一つ、私は神と出会うⅡ
「椎那さんは知り合いとかいないの?」
ゆゆ、でいいですよ、と彼女は微笑んだ。
「この学校にはいないですね」
そこで彼女の表情が少し歪んだ、ような気がした。
「ま、そっちのほうが珍しいよね。私も知り合いいないし」
そうですよね、とゆゆも答えた。
触れられたくないものには触れない。それは私のルール。なぜなら、私も触れられたくないものがあるから。
その後も、どんなテレビを見る、ネットではどんな動画を見る、ライブに行くなどの話をして時間を潰した。
九時になると、担任らしき女性が教室に入ってきた。その頃には当然、全員が席についている。初日から遅刻するようなドラマチックな人間はいないようだ。
「皆さん、ご入学おめでとうございます。只今から入学式を開始しますので、廊下に整列してくださいね」
「あの人が担任の先生かな。優しそうだね」
ゆゆは落ち着いた表情で立ち上がった。若く溌剌とした先生だった。
皆、黙々と二列に廊下に並ぶ。五十音順なので、隣はゆゆだ。
「ドキドキするね」
「そう?視線なんて慣れれば平気よ」
幽霊の視線に比べれば、人の視線なんて害はない。寒気もしないし悪寒もしない。
「そうなの?凄いね」
「凄くなんてないよ」
褒められた気はしなかったし、実際嬉しくもなかった。その気配を読み取ったのか、ゆゆは何も言わなかった。
桜風学院の体育館は小さい。
全生徒と教師を含めて五百人あまり。それが悠々と入ると言っても、体育館はそう広くはない印象だった。
昇降口を通り、そこから様々な景色と教室を通過すると、体育館の扉前。少し立ち止まり、その時を待つ。
周囲を見渡す。
私の警戒レベルは最大まで上昇していた。霊にも様々いるが、基本的に学校は少ない。とは言え、出たらでたでやばい。先ほど言ったが、子どもの霊というのは本当にしつこいのだ。
気を抜くな、と私は頬をやや強めに両手で叩く。列が動き始め、遠くから拍手が聞こえた。私は気を取り直して、拍手が響く体育館に歩みを進めた。
少人数の割には、入学式は盛大だった。
先輩方、それに先生方が私たちに、起立しながら拍手の雨を浴びせる。警戒していた私も、少し照れくささを覚えた。
そそくさと歩き去り、指定の椅子に腰掛ける。新入生一同、皆同じような気持ちだった。
「ううー、きんちょーしたよー」
ゆゆが椅子に腰掛ける。
「私も。平気だと思ってたけど」
そう言いながら首を回し、霊を探す。天井や、ステージの上にぶら下がってたりするのだ。一番やばいのは用具室とか。
ここにもいない。それを確認する。
全員が着席すると、先輩方も座り、司会の声が響く。
「これより、第六十七回、桜風学院入学式を行います」
綺麗な女性の声だった。
六十七回目。つまりは、戦後まもなく建てられたということだろう。建物にはない歴史が刻まれていそうだった。
開会宣言が終わり、司会は告げる。
「えーでは、校長先生のお話の前に、毎年恒例の卒業生挨拶です」
一気に空気が軽くなったことを、新入生も感じている。
「今年は第四十五期卒業生、写真家、茂野圭さんにお越しいただきました」
写真家、茂野圭。聞いたことのない人である。
名を呼ばれ、三十後半くらいの、無精髭を携えた精悍な顔つきの男性が立ち上がり、ステージに上がった。素人目ながら、上質そうなスーツを身に纏っている。
「えー、私のことを知っている人、手を挙げてもらっていいかな?」
顔つきの割に、柔らかな声だった。
その声に触発されて、生徒のほぼ全員が手を上げなかった。壇上から苦笑が漏れる。
「まあ、そうだろうと思った。でもまあ、僕を知ってもらうために来たわけじゃないからいいよ。今日は新入生のお祝いに来たんだ」
そう言って、彼はスーツの襟を正した。
「えー、新入生諸君、この桜風学院に入学おめでとう。なんせ定員が少ないから、受かると思っていなかった人も多かったのではないかな?」
明朗とした声が響く。それは私たちに向けられているようであり、上級生に向けられているようでもあった。
「この学校には、他の学校には色々とあるものが無かったりする。交通の便だっていいとは決していない。有名大学への進学率だって別に高いわけじゃないし、現に僕だって大学進学はしてない」
確かに交通の便は悪い。大学はまだ決めていないのでわからないとしか言い様がなかった。私の進学理由は至極個人的なものだ。
「でも、ここには何かある」
彼はきっぱりと、そう付け加える。
「それが何かは、僕にはわからない。次にある校長の話が本当なのかどうかも疑わしいが、嘘とは言えない」
これは、校長の話の前フリなのだろうか。そんな印象を受けた。
「この学校が特別なんじゃない。君たちが特別なわけじゃない。ただ、この場所は、特別だ。僕はそう感じていたし、僕が在校していた時代、口には出さなかったが皆それを感じていた」
それがどうというわけではないけれど、と彼は続ける。
軽い口調なのに、笑い声は起きなかった。上級生も新入生も、聞き入るように彼の言葉を、彼の過ごした三年間の思いを聞いていた。
「だからこそ、僕は自分の道を見つけ、進むことができた。大学へ行く者もいたし、そうじゃない道を進むこともできるんだ。大学に入らなければ、などという古臭い固定概念は、この場所で培われることはない。君たちはまだスタートラインにさえ立っていないが、何処を、どの様に、どのくらいの距離を、どれくらいの速さで走るのかを決める重要な機会は、直ぐそこまで迫っている。その事実を忘れずに、この場所で過ごす時間を大切にして欲しい。そしていつか大人になったとき、この場所で過ごした時間が如何にかけがえのないものだったかを思い出して、僕のように校長にはがきを出すことになるだろう」
話は端的だったが、実にこの学校生活の魅力を語っているように思えた。この学院は、ほかの場所とは違う。それを皆、心のどこかで理解しているからこそ、この学院は人気があるのだ。
「こんな話しかできないけれど、僕も今日、この節目にくることができてとても嬉しい。裏の山桜の写真も取って帰れるしね。あ、後から言われると思うけど、あそこ荒らしちゃダメだからね?では、新入生諸君、入学おめでとう」
拍手を受け一礼し、彼は壇上から降りていく。時間にすれば五分程度だっただろうか。
有難うございます、と司会が言う。
「折角ですので、茂野さんにはこのまま、入学式の写真を撮っていただきます。では、校長先生、お願いします」
先ほどの人を探すと、後ろで本格的なカメラを構えていた。
次に、職員席から、ずんぐりむっくり、というか、小太りな男性が立ち上がる。背はそんなに高くなく、白髪の頭が印象的だ。
顔の肉付きも良く、どことなく狸に似ている。狸爺というほどではないけれど。




