33 五月 勉強会という名の文理合同雑談会
中間テストが待ち構えている。テストに合わせた提出物もある。それすなわち、ゲーム大好き人間の課題を見張らねばならないということだ。
というのは建前で、一年生の学年末テストのときみたいに里也と一緒に勉強できるチャンスだなーと考えているのが本音。いや、そもそも勉強会はあるのだろうか。
私はちあき、京、大和との四人グループにメッセージを送った。
『課題監視デーはいつにするの?』
すぐに既読が一、二の三と増えた。寝る前のこの時間、みんなスマホを見ていたらしい。自室のベッドに横になって返信を待つ。
『恒例のあれな』
『私はいつでもいいよーん』
『?
誰の監視するんすか』
『お前』
『あんたでしょ』
『え?』
京がしらばってくれている。さては、課題から逃れようとしているな? 私は『課題は出さなきゃダメだよ』と言おうとした。
が、
『俺今回勉強会ないと思ってもう終わらせた』
「ええっ!?」
リアルに声が出た。な、なんだって。慌ててさっきまで打ちかけていた文字を全消去。
『え?』
『マジ?』
『え』
『なんでそんな揃いも揃って驚くんだよ』
『私はまだ終わってないもん』
『いつやったんだよゲーム廃人が』
『今まで全然やってなかったのにー?』
『まずは褒めてくれても良くないすか』
ぽすぽすとメッセージの応酬が止まらない。私はごろんと体勢を変え、枕に肘をついて素早く指を動かした。
『なんでそれ早く言ってくれなかったの』
『マイナスがゼロになっただけなのにイキるのやめなー?』
『最初からやっとけよ』
『あのー
全員褒めるの意味知ってます?』
ツッコまれた。ふふっと笑いが漏れる。これを誰かが見ていたら、私はスマホを見てひとりでに笑う不審者だ。
『ふーん
やればできんじゃん』
『課題終わらせるのはやすぎ!
天才!』
『すごいすごい京介くん偉いでちねー』
『あざす
やまとは次会ったらしばく』
『あらやだ京介くんこわーい』
大和がてへっと舌を出した若干ムカつくライオンのスタンプを押してきた。それに京が『絶許』と書かれた額がピキッている白い人のスタンプを送り、大和がこれまた若干ムカつくライオンのスタンプを……。
って、話がまとまらない。私はスタンプ合戦の間に割り込んだ。
『じゃあ勉強会はなし?』
『俺はどっちでも』
『復習程度に集まるのはありじゃない?』
『まぁ適当にやりゃいいんじゃねえの
今までもそうだったんだし』
よしよし、勉強会は決行されそうだ。あとは里也を誘うのみ。
しかし里也だけ誘うのは、私の好意があからさますぎる? それなら他の人も……。
勉強会当日の放課後、会場となるA組の教室にはなんだか人がたくさんいた。
「なんか多くね?」
「何人か誘ったらいっぱい来た」
「人脈どうなってんだよ」
「こうなってるんだよ」
私と京でぼんやり言い合う。私の友だちが友だちを連れてきたようで、私と話をしたことのない人までいる。
まるで放課後とは思えないワイワイガヤガヤ状態の教室。席は半数以上埋まっている盛況っぷりだ。
「大和久しぶり〜! 文理分かれてからあんま会ってなかったよね」
「古典ってどこ覚えとけばいいと思う?」
「そそ。今回の数学ちょいむずくてさー。理系組いるなら教えてもらおっかなって」
「文系のがレベル高いよな、やっぱ。ちあきと小町がレベチ」
何やら不純な動機の人もいるみたいだけど、大体は勉強目的の人たちだ。教室後方のドア付近で里也と市香が話しているのも確認できた。さて、あの輪にいつ入ろうか。
「京介、おひさー」
「おー」
突然女子二人に京が話しかけられた。誰だろ、理系の人かな。
びっくりした私に、京が「同中の子」と耳打ちした。へえ、中学の同級生。可愛らしい雰囲気の人たちだった。
「京介、まだゲームばっかしてんの?」
「まあな」
「でさ、英語でゲームしてるって聞いたんだけどほんと?」
「海外に友だちいるってのはマジなの?」
「マジマジ。新作は日本語ないやつ多いし、英語ばっかよ」
「やばー! なにそれすごくない?」
「ま、俺天才なんで」
「急に調子乗んなって!」
「なんか英語喋ってみてよ」
けらけら楽しそうに会話を始める三人からそっと離れる。
そろそろ私も自分の目的を果たそうかな。
スマホの画面の反射で顔面チェックを忘れずに。前髪や後れ毛を整えて、メイクがよれてないことを確かめる。そして最後に深呼吸。
『話しかけに行くぞ』と意識すると緊張しちゃって困る。誰かがいればなるべく自然体で話しかけられるのに。
私は意を決して二人の元に向かった、けれど。
「あれ? 市香は」
先程まで二人がいたドア付近には、里也が一人で席についていた。メガネをかけ直して困ったように笑う。
「市香ちゃんは部室行くって行っちゃった。苦手なんだってこういうの」
「あー、市香は騒がしいの嫌いそうだもんね」
「そうそう。勉強会自体は楽しみにしてたんだけどね。僕もしばらくしたら部室行くね」
私は里也の前の席をお借りして、里也が使う机に腕を乗せた。すると里也が柔らかく微笑んだ。
「小町とこうやって机に向かい合うの、なんか前もあったよね」
「あったあった。いつだっけ」
「僕が東條課題で苦しんでたときだね。僕はあの地獄とばいばいしんだよー」
嬉しそうに「いえーい」とピースサイン。可愛さ百点満点。
二年生の社会科のメイン科目は日本史、世界史、地理から選べる。文系は日本史か世界史を選択する人が多く、私も例に漏れず日本史を選択した。
「理系は地理選択が多いんだっけ」
「うん、僕も地理だよ。でも、こっちも暗記系で苦手なんだよね」
「赤点は取ってない?」
「さすがにね。地理のほうが覚える量も少ないから頑張ってるよ」
お次はキュートなドヤ顔いただきました。はなまるもあげちゃう!
