29 四月 手を貸すのは優しさではなく好きだから
それはゴールデンウィークが訪れようとしている夜のことだった。
『僕にちょっと時間くれないかな』
好きな人からそんな文面が届いた。
私はちょろいので、ほいほい時間をあげることにした。求められたのは昼休みのたった一時間。それだけでいいんですか、私はもっともっと一緒にいてもいいと思いますよー?
「小町、こっち!」
学生集う食堂で待ち合わせをした。私は行く前に軽くメイク直しをして髪型もチェックして、完璧可愛い小町ちゃんで挑んだ。
ガラス張りで陽の光をふんだんに取り入れている食堂は、食を求める生徒たちで明るく賑わっていた。
「ごめんね、呼び出しちゃって。来てくれてありがとう」
「いえいえ」
私たちはそれぞれメニューを注文して、席についた。パンコーナーなんてものもあったので、私はメロンパンとカップサラダとミルクティーにした。里也は大きめの器の親子丼で、結構食べるんだなぁと思った。男子だもんね。
「理系の授業はどんな感じ?」、「部長にも慣れてきてさ」、「最近はね、こういうバンドにハマってて」、「コンビニで食べたお菓子が美味しかったんだよ」。
特別美味しいわけでもない学食に、他愛もない話を添えて過ごす昼休み。なのに、ご飯はすごく美味しくて、話は何でも面白く感じた。
好きな人がそばにいるだけで、ささやかで温かな幸せを感じられる。笑顔が止まらない。
「あの、それでさ、えーと」
今日の本題は、もうご飯も食べ終わった頃合いにためらったように切り出された。里也は「呼び出すほどの内容でもないんだけど」と前置きをした。
「市香ちゃんがもうすぐ誕生日だから、何か贈ろうと思ってるんだ」
いちかちゃん。里也と口から女子の名前が出てきてびっくりした。しかも、下の名前を、ちゃん付けで。
一瞬固まった私の反応を見て、里也は「あは」と照れ笑いした。
「小町が市香って呼び始めたでしょ。後輩も市香先輩って呼んでるし、僕もつられてそう呼ぶようになってさ」
「そうなんだ」
「女の子のことちゃん付けするの、なんだか照れるね」
里也はそう笑って、照れを誤魔化すように水を飲んだ。
市香、市香か。あの件以来、喋る回数減っちゃったな。私も動揺と苦笑いを隠すために水を飲んだ。
ぼんやり話を聞いていく。というのも里也がネットで色々調べたところ、友だちへのプレゼントには化粧品やバスセットのギフトが良いと書かれており、女子へのプレゼントにはアクセサリーが良いと書かれていたらしい。
「それでね、僕一人じゃわからなくて、小町の意見も聞きたいなって思ったんだ。アドバイスくれないかな」
「うんうん」
誕生日プレゼント、贈るんだ。へー。
そういえば以前、市香はSNSに里也に贈るプレゼントの投稿をしていた。里也は先に自分がもらったから贈り返すだけなのかもしれない。律儀な人だもんね。
好きな人が困ってたらもちろん手伝いたい、けど……。ううん、協力しよう。性格悪いとこ、見せたくない。
私はぴんと人差し指を立てた。
「まずは市香がどういうの好きか考えてみよ」
「えーと、市香ちゃんはね、可愛いもの好きだよ」
「そうなの?」
「部活のとき落書きでピンクや白色のふわふわしてるものを描いてて、ネズミーのお土産のウサヒヨもすごく喜んでくれたんだ」
そうなんだ、知らなかった。でも意識してみれば、ペンや筆箱は白かった気がする。ガーリーな雰囲気が好きなんだ。
「じゃあ、ピンクや白のふわふわした感じのものを選ぼ」
「うーん……わたあめ?」
「他には?」
「マシュマロ」
「食べ物以外だと?」
「うーん。あっ、ポメラニアンも可愛いよね」
「そっかぁ」
里也の想像するもの、全部可愛い。どれも誕プレには似合わないところが、逆に可愛い。
「えーと、じゃあ次は、ウサヒヨの方向性で考えてみて」
「ウサヒヨ……ぬいぐるみやクッション?」
「うんうん」
「タオル、ハンカチ……。あ、手が乾燥してるってよく言ってるからハンドクリームはどうかな」
「いいねいいね」
ハンカチやハンドクリームはカジュアルなプレゼントとして贈りやすい定番アイテムだ。贈り物候補が誕プレっぽい顔ぶれになってきた。
里也は手を顎に当てて考え、うーんと顔を上げた。
「けどハンドクリームって、ふわふわしてないよ。喜んでくれるかな」
「喜ぶよ、多分」
「そっか。オススメや選んじゃダメなハンドクリームってある?」
「んー、パケが可愛かったら大抵喜ばれそうだけど、匂いがキツいのは嫌かな。できれば成分が肌に優しいものだと嬉しい。ハンドクリームならギフトセットでハンカチつきのものもあるよ」
色々言ったら、里也が目を白黒させた。「も、もう一回言って?」と言われたので繰り返す。今度は「なるほど?」と首をかしげた。
里也、一人でプレゼント買えるかな。
「心配なら私も一緒に買いに行こっか?」
さりげなくデートアピール。お昼休みだけじゃなくて、休日もまるまる時間あげますよー?
