28 四月 棘ある言葉もふわんふわんにしたい
太陽が少し凶暴になってきた。じわっと暑い日差しとひんやりしたそよ風のバランスが絶妙な、春の終わりと夏の始まり。
今日は体育がある。E組は、F、G組との合同授業だ。男子はF組、女子はEかG組で着替えることになっている。四階からわざわざ三階にやってくる女子は少ないので、私たちE組の女子は広々と教室を使えた。
「見てみて、市香」
話しているうちに仲良くなって、下の名前呼びするようになった持岡さんに、着替え終わった私は「ほら」と後頭部を見せた。
「今日はポニテにしたの。どうどう、可愛くない?」
いっぱい動くので根本はしっかりと結び、後れ毛は緩く巻いて抜け感を演出してみた。
市香は私を一瞥して、制服たたみに戻った。
「その、いつもふわんふわんさせてるのは何なの?」
「ふわんふわん?」
「他の子は……えーと、あの子はピシッとしてるでしょ」
指を差したのは、私と同じくポニーテールの子。結んだ髪をほぐしたり引き出したりせず、コームで梳かしたようにかっちりしているタイプのポニテだ。
そのポニテと私のポニテを見比べて、市香はむむっと眉を寄せた。
「小町はふわんふわんしてる」
「ありがと」
「や、褒めてるんじゃなくて……」
なるほど。褒め言葉じゃないなら、大褒め言葉なんだろう、多分。『ふわふわ』じゃなくて『ふわんふわん』だもの。
市香はたたみかけの制服を見つめて、何か言葉を探しているようだった。
「その、朝から髪結ぶのも大変そうだなって」
「もう慣れたから秒でできるよ」
「秒で?」
「秒で」
ぱちっとウインクを投げると、はぁと呆れた笑いをされた。
市香はオシャレに興味を持ってそうなのに、オシャレの話となるとツンツン度合いが上がる。オシャレをしたいのか、したくないのか。
メイクせず髪もおろしっぱなしだから、実はオシャレなんかどうでもいい? それとも、コスメの種類が多すぎて、やりたいけどよくわからないとか?
きっかけがないと難しいのかもしれない。
「市香もふわんふわんする?」
「えっ。きゅ、急に何よ」
「今日暑いでしょ。髪結んだほうが涼しいよ」
私はリュックからポーチを取り出した。予備のゴムとピンならここにありますよ。さあ、あなたもオシャレの扉を開きましょう。
「今なら小町が秒でヘアアレンジしますよ」
「なにそれ。いいよ、そんなの」
「えー、せっかくポーチ出したのにー。ふわんふわんしようよ」
「いや、でも」
「ふわんふわん仲間になろ?」
里也の真似して押してみる。市香は迷っているのか、「ええと」と手を動かした。断る理由を探しているみたいな。
しまった、押しすぎてウザいと思われた?
「嫌なら、無理にとは言わないからね」
「……だって、あの、そういうのって、何かいるんでしょ? アイロンってやつとか」
「そういうのなくてもできるよ」
「そうなの?」
「うんうん。しかも秒で」
市香が悩ましげに自分の髪の毛をちょんとつまんでぱっと離した。しばし考えること数秒。
「……じゃあ、お願い」
「了解でーす!」
押し切ってしまった形になってしまったけれど。小町ヘアサロン、開業スタート。
折りたたみブラシを取り出して髪を梳く。私は一年以上色々なミルクティーカラーを渡り歩いているので、ブラウンがかった黒髪が新鮮に見える。その上、市香はあまり癖がないからアレンジしやすそうだ。
「市香の選択ってテニスだっけ」
「うん」
「じゃ、ちょっとキツめに結んでもいい?」
「いいけど」
「ありがと。痛かったら言ってね」
まずは動きを出すように手ぐしでざっくりとポニーテールに。顔周りやもみあげの後れ毛を出すも、運動後にボサボサにならないように。毛束は三編みにしてくるりと結び目に巻き付けてまとめる。最後に、どこから見ても可愛いようにほぐしを整えて。
ほら、ふわふわお団子の完成だ。
「あらまあ、なんて可愛い! 似合ってる!」
出来上がった市香は気恥ずかしそうに首元を撫でた。もっと堂々としてよ、すっごく可愛いから。
自信作、自慢しちゃお。私は市香の背中を押してクラスの子に声をかけた。
「じゃーん! どう? 市香可愛くない?」
「え、可愛い! いいじゃん!」
「すごーい。ふんわりした感じ可愛い」
「ねっ、良いでしょ!」
そうでしょ、そうでしょ、この子可愛いでしょ。皆々からも好評のご様子で、私も大満足である。