私は里也が広げているノートに指を這わせた。これは物理かな。
「苦手は暗記系で、好きなのは?」
「んー、美術?」
「美術部だもんね」
ノートの中の逆さまの世界。逆立ちしている端正な記号や数字たちは、良い子にまっすぐ整列していた。丁寧さや勤勉さが伝わってくるノートだ。
「考えるのが好きなんだ、多分」
「考えるの? 絵って感覚で描いてるのかと思ってた」
「市香ちゃんはそういうタイプだね」
「直感、みたいな?」
「そうだね」
里也は「んー」と瞳を斜め上に向けた。
「あんまり絵の勉強は好きじゃないみたいで、気の向くままに描いてるよ。上手下手はともかくとして、楽しそうでさ。見ていて飽きないんだよね」
唇に手を当ててくすくすと思い出し笑い。
「里也は?」
「僕? 僕はセンスないからなぁ」
しばし悩むようにシャーペンを空で動かして、「うん」とひとり頷いて動きを止めた。
「僕はもう色々出来上がってる理論に沿って絵を描くタイプって言えばいいかな」
「理論?」
「そう。絵で一番魅せたいのはどこか、どうやって視線誘導するか、光源はどこからで陰影はどう伸びるのか、輪郭の面白さとか奥行きと空気感の表現とか。たくさんの技術や知恵を借りて描いてるんだよ」
話している内容はよくわからないが、里也が楽しそうなのはわかる。自然と私の口元も緩くなる。ずっと話していてほしい。
そういえば、ネズミーでネズミーくんとのグリーティングのことを私が一方的に喋っているときも、里也や京は優しく相づちを打ってくれていた。
あのときの二人もこんな気持ちだったのかなぁ。
里也を見つめてそんなことを思っていたら、「あぁ、でも」とメガネがこちらを向いた。ぴょんと私の見えない耳が立つ。なになに。
「小町はセンス良いから、ちょっと勉強したら化けるんじゃないかな。元々頭も良いし」
せ、センス良いだって。予期せぬ方向から褒められた。嬉しい、嬉しい。
「私も上手になれるかな。目指せレオナルド・ダ・ヴィンチ?」
「レオ……うーん、それはどうだろう」
誤魔化すようなニコッとスマイルが返された。そうだった、私が化けたところでアメーバ画力なんだった。
里也は「絵画的な意味じゃなくてさ」と続けた。そうだね、絵の話はやめよう。
「僕はファッションに詳しくないけど、小町の化粧とか爪とか服は特に綺麗だと思う」
「そ、そう?」
「色使いに違和感がないというか、どんな色も喧嘩しない配色にしてるよね。色彩感覚が優れてそうだ」
さっきから褒められちゃって照れるのなんの。勝手に瞬きが増えた。もにょもにょと落ち着きがなくなった口をバレないように手で覆う。
里也はまっすぐこちらを見ていて、目が合った瞬間メガネの奥の瞳が色っぽく細められた。
「うん、何色でも似合って見える」
は……。どうしよう、可愛くてカッコいい里也にずっとときめきっぱなし。なんでそんなに恥ずかしいことを真剣な顔で言えるの。この天然め。
口は隠れてもほっぺたは無防備のまま。私の頬が赤いことに里也が気付いたのか、「あっ」と声を上げた。
「ご、ごめんね、恥ずかしいこと言ったかも、僕」
「や、そんな、全然、うん」
私につられて里也まで照れた。二人して真っ赤だ。こんなことも前にあった気がするような。
ぴこぴこっと音が鳴って、私たちは同時に飛び上がった。不意打ちの通知、里也のスマホだ。すっと画面を確認して里也が席を立った。
「僕はそろそろ部室行くね。じゃ、お互いテスト頑張ろうね」
「頑張ろ。ばいばい」
荷物を持って里也がA組から出ていく。ドアを閉めるとき、ちらりと振り返って小さく手を振ってくれた。最後までドキッとさせてくれる、完璧すぎ。
髪を切って、部長にもなって、あざといと噂の後輩もできた里也。環境がガラッと変わったはずなのに、真面目で優しい素敵な部分は変わらず、日々魅力だけが増している。あー、好き。すごく好き。
ぽかんと空いた椅子を眺めては、ため息が落ちた。大好きだよ、私じゃない人のほうに行っちゃうところ以外は。




