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14 一月 お揃いヘアピンでさり気ない可愛さを

 ふんふふーんと鼻歌を歌いながら一年E組の前方のドアを通り過ぎ、わざと後方のドアから入る。スマホの画面で顔面チェック。よし、可愛い。

 ついでにこほんと咳払い。よしよし、声も大丈夫そう。


 私は息を吸い込んでガラッとドアを開けた。教室に入ってすぐ、廊下側の列の後ろの席に座るのは萩原くん。


「萩原くん、おはよ」

「あ、山城さん、おはようございます」


 かける言葉はそれだけ。十分である。今日も私は頑張った。自分の席でリュックを下ろして一息休憩。

 朝のたかが数秒、されど数秒のドキドキタイム。返事が返ってきてホッとする日々。

 私の新たな日課、それは気になる人への毎日挨拶。




 連休明けということもあって、萩原くんとの距離に妙なぎこちなさを感じていた。どうでもいい人なら放っておけばいいけれど、私はそうしたくない。もうちょっと近くがいい。

 そこで考え出したのが、毎日おはようキャンペーン。萩原くんがドア近くというちょうど良い席にいるし、お手軽簡単だし、話しかけても変に思われない。何より、日々の挨拶は夫婦円満の秘訣だと何かで見た。これは手っ取り早く仲良くなれる方法の一つなのだ。

 最初はちょっぴり緊張してたけど、数回でお互い慣れた。


 ちなみに、帰りはばいばいキャンペーンを開催中。


「帰り、駅近くの雑貨屋さん寄ろ」

「行こ行こ。萩原くんもばいばーい」

「あ、はい。お気を付けてお帰りください」


 ちあきと会話しながらも、萩原くんへのばいばいは忘れない

 誰かといるときでも、さらっと言えるのが挨拶の良いところ。萩原くんは挨拶の言葉のチョイスだけですらなんだか面白いのも良いところだ。



 今日の帰りはちあきと二人でショッピング。

 学校の最寄り駅にはファッションビルがくっついていて、アパレルショップや雑貨店、さらに最上階には映画館まである。また、駅近くは、大通りからちょっと横に一本入るだけで、雰囲気の良い個人営業のカフェやケーキ屋さんなども結構ある。

 この駅周辺だけでも一日過ごせる充実度だ。


「ちあき、どこ寄る?」

「この近くにね、実はハンドメイドのアクセサリーショップがあるらしいの。そこ行きたい」

「それは行かなきゃ」

「でしょ」


 適当に歩きながら探す。この辺りの良さげなお店、良さげなお店……。


「ちあき、このケーキ屋さんが美味しそう」

「イートインあるじゃん。今度行こ。あ、あそこの革専門店のアイテムも可愛い〜」

「いいねえ。革のお財布、大人っぽい」

「確かに大人っぽそう。うわ、値段やばい高い」

「わ、これは高すぎる。撤退撤退!」


 たくさんお店があるので、もちろん学生向けではないお店もある。


 そうして色々なお店構えを眺め歩き、ようやくたどり着いたアンティーク調のハンドメイド雑貨店。通りから外れた奥まった場所にあり、こじんまりとした店内は狭いけれど、お客さんは何人かいた。知る人ぞ知る人気店らしかった。

 ひとまず、私たちは店内を見て回ることにした。


「これ見て小町、中にお花が入ってる」

「可愛い、可愛すぎる」

「いいよね、こっちの紫も良いし、青もめちゃくちゃ良い色」


 お店の片隅で、お花モチーフのピアスを見つけた。小さくてキラキラしていて、宝物を見つけたみたいでワクワクする。


 ピアスだから穴を開けていない私たちの耳には付けられないけど、リュックやポーチなどのアクセサリーとして使える。いいな、可愛いな、と思ったけれど、裏に記載されている値段を見てそっと離れた。