私は市香の手を取った。
「髪アレンジさせてくれてありがと」
「……あ、いや、私こそありがとう」
「どういたしまして!」
にこ、とぎこちなく笑う顔に微笑み返す。小町サロンはいつでもふわんふわん仲間を募集中ですよ。
体育の授業内容は、いくつかある競技の中から好きなものを選ぶもの。市香は他のクラスの友だちと一緒にテニスを選択して、私は適当にバドミントンを選択した。
バドミントンの良いところは、
「小町、それ羽根折れてるよ。他のは……」
「ん、これ綺麗なやつ。もう一個持っとけ」
「ありがとー」
里也と大和も一緒なところ。
大和が部活に配慮してバスケ以外の中からバドミントンを選択して、里也も同じ競技にしたらしい。しかもバドミントンはコートの都合で男女混合。なんと素晴らしい棚からぼたもち。
先生は基本見ているだけで、各々自由にプレイするスタイルなので、体育というより自由時間だ。
里也と同じ授業を取ると、どうなるのか。
「行くぞー、萩原」
「うん! ……あわっ、ちょっ」
「なんか転けそうだな」
「あれ、当たらな、なんで?」
「萩原頑張れー」
「あっ、当たった!」
「そうか、すごいな」
一生懸命頑張る里也が見られるのだ。私の好きな人、可愛い。ラケットを振り回し振り回され、シャトルを打てると喜ぶ素直な人。
その天真爛漫さ、究極の癒やし。思わずため息がこぼれるほどだ。
「小町ー、コート争奪戦負けた」
「誰かのとこ半分借りる?」
「それは狭くなーい? って何見てるの」
友だちたちがやってきた。ちょんちょんと里也たちを指差す。
「あ、大和じゃん」
「バド選択意外じゃない? 同じなのラッキーすぎるよね」
「相手の子誰? ちょっと可愛くない?」
「大和くん優しく打ってるのほんと優しい〜」
「あ、こっち来るよ」
里也がばたぱたと小走りで私のところにやって来た。メガネを取って腕でおでこを拭った。
「小町、メガネ守っててくれないかな。落としそうで危なかったから」
「はーい、わかった」
「ごめんね、ありがとう」
メガネを受け取る。軽くレンズを覗いてみたら視界が歪んでくらくらした。なかなかに度は強そうだ。
メガネ無しで里也は大丈夫? 私は里也に手を振った。
「見えるの? これ指何本かわかる?」
「五本でしょ。もう、そのくらいは見えるよー。じゃあ行ってくるね」
里也があはっと笑って、ひらひらと手を振り返してくれながらコートに戻っていく。な、なにこの素敵なやり取り。同じ選択競技で本当に良かった。小町、感動。
ほっぺたを手で冷ましていたら、横からつつかれた。
「やっば。待って、誰あれ。名前何、名前」
「小町、あんたまたイケメンの友だち増やして!」
「大和くんの友だちで爽やか可愛い系って珍しくない?」
一気に色々言われた。な、なんて?
「えと、里也とは普通に仲良い感じだよ」
「さとやね、さとや。おっけー、覚えた」
「大和くん、さとやくんと一緒にいると優しいお兄ちゃんって感じしない?」
「それわかる、可愛いー」
里也と大和の話に花が咲く友だちたち。その声色は恋愛的な雰囲気じゃなくて、ファンや推しに対するノリに近くて、心のどこかでホッとする。
友だちと好きな人被ったら気まずいもんね。
頑張る里也を見られてウキウキるんるんな体育が終わってしまって、着替えをしていると市香がやってきた。
「はい、ゴムとピン。貸してくれてありがとう」
見れば、可愛いお団子ではなくなっている。
「あ、ほどけちゃった?」
「いや、別に」
「スタイリング剤持ってきてたらよかったな。ごめんね」
テニス中にピンが外れたか緩んだのかもしれない。スプレーで固められたらマシだっただろうけど、さすがに学校に持ってきていなかった。小町サロン、テニスに力及ばず。
しゅんとしてゴムたちを片付けていたら、ややためらって市香が言った。
「そうじゃなくて、自分でほどいたの」
「え」
「何よ、悪い?」
わ、悪くはないけど。
「どうしたの。何かあった? とりあえず髪梳こ」
「私のことは気にしないでいいから。自分の髪でも梳いたら」
ツンとして市香が席に座る。ゆんわりとお団子のあとが残っている後ろ髪を見つめる。そんなにも冷たく言わなくてもいいのに。せめて理由くらい言ってくれてもいいのに。
せっかく仲良くなれたと思ったけれど、これじゃあ逆戻りだ。




