12 十二月 サンタさんを愛でる遠回りな帰り道
ネズミーを楽しんだ週末、からの、日常に戻った平日のこと。
私は、「シーズン最終日だから!」とゲームしに急いで帰る京を見送り、部活に行く大和に「ばいばーい」を返し、「バイトだるい〜」と嘆くちあきとハグして別れた。
一人残ってすることは、まったりゆっくりマフラー巻き。変になってないか、スマホの画面でチェックするのも忘れずに。うんうん、可愛い。
そして、リュックにちょこんと入っているのネズミーの袋を確認する。袋の中には、クリスマスネズネズが幸せそうに笑っているパッケージの紙箱がある。
そう、萩原くんへネズミーのお土産クッキーだ。メープルやチョコなど定番クッキー五種類と、ネズミー型のバタークッキーがそれぞれ数枚ずつ、という内容の詰め合わせにしてみた。
さあて、萩原くんは気に入ってくれるかな。
リュックを背負って萩原くんの席に向かう。小町サンタが少し早めのプレゼントを持ってきましたよー。
「ねえ、萩原く」
「里也くーん、部活行……あれ、山城さん、何か用?」
持岡さんと被った。二人は美術部に一緒に行くらしかった。
手短に終わらせよう。私は早速じゃんとクッキーの箱を見せた。
「この前ネズミー行ってお菓子買ってきたの」
「へえ。そうなの」
「それで、これお裾分けです」
お口に合えばよろしいのですが。萩原くんに差し出す。
美術部二人はお互い目を合わせ、目線で会話しているのかな、と思ったら口を開いた。作戦会議的な音量でこそっと話し始める。
「本当に僕なんかがもらっちゃっていいと思う? お、恐れ多い」
「でも里也くん宛てなんでしょ?」
「そう、だけど、なんか、現実じゃないみたいだ」
「ほっぺたつねってあげよっか?」
「せめて手の甲にしてよ」
手の甲ならいいんだ。というのは黙っておくことにした。萩原くんって、やっぱりちょっと面白い。
萩原くんは、サッと手を出し、ハッと自分の手を見て、ゴシゴシ制服のパンツで拭いて、もう一度サッと手を出して、ようやく受け取ってくれた。
「山城さん、ありがとう」
「いえいえ。一人で食べるには多そうだから、美術部のみんなでどうぞ」
偶然、少し大きめの箱にしたのが功を奏した。
大和が『大は小を兼ねるからな』と謎のしたり顔でビックサイズのお菓子箱を買っていたのを思い出す。まぁ、あっちは妹さんや弟くんのためだけど。
萩原くんは箱を持岡さんに見せて、控えめに微笑んだ。喜んでくれて良かった。
「そうですね。みんなで食べよう、持岡さん」
「いいの? ありがと、里也くん。山城さんも」
持岡さんも喜んでくれて何より。
朝からずっと、いつ渡そうかなんて言って渡そうかどんな反応されるのかソワソワしていたので、やっと肩の荷が下りた気分。
帰りに駅ビルでEmiemiおすすめの新作コスメ見よーっと。
「クッキー楽しみだ。今日、先輩たち来るかな」
「来るというか、今日はツリー撮りに行く日じゃない?」
「あ、そうだった」
リュックを背負い直していたら、「山城さん」と萩原くんに声をかけられた。
「あの、商店街のツリーってもう見に行きました?」
「ううん、まだ」
「今から部活のみんなでツリーに飾られたイラスト見に行くんです」
美術部と商店街のコラボイラストのツリー、設置されたんだ。クラスマッチのあった日の帰りにチラ見しに行ったときは、ツリーはまだ立っていなかった。
もう見られるなら今日の帰りにでも寄ろうかな、と思った矢先のこと。
「お時間あれば、山城さんも一緒にどうですか」
つい頷いてしまったのは、どうしてだろう。
たまたま私も見に行くつもりだったからとか、みんなで見るほうが楽しそうだからとか、色々考えてみるけど、どれもしっくり来なかった。
ただ、あの萩原くんが提案してくれたときの、どこかワクワクして嬉しそうな表情が、なかなか頭から消えない。
部活のメンバーで行くんだから、私はお邪魔虫になるだろうし、やっぱり断ればよかったかなぁ。
と、誘いに乗ったことを後悔したのも束の間。
「山城ちゃん撮ってくれてありがとう! カメラ上手いね」
「ね、これ、いつもより美肌に見えない?」
「わかる。いいねいいね、これにしよ。ありがとね、山城ちゃん」
「いえ、お役に立ててよかったです」
私は、イラストが見えるように並ぶ十人弱の美術部さん御一行とクリスマスツリーのてっぺんのお星様を、デジタルカメラに数枚収めていた。これは校内新聞や学校ホームページに使う写真らしい。
部員の中で写真部にツテがなく、顧問の先生はカメラセンスが酷いとのことで、通行人に頼む予定だったのだとか。
萩原くんが誘ってくれたのは写真を撮るためだったのか。普段のの写真スキルが活かせてよかった。
そんな美術部さん御一行が描いたイラストは、ツリーの足元をカバーするもの。ツリーは二階建て家屋サイズと大きいけれど、イラストも私の胸元ほどの高さまである巨大なものだった。
