No.08 Reference:機転を利かせて攻めるのです
「ここを平原にする? どういうこと?」
モフスキー教授は確かにそう言った。
しかし、井宮もオフトンスキーさんも言っている意味が理解できなかった。
「我々が窮地に立たされている最大の原因が、ここの摩擦抵抗の無さにある。ここが平原であったなら、もっとうまく立ち回れるのだろう? ならそうすればいいんだよ」
「君、簡単に言ってくれるけど、そんなスキルこのゲーム内にないわよ?」
「なに、簡単なことさ。僕達は大量の薬草を所持している。そして幸いなことにそのほとんどを消費せずにいるわけだ。あとはもう分かるね?」
「ふふっ、あはははは。君、面白いわね。まさかそんなことを考えるプレイヤーがいたなんて。いいわ、その話乗った!」
「イーミャも理解してる?」
「ええ、実にあなたらしいっすね。現状頼れる策はそれ一つだけでしょう」
「よし、では僕とイーミャで外側から、オフトンスキーさんはやつ引き付けつつ回避しながら中央部分を担当ということで」
「分かったわ! さあ、反撃と行くわよ! ゴー!」
みんな役割を果たすため散らばっていく。
そしてアイスゴーレムの動きに注意しながらも、アイテムセットから薬草を取り出して戦闘エリアにばらまいていった。
少しずつ緑に覆われる床面の氷。
次第にゴーレムの動きにも変化が出始める。
「ウゴゴ?」
今まで感知できていた床面を削る音が、鈍くなってきたせいだろう。
反応速度が遅くなり、さらに氷を滑って移動する速度も低下している。
「ふふ、形勢逆転ってとこね。いける! いけるわよ! 二人とも、一瞬でいいからこいつの気を引いてちょうだい。私が背後から一気に攻めるわ」
『「了解!」』
もう三人のチームワークは完璧になりつつある。
教授と井宮は揃ってゴーレムに向かっていく。
「もふ柴ドッグ、引っ掻き攻撃!」
「もふキタキツネ、もう一回狐火!」
その攻撃に気付いたゴーレムが二人の方を向いて攻撃を仕掛けようとする。
その瞬間、二人が叫ぶ。
『「今だ、クイックバック!」』
攻撃による接近もほどほどにして、もふアニマル達を一気に下がらせた。
当然、ゴーレムの攻撃は届くことなく不発となる。
その直後だ。
本命が背後から切り込む。
「よそ見してんじゃないよ! くらえ! 檻ハルコンバスター!」
彼女の攻撃は見事ゴーレムの背中にヒットするが、その程度で倒れる敵ではない。
しかし、そんなことは彼女も承知している。
「はい、プレゼントッ!」
振り向こうとしたゴーレムに彼女は閃光弾をお見舞いした。
怯むゴーレム。
「追撃の檻ハルコンスラッシュ!」
アルパカを走らせて、横一線に剣を振り追撃する。
足に攻撃を受けたゴーレムがよろける。
「もういっちょ閃光弾!」
その隙を見逃さず閃光弾を投げるオフトンスキーさん。
「とっておきの檻ハルコントルネード!」
器用に回転させた剣をその回転速度に任せて振り下ろす。
「ウゴゴゴゴォ~!」
一切の反撃を許さぬ攻撃に頭を抱えるゴーレム。
「えっへへ~! それではおなじみの~閃光弾!」
最後の閃光弾を投げるオフトンスキーさん。
成すすべのないゴーレムを前にオフトンスキーさんは楽しそうだ。
目の前には膝をつき、地についた腕でかろうじて体を支えているゴーレムの姿があった。
「圧倒的ですね。でも、あの恥ずかしい技名は何なのでしょう? プレイヤーの攻撃に技名ってありましたっけ?」
「無いけどいいじゃないか。本人はあれで闘志を高めているんだろうからさ」
そしてオフトンスキーさんが決着を決めに行く。
「くらえ~! 終撃の~、檻ハルコンブレイク~!!」
正面に構えた檻ハルコンソードで、ゴーレムの胸部を突くオフトンスキーさん。
柄の手前まで突き刺さったその剣は、ゴーレムを倒すには十分な攻撃力を持っていた。
攻撃を受けたゴーレムは、登場したときのように氷の粒になると霧散した。
システムウインドウにエリア6クリアの表示が出る。
「やったわ! 勝った~!」
両手を挙げて喜ぶオフトンスキーさん。
それを確認した教授と井宮がオフトンスキーさんに駆け寄る。
するとオフトンスキーさんは一気に脱力し、アルパカさんの上で気持ちよさそうに眠ってしまった。