里也はにっこり笑った。
「ありがとう。でも今回は大丈夫」
「そう?」
「プレゼントできる機会がなかなかないから、こういうときはちゃんと自分で考えて贈りたいなって思ってるんだ」
目の前がぐらっとした。里也の誠実なところ、とても良い。一生懸命で真面目で思いやりがあって……。
昼食を終えて、階段のところでお別れ。会釈して微笑む様なんて完璧に爽やか紳士さんだ。
「アドバイス助かったよ。ありがとう、小町」
「どういたしまして」
手を振って、理系の四階に上がっていく里也を見送る。
あぁ、その誠実さ、私に向けられていれば最高だったのに。
後ろ姿が見えなくなり、はぁと息を吐いて振り向いたら、下の階段にコーラを持った京がいた。購買帰りらしい。
数秒お互い固まったのち、
「…………昼休みデート?」
変なこと聞かれた。
「デートじゃなかったよ」
「そーすか」
階段の一番上の段になる数段下で、京が足を止め、手すりにもたれて私を見上げる。
「なんかあった?」
「五月生まれになりたいなって思った」
「なんだそれ」
春休みや夏休みじゃないから、みんなにお祝いされやすそう。いや、本音はそうじゃない。誕生日なんていつでもいいよ、好きな人がお祝いしてくれるなら。
私と里也はお互いの誕生日を知らなかったから、きちんとしたプレゼントもなかった。知っていたら、里也は私のことをいっぱい考えて準備してくれたのかな。
たられば話をしても何も意味はないけれど。
階段付近の廊下は、行き交う人が絶え間なかった。廊下で話す生徒の声や、やや遠くから聞こえる教室からの喧騒。それらが重なり、ざわざわと言葉にならない音となって耳に届く。
誰も私のことを見てなかったら、少し弱音を吐き出していたと思う。でも、そういうのは全部おうちに帰ってからにしよう。
よし。おろしたままの手を握り締めて、ぱっと広げた。すっと息を吸い込んでへらっと笑っておく。
「里也とはお昼ご飯食べて相談乗っただけだよ」
「相談て、誕プレの話?」
「そうそう。よくわかったね」
「昨日俺も聞かれたから。女子の欲しいもの男に聞いてもわかんねえだろって言っといたわ」
「そうだったんだ」
昨日は京、今日は私。私は女子の中では一番に相談してもらえたということかな。それなら、まぁ。
京はコーラの蓋のところを持って、底のほうをくるくる回すように揺らした。
「てか、ゴールデンウィーク遊ぶの、どこ行く予定すか?」
「水族館か動物園か遊園地かネズミーか、ボウリングとかウィンドウショッピングでも」
「決まってないんすね」
「全部行きたいけど、イースターネズミー行ったからお金かかるとこは厳しいかなぁって」
「あー、なるほどね」
今月は金欠というわけなのだよ、京介くん。遊ぶのはお金がかかって仕方ない。かといって、せっかくのゴールデンウィークに遊ばないのももったいない。
「安くてみんなで遊べるとこないかなー」
「じゃあ俺んち来る?」
京のおうち? 目をぱちぱちさせる私に、京が続ける。
「無料で無限にゲームできるけど」
無料で、無限に、ゲーム。なんと魅力的な提案なのか。金欠学生には輝いて眩しすぎる。つい拍手をしてしまうくらいだ。
「それはありかも。超ありかも」
「そりゃよかった」
京がゆるりと口の端を上げて笑う。優しい目してる。
「私、それちあきに言ってくる」
「あとちょっとで五限始まるんじゃね。俺から言っとくわ」
「ほんと? ありがと。じゃあ教室戻ろっかな。ばいばーい」
「またな」
私は京に背中を向けてから、早足気味で教室に戻った。
知ってる、知ってるよ、京が優しいことは。だから里也は京に相談したんでしょ、私よりも先に。




