いコーヒーや甘ったるいスイーツが混ざり合っていた。

 カフェのボックス席は、私の隣に市香、前は京、斜めは里也という配置で座った。そしてさっそくメニューチェック。わお、ドリンクとケーキのセットがお安いぞ。


「チョコレートケーキ、ショートケーキ、チーズケーキ……」

「どれにすんの」

「フルーツタルトにモンブラン、いやロールケーキも捨てがたい……」

「全部食べたがってるじゃない」


 勉強疲れの夕方に美味しそうなものを見たら、全部食べたくなるのは道理のこと。うーんうーんと悩んで、私はミルクティーとモンブランにした。

 いやしかし、みんなの届いたケーキを見れば欲張り小町がむくむくと顔を出してくる。特に京の選んだチョコケーキは、私が最後まで迷ったやつだった。あぁ、美味しそう。

 じっと見つめていたら、察した京がケーキのお皿を少し私のほうに寄せた。


「一口食う?」

「いいの? やったぜ」


 しめしめ。一口もらうことに成功した。フォークで一突きし、ぱくり。むむ、濃厚なしっとりチョコケーキは後味までまったりとした甘味が残る甘々仕様だ。糖分が学校終わりの体によく効く。


「美味しい〜!」

「良かったな」

「小町ってニコニコして食べるよね」

「美味しいもん」


 美味しいもの、大好きだ。にこーっとしていたら、市香のほうから冷ややかな視線を感じた。


「わかった、小町は距離感がおかしい」

「えっ」


 突然ひどいことを言われた。目の前で京がぶはっと笑い出したけれども。私は市香に抗議した。


「なんでそんなこと言うの」

「だって、いつも海府さんとくっついてるし」

「くっつくよ、ちあきだもん」

「男子からなんかもらってるし?」

「私、シェアはよくするよ。市香もする?」

「しぇ、シェア……」


 ノータイムで言い返していたら、市香が納得できないといった顔で里也たちのほうを向いた。


「お、おかしいよね。二人もそう思わない?」


 男子を仲間に引き入れたいらしい。果たして結果は。


「気にしすぎだよ。市香ちゃんって知らない人が隣に座るのも嫌がるよね」

「ちが、それとこれとは話が別じゃ」

「ま、持岡さんて、未だに俺と話すときは警戒してるって感じだしな」

「市香ちゃん、人見知りするんだ。後輩にも冷ためだもんね」

「や、それはあの子が里也くんに……。ちょっと、なんで私が変みたいな扱いなのよ」


 見事に惨敗。市香はむすっとしてショートケーキを切り分け始めた。

 あらまあ、拗ねてないで拗ねないで。私とシェアしよ、


「じゃあ、市香ちゃんには僕のちょっとあげようか」

「「えっ」」


 私と市香が同時に驚いた。えっ。あまりの衝撃に言葉が出てこない。言葉を発せないのは市香も同じだった。


「なっ、えっ。……え?」

「倉崎くんたちみたいにシェアしてみたかったんじゃないの? 僕もこういうのやってみたかったんだよね」

「でも、えっ」

「あ、嫌かな。だめ?」


 えっ、えっ、えっ。再び私は電撃を浴びた。

 里也、そうだったの? 交換してみたいってなにそれ可愛い。それならさっき里也に交換を持ち掛ければよかった。いやけどチョコケーキも食べたかったし。でもでも、交換、いいないいな。

 里也が市香のほうにお皿を近付けようとする。あぁ、いいな。モンブランを食べながら平然を装うも内心ブルブル。羨ましすぎて震えてきた。


「んなら、萩原、俺とする?」

「「「えっ」」」


 それは不意打ちの爆弾発言だった。テーブル全土に激震が走る。えっ、京介さん、なんて?

 里也から好きと公言されている男が里也に絡みにいった。するとどうなるのか。


「いいの? 倉崎くんの? 本当に?」

「お前もこれ食いたそうにしてたから」

「そ、そうかな、照れるなぁ。でも、倉崎くんが言い出すの珍しいね、なんか嬉しい」

「まぁ、たまにはよくね」

「あ、これがデレたってやつ?」

「るせーよ」


 ニコニコと上機嫌な里也と、特に気にしていなさそうにカフェオレを飲む京。そう、目の前でいちゃつかれるのである。なんだ、この、お互いのことわかってますよ感溢れるカップルは。

 こうして、私と市香は揃って、むすっとした気分でケーキを食べるハメになったのであった。美味しいけど、美味しいけれども!

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