「見て、食べ物のアクセサリーもあるよ。これはイカ焼き?」

「たこ焼きのピアスだって。耳にたこ焼き付けてる人見たら五度見するわ」

「たい焼きバージョンもあるみたい」


 美味しそうでユニークな商品もある。


「こういう大きな飾りのピアスもいいよね」

「電車で見かけると、おおっ、ってなる」

「メンタル強くなれそう」

「自信つきそう」


 どれも素敵で、そしてどれも私たち向けの値段ではなかった。

 可愛いものが可愛く作られるまでに費やされた技術と手間を甘く見てはならない。



 店内をおおよそくるりと一周できた。どれも個性が光っていて、見ていたらだんだん欲しくなってくる。

 お財布さんと脳内会議を開いていると、ちあきに話しかけられた。


「小町、これ良くない?」


 指差しているのは、天の川のヘアピンだった。きゅんっと心がときめいた。まさしく最高を体現している。

 髪に差し込む部分はゴールドで、先には同じくゴールドの大きな枠組みに青い宝石がいくつかはめ込まれている。手に取ると、角度によって色が変わった。

 飾りの大きさは小さくもなく、けれど大きすぎない。ちょうどいいサイズ感なのも良い。


「可愛すぎる!」

「青いのと白いのがあるみたい。一緒に買わない?」


 後ろを見ると、期間限定フラペほどのお値段。すなわち、私たちでも買えるお値段だった。

 価格を知った途端、ピンが買って買ってと訴えかけているように見えた。フラペを我慢すれば、何度も使えるちあきとお揃いのヘアピンが手に入る。悩む余地などなかった。


「ちあき、買っちゃお」


 チャリーン。そうして、私たちはお揃いのヘアピンを手に入れた。




 ということで翌日、私は早速ヘアピンを付けて学校に行った。髪が被ってしまわないようにワンテールのゆるふわ三編みにして、ヘアピンはアクセントとして片耳の上に。

 教室のドアの前でスマホの画面を見ながら角度を確認していたら、ぽんっと肩を叩かれた。


「わぁっ!」

「はよ」

「なんだ、京か。びっくりした」


 集中してたから気付かなかった。


「こんなとこで何してんの、小町」

「最終チェック」

「ここで?」

「そうだよ」


 よしよし、可愛い可愛い。私は画面の向こうの自分と頷き合ったのち、ドアを開けた。


「おはよー。萩原くんもおはよ」

「あ、おはようございます。倉崎くんもおはようございます」

「はよ」


 萩原くんは私と京にそれぞれ会釈してくれた。律儀な紳士だ。十人くらいで押しかけて反応を見てみたくなる。

 なにはともあれ、今日も無事に挨拶できた。満足して自分の席に向かっていたら、「あれ」と後ろから気付きの声がした。振り返る。


「どうかした?」

「いえ、今日は三編みなんだなって思いまして。可愛いですね」

「ありがと。頑張ってみた」


 褒めてもらえた。嬉しい、嬉しい。思わず口角が上がってしまう。口元ゆるゆる、にへら顔。

 顔周りの後れ毛をくるくるさせて照れ隠ししていたら、横にいた京が腕を組み、私の頭に指先を伸ばしてきた。


「萩原、これはな、三編みに見せかけてここが編み込んであるから、三編みじゃなくて編込みってやつなんだわ」

「え、そうなんですか」

「これを間違えるとブチギレられるから、次から気を付けろよ」

「えっ、そうなんですか! 気を付けます」


 編込みはその通りだけど、ブチギレるは完全に嘘だ。素直になんでも信じてしまいそうな人にドヤ顔で嘘を言うのはよくない。


「京、嘘はダメだよ」

「マジマジ。前にちあきにブチギレられたもん。三編みとは苦労が違う、反省しなって」

「私がなんだって?」


 噂をすれば。ちあきが萩原くんの隣の空いていた椅子に座って腕を組んだ。その頭には、まるで真珠のように輝くヘアピンが鎮座している。

 ちあきも付けて来たんだ。お揃いだ、お揃い。私が目線を送るとウインクが返ってきた。きゃーっ、以心伝心。


「で、あんたたち、なんか察せない?」

「ちあきの態度がでかい」

「うっさい。それ以外は?」


 京はだるそうに「はー?」と言いながら首を鳴らした。やる気なさそう。

 対して萩原くんは私とちあきを順番に見て、ハッと人差し指を立てた。


「山城さんと海府さん、お揃いのピンしてます」

「でっしょー。褒めな」

「えっと、すっごく綺麗ですね。あっ、両方とも角度で若干色が変わる? すごい!」

「そうそう。オシャレでしょ」


 萩原くんが褒めさせられている。ただ、私たちが気に入ったポイントをすぐに見抜いたのは驚いた。さすが美術部、見る目が違う。

 私は京を見上げた。一般人兼ゲーム廃人の意見も聞いておこう。


「京は? これ、可愛いでしょ」

「あー、うん」


 褒めろ褒めろビームを発射する。じっと見つめて圧をかけると、京は合わせたままの目をやや細め、角張った指先で編込み部分を軽くなぞり、すっとヘアピンに触れた。


「うん、最高」


 と、短く一言。あ、それ、私がこのヘアピンに一目惚れしたとき思ったことと一緒だ。


「わかる。良すぎて言葉思い付かないよね、ほんと最高って感じで!」

「うん」


 京の口数が明らかに減ったときは、マジマジのやつな気がする。文化祭のときに褒めてくれたときも、こんな風に喋らなくなってたから。

 滅多に褒めない人ですらマジで褒める。このヘアピンはやっぱり最強可愛いなのだ。買ってよかった。




 放課後になって「今日はどうするー」、「昨日見つけたケーキ屋さん行きたいねー」と、ちあきと並んで歩く教室。

 ドア付近になって、ばいばいキャンペーンを、と顔を上げると萩原くんもこっちを見ていた。


「お二人とも、お気を付けてお帰りください」

「あんたもね」

「うん、ばいばーい」


 手を振ったら、ニコッと笑って振り返してくれた。


 私は教室を出て数歩歩いてから、マフラーを巻いた顔周りを整えた。にやけそうな口元を隠すように。

 毎日の挨拶キャンペーン、すごい。今日が、さっきのが初めてだと思う、萩原くんから挨拶してくれたのは。

 今朝だって髪型もヘアピンも気付いてくれた。これは萩原くんも私のこと見てくれるようになったということだ。私たち、ちょっとずつ仲良くなってるはず。


 私はぐっと拳を上げた。


「よーし、ちあき、今日は美味しいの食べちゃお!」

「行こ行こ!」


 これまでを積み重ねてきた自分と、これからも積み重ねていく自分へ、私からのご褒美だ。

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