テーマはこの商店街らしい。通りに並ぶ店々が、絵本に出てきそうなメルヘン調にデフォルメされ、ところどころにサンタさんやトナカイがいる。イラスト上部は屋根の形に合わせてカットされており、シルエットがでこぼこしているのも可愛かった。
順々に見ていき、たまに行くドーナツ屋さんを発見。店内にいるサンタさんはドーナツをもぐもぐ食べていた。あら、可愛らしい。京に送っちゃお。
スマホのカメラを向けていると、
「やま、山城さん、そこ」
「萩原くん?」
「僕が担当したとこだ……」
隣で萩原くんが赤面し始めた。
「そうなんだ。ドーナツ美味しそうに食べてて可愛いね」
「いえ、はい、どうも……」
「こっちのお花屋さんも萩原くんのこと?」
「そうです」
「このサンタさんも、トナカイから花冠もらっててニコニコしてて可愛い」
「いや、はい……」
感想を言う度に萩原くんが照れていく。
よく見れば、大体のところはお店をメインに描かれ、サンタさんは窓やドアからひょこっとを控えめに姿を出すのみ。
けど、萩原くんが担当したであろう範囲のサンタさんは、堂々と活動しているものばかりだった。
「萩原くんサンタ、動きが大きくて面白いね。可愛いサンタさんだ」
ドーナツ屋サンタさんのほっぺたを撫でたら、萩原くんはもじもじして横の花冠をくわえているトナカイをつついた。
「その、以前、放課後にネズミー描いたじゃないですか。それでああいうサンタもいいなって思って。あと山城さん、ネズミー好きって言ってたので」
指を滑らせて、その横のサンタさんを円で囲む。ふふっと恥ずかしそうな微笑みとともに。
「実は、山城さんに見てもらいたかったんです。気に入ってもらえて嬉しいです」
あ。
一拍遅れてから「そっか」と返す。
萩原くんの瞳は、まるでツリーのライトアップのようにキラキラしていて。私まで嬉しくさせてくれる笑顔で。後悔したのが嘘みたいに、来てよかった、と思えて。胸の奥がきゅっとした。
美術部はこのあとファミレスに行くという。私はそろそろ帰ることにした。
クリスマスツリーを見に来たときはオレンジな夕焼けだった空模様は、すっかりネイビーブルーの夜空になっていた。暗いな、Emiemiおすすめコスメ見るのはまた今度にしようかな。
先輩たちや持岡さんにお別れの挨拶をし、駅に向かって歩き出す。が、なぜか萩原くんもついてきた。
「萩原くん?」
「なんですか?」
「萩原くんはファミレス行かないの?」
「行きますよ」
私は足を止めた。振り返る。美術部の人たちの姿はもう見えなくなっていた。さてはて、萩原くんはどこのファミレスに行くつもりなんだろ。私の脳内にハテナが量産された。
再度、萩原くんのほうを見る。萩原くんはハテナが伝わったのか、「あぁ!」と察したご様子。
「こんなに暗くなると思ってなくて。今日、呼んだの僕なので、駅まで送ります。そのあと、みんなと合流します」
「そっかそっか。ありがと」
ふむふむ納得して再び歩き出す。
萩原くんと話すようになって、時々思う。萩原くんはそこそこな不思議さんだ。そもそも、過去にしばしば鳴き声を発していた時点で、だいぶ不思議さんだったのだ。
この信号を渡れば、もう駅に。道路を明るく照らす街灯の下、信号の前で二人の歩みがゆっくり止まった。
「萩原くん、最近鳴かなくなったね」
「なく?」
「結構前は新種の鳥みたいに鳴いてなかった? ひぇーって」
「え?」
萩原くんはきょとんとしたあと、マフラーで口元を覆ってくすくす笑い始めた。え、なになに。
「萩原くん?」
「や、あのですね」
「うん」
「あのときは、山城さんと話すの緊張してて、つい変な声出てたっていうか」
「人見知り的な?」
「多分、はい。あ、でも」
でも? 萩原くんのほうを見たら、なんだか眩しかった。街路樹のイルミネーション、車のライト、駅前広場のライトアップ。夜を彩る明かりで満ちている。
それらに照らされる萩原くんと目が合った。恥ずかしそうな、けれど確かに喜色の瞳と。
「山城さんのこと、ちょっと気になってたので、それもあってびっくり的な」
視界の隅で車道側の信号が赤になる。車が慌ただしく走り抜けていく音が次第に止んだ。
「へぇえ……?」
素っ頓狂な声が出て、私の時間も止まった気がした。
歩道側の信号が青に変わって、人々が私たちを後ろから追い抜いていく。それで生じた涼しい風が髪を揺らした。
おかしいな、冬って寒くなかったっけ。
晩夏のことが脳裏をよぎっていく。上がる体温と、じんわり滲む汗と、静かにドキドキする心のせいで。
「山城さん、渡りましょ」
「……あ、うん」
なんでもないように一歩先を行く萩原くんを見上げた。
誰だ、彼をおどおどしているとか思ったのは。
丁寧で真面目な紳士的行動も、流れるように褒めてくれる本音な言葉も、存在感しかない不思議なキャラも、あの字みたく惹き付けられる。
おそらくきっと、この瞬間から、私は萩原くんを追いかけ始めたのだ。