「教授、VR世界で眠る人初めて見ましたよ」
「よほど疲れてるんだろうさ。でもログアウトはすべきだよね」
教授はオフトンスキーさんの体を装備している羽毛布団越しに揺らした。
「ふぁい? なにぃ~?」
「眠るならログアウトしてからにしようよ」
「あ~、ふぁ~い」
眠たげに答えたオフトンスキーさんは、システムウインドウを開くと、ログアウトボタンを力のない手で押した。
「ばいば~い……」
「またな!」
そして、オフトンスキーさんはゲーム内から消えていった。
「ともあれ勝ちましたね」
「ああ。……しまった! エリア7での共闘も約束しておくべきだったな」
「それならまたメールで連絡すればいいじゃないですか」
「それもそうか。では我々も一旦帰ろう」
そう言って、教授と井宮も『もふもふオンライン』からログアウトするのだった。
それから三日が経った。
予定通りならオフトンスキーさんと連絡をとり、最終エリアであるエリア7に挑んで、上手くいけばラスボスを倒している頃なのだが、実際は異なる状況にあった。
「やっぱりない。ここ三日間、オフトンスキーさんはログインしてないみたいだ。ランキングデータからも名前が消えている」
「前回の戦闘で懲りたんじゃないですか。次はもっと強い敵がいるわけですし」
「しかしあれほど情熱を注いでいるプレイヤーだぞ。そう簡単に諦めるだろうか?」
「無課金ですから、やめたところで失うものはお金をかけてないデータだけですからね。分かりませんよ」
ここ数日二人は情報屋にやってきては、オフトンスキーさんとの連絡手段を探しているが、手掛かりがつかめずにいた。
「仕方ない、今日も諦めよう。なんかさっき医学部のイケメンから連絡があったし、確認しておかないとな」
「分かりました」
こうして二人は足早にラボに戻った。
電話をする教授。
「もしもし、イケメン? 何の用だったの? うん、興味あるよ。分かった、今から行くよ」
短い会話を終えた教授は白衣を着こんで井宮に言う。
「イケメンが医療VRの現場見せてくれるって。イーミャも来る?」
「ええ、ご一緒していいのであれば」
「じゃ、決まり!」
毛玉大学の大学病院。
大学の医学部棟に併設されており、外へ出ずとも歩いて向かうことができる。
到着するとイケメンが手を上げて二人を呼ぶ。
「おう、来たか」
病院内の医療VR研究センター。
ここで医療VRの研究をしているらしい。
「まあここでやってることの概要は知っているだろう。三次元カルテ、手術シミュレーションなどがメインだ」
「ああ、知ってるよ。それで今日は何を見せてくれるの?」
イケメン教授が眼鏡をくいっと持ち上げて話を続ける。
「先ほど挙げた技術は、主に医師の技術を補助するものだが、中には患者治療にVRを使うものもある」
「患者にですか?」
「ああ、ちょうどそのサンプルとして一人の患者が治療を受けていてな。事故によって足を負傷した患者なんだが、車いす生活から脱するために先日手術を受けたんだ」
「成功した?」
「ああ、もちろん。ただ復帰するにはリハビリが必要なんだが、この患者は少々厄介でな」
髪をかき上げながらイケメン教授がため息を吐く。
こんな姿でさえかっこいいのだが、慣れてくると妙にむかつく動作である。
女子学生には人気なのだろうが。
「厄介って? リハビリ拒否とか?」
「まあそんなところだ。事故に遭う前は優秀な剣道の選手だったらしいが、事故によってその功績がすべて無駄になったように感じたのだろう。なかなか復帰に向かうきっかけを作れずにいるようだ。だから今はVRを利用して歩行の感覚に慣れさせる治療をしている」
「気弱な方なんすかね」
「それがそうでもない。手術直前までVRゲームに興じていたくらいだ。手術中は爆睡してたがな。会ってみるか?」
「興味深いね、ぜひ」
「ではどうぞ」
教授と井宮はイケメン教授に先導され、サンプル患者の病室に入った。
「機嫌はどうかな? 今日は私の友人を連れてきたんだ。君に興味があるらしい」
「失礼するよ」
「こんにちわっす」
部屋に入ってきた二人を見て、サンプル患者は目を見開き、そして布団で顔を隠すと慌てた様子で叫んだ。
「どうしてあんた達がここにいるのよ!